-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之一


 

 すっかり遅くなってしまった。
 片手に買い物袋、もう片手にはハンバーガー。
 オンラインゲームに熱中していたところ、お昼を大きく過ぎ、おやつの時間をも越え、主婦達がそろそろ夕食の準備でもしようかしらと重い腰を上げるような時間帯となってしまった。
 遅めの昼食と言えば良いのか、おやつと言えば良いのか、それとも早めの夕食だろうか。ハンバーガーをかじりつつ、ゲームの続きをすべく帰路を急ぐ。
 味気ないかもしれないが、若者の休日とはこんなものだろう。
 外へ出て仲間と一緒に騒ぐという手もあるが、それは少々危険を伴う。「騒ぐ」が「馬鹿騒ぎ」となり、破壊と混乱を招いて大惨事などそう珍しくない。彼女の仲間はおおよそ人間とは呼べない者ばかり。肉体のスペックが人間である彼女にとっては、遊びといえども怪我が付きまとう。
 鬼が工事現場で鉄筋を担ぎ、天使は美しい笑顔を振りまきながら清掃活動に従事し、悪魔は依頼を請けて詐欺師から詐欺を働いて金を巻き上げ、神は人を助けたり助けなかったりと我が儘し放題。
 ファンタジーを織り交ぜた世界。人の世から弾かれた者達が集う世界。「ごみの掃き溜め」と呼ばれるこの世界。ここは、そんな奇妙な場所なのだ。
 基本スペックが「人間」の彼女に、そんな濃い友人知人と共に馬鹿騒ぎなど危険極まりない。ひきこもるに限る。
 ここでは非常に珍しい黒髪、黒い瞳の少女。だからなのだろうか、帽子を深くかぶっている。見た目はせいぜい十代半ばから後半ぐらいにしか見えない。非常に中性的な顔立ちをしており、ぱっと見では男性か女性か性別の判断に迷ってしまう。しかし線の細さやきめ細かい白い肌などから、女性だということが確信できる。
 彼女はむしゃむしゃとハンバーガーをかじり、ゲームのキャラクターをどう育てようか、どういう装備を作ろうか、そんなことを考えていると、あっという間にアパートの前にたどり着いた。
 二階建てのアパート。見た目はぼろい。
 ぼろアパートとよく馬鹿にされるが、部屋の中はそれほど古い印象は与えない。床はフローリング。壁紙は清潔感を与える白で、カビやシミで汚れているなんてことはない。もちろん風呂とトイレは別で、なんとトイレは便座にヒーターが付いているうえに、ウォシュレット機能付きだ。別に痔というわけではない。ただ付いている方が高級感はするし、お得な感じがするので気に入っている。
 見た目はぼろいが、中は快適。値段もお手ごろ。いや、お値段以上。
 彼女はそんな自宅が気に入っていた。休日は外に出たくないほどに。できることなら延々とひきこもりたいほどに。
 さあ、続き続き。すでに頭はゲーム一色。るんるん気分で我が家に歩み寄る。
 あと数十歩といったところで、爆音。
「えっ?」
 という声は轟音によってかき消された。
 地響き、続いて視界を遮る砂煙。
 つまりは、目の前で我が家が木っ端微塵に砕け散ったということだ。
 突風が、買い物袋とハンバーガーを奪い取る。あれだけ深くかぶっていた帽子も、あっさりと爆風に呑まれてどこかへ吹き飛んでしまった。
 辺り一面にぱらぱらと降り注ぐ砂のシャワー。ひらりひらりと舞い降りるカーテン。その向こう、更に上空で奇妙な軌道を描くものを視界の端に捉え、視線を遣る。どうやら真っ赤な男性用下着、トランクスだ。爆発の際に引火したらしい布片は、炎を上げて更に赤さを増しながら、おかしな動きで飛んでいく。
 こんな非常事態になぜこんなくだらないものを目ざとく見つけてしまうのか。我ながら呆れる。
 とにかく、これほどの至近距離にいたにもかかわらず、瓦礫が直撃しなかったのは不幸中の幸いだろう。
「……わお、あんびりーばぼー」
 予想だにしなかった事態に遭遇すると、人は奇妙な行動に出る。
「えーと、タイムマシンどこにあったかな」
 踵を返す。
 両手両足を同時に出しつつ、ぎくしゃくした動きで歩き始める。
 が、開始早々、足先にこつんと何かが当たり、躓く。見ると、細長い物体。砂で真っ白となっていたため、拾い上げて埃を払ってやる。愛用の刀だった。もう一振りは、そのすぐ傍に落ちていた。
 愛用の二刀。こんな事態となっても、ちゃんと主のもとへと駆けつける。
 少しばかり勇気をもらった。
 いつものように、二刀を腰へ。やはりしっくりくる。
「よし」
 気合十分。
 これからタイムマシンを探しに――ではない。現実逃避はやはりよくない。現実を見なくては。
 振り返り、それを睨みつける。
 砂煙の中から、黒い影。
 誰も居なかったのが幸いした。人の気配がない。アパートの下敷きになった者は居ないようだ。
 というより、粉々に砕かれたアパートのみならず、周囲には誰も居ない。人っ子一人居やしない。どういうことだと疑問には思うが、大雑把な性格のため、思うだけに留まる。被害が広がらなくてラッキー程度にしか、まだこの時は思わない。
 すると、突然の咆哮。
 びりびりと空気が振動し、いくらか砂煙を払いのける。
 原形をとどめていない家具の類。砕けたコンクリートからは鉄筋が突き出している。そこから姿を現したのは。
 彼女、シキは頭を抱えたくなった。
 よりによって性質の悪い妖魔、「成れの果て」か。
 状況としては、こういうところだろう。この近辺で妖魔が暴れまわっていた。それで緊急避難命令が出た。なまじ力が強いものだから、止められる者が居なかったのだろう。そしてちょうど帰宅寸前のシキの目の前で、アパートを木っ端微塵に粉砕した。
 なんというタイミング。なんというミラクル。最悪の事態でだが。
 なぜ気づかなかったのだろうか。
 妖魔がここへ来たのは、おそらくシキがちょうど買い物で家を空けていた時だろう。しかしその前に騒ぎとなっているはずだ。
 これらの条件から導き出した答え。詰まるところ、ゲームが悪い。シキはそう結論付けた。
 誰かが来ても居留守を使い、電話にも出ない。ヘッドホンをつけてパソコンの前から一切動かない。何時間も。斯くして、外の情報に疎い人間が出来上がった。
 事実は小説よりも奇なり。この事実、墓場まで持って行こう。
 シキは大きく頷く。
 ひきこもってゲームに熱中していたために、妖魔が台風の如く大暴れしながら近づいてきているのに気づきませんでした、など言えるはずがない。己が不幸をネタに、笑いに変える能力は持ち合わせていない。
 笑えばいいのか、泣けばいいのか。
 それはともかく、目の前の現実だ。
 目の前にいる妖魔。これをなんとかしなければならない。
 打ちひしがれる暇さえ与えてくれない現実は、目まぐるしく迫ってくる。
 妖魔がシキに興味を示し、にじり寄る。
 シキは咄嗟に腰の刀を手に取る。
 退くわけにはいかないだろう、この状況。
 木っ端微塵に砕かれた家には、大切なものがあったのだ。オンラインゲームのことではない。ほんの一瞬、大丈夫だよな、とは思ったが、それはほんの一瞬だ。ほんの一瞬、数秒。
 大事な形見の品があったのだ。簡単に壊れるような代物でないため、さほど慌てはしない。目の前のことを片付けてから、後で掘り起こせばいい。これほどの瓦礫の中から探し出すのは苦労しそうだが、仕方あるまい。
 この時ばかりは、頑丈な形見で本当に良かったと心底思う。
 それにしても。
 やはり頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
 目の前のこれは、そう簡単に打ち破れるものではない。この瓦礫の山から形見の品を探し出す方が、よほど難易度は低いだろう。
 「成れの果て」は厄介だ。その度合いは、シキ自身、身をもって体験している。思い出したくもない苦い過去だ。
 それでも、近隣住民のためにも戦わなければならないだろう。休日とはいえ、シキはこの第一区域の治安を預かる役目を担っているのだ。ここで退くわけにはいかない。あの苦汁を乗り越える、絶好のチャンスでもある。これで、何かが変わるかもしれないのだ。
 妖魔が向かって来る。
 シキは覚悟を決め、迎え撃った。
 妖魔の拳と、シキの刀が衝突する。
 まずい。
 反射的に頭を下げる。
 シキの刀は弾き飛ばされ、妖魔の拳が頭上をかすった。
 斬れなかった。刃物が通らなかった。
 となると、建物をぶち壊すほどの破壊力を持っている妖魔だ。人間が正面から力勝負を挑んで勝てるわけが無い。今の拳が当たっていれば、確実に頭は吹き飛んでいただろう。
 勢いのままに妖魔の横を通り過ぎ、振り返る。
 さて、どうしたものか。
 腰にあるもう一刀を手に取る。
 拳を振るう妖魔を、かわしてかわして、距離を取る。
 上手い攻め方が思いつかない。あの時の出来事が思い返される。フラッシュバックと共に、どうしようもない不安と無力感が押し寄せてくる。
 だが、ここで逃げ出すわけにはいかない。治安部隊がいないのならば、自分が止めるしかないのだ。被害が広がる前に、なんとしてもこの妖魔を仕留めなければならない。住民のためでもあるが、何より自分自身のために。
 意地と言えば、そうなのだろう。立派な正義感に突き動かされたというわけではない。そこまで職務に忠実ではない。
 では、なぜ。
 理由はこれぐらいしか思い浮かばない。ただこの場から逃げ出したくなかった。それ以外何もない。
 襲い掛かる妖魔を、右へ左へとかわし、左足で強く地面を踏みしめる。
 時間にしてほんの一秒ほど遅れて。
 土が盛り上がり、柱を形成。妖魔を顎下から穿つ。
 予想だにしなかった下からの攻撃に、妖魔もたまらず仰け反る。が、それだけだった。直撃したにもかかわらず、仰け反り、一歩ほど後ろに下がっただけだ。反り返った背をすぐに元に戻し、何事もなかったかのように再びシキと対峙する。
「げっ……」
 信じられなかった。
 完璧なタイミングでのカウンター。手ごたえもあった。不意をついた攻撃は、予想以上の打撃を与える。これで倒れない相手は今まで見たことがない。ところがこの妖魔は、倒れないどころかダメージを受けた様子すらない。
 あまりにも硬すぎる。こちらの攻撃が通らない。
 逃げた方がいいのだろう。刀で攻撃しようにも、腕力が足りずに弾かれる。能力を使って攻撃しても、防御力が高すぎて攻撃が通らない。誰が見ても、逃げるべき状況だ。
 しかし――。
 シキは選択した。立ち向かうことを。
 埋まっている形見の品。
 逃げれば、また失うような気がしたから。







inserted by FC2 system