-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之二


 

 円卓に腰掛ける七人。各自一番楽な姿勢を取っている。
 頬杖をついている者、深く椅子に腰掛けている者、眠いのか机に寝そべっている者。中にはきっちり背筋を伸ばして座っている者もいるが、くつろいでいる者が大半だ。いや、訂正。一人を除いて全員だ。
「そういうことですので、金の取引を少し増やして、高騰している原油に当てます。いいですね?」
 たった一人だけ、ぴしっと背筋を伸ばしている彼女、シュガ。彼女の問いかけに、他の者はみな頷いた。
 全員一致。
 原油生産国の内乱が激化して、世界的に原油が高騰している。いくらここが特別な場所とはいっても、資源は日々の生活に無くてはならないものだ。
「しっかし、はた迷惑なもんだな。いつまであの国は争い続けてんだ。軽く100年は超えてるだろ。さっさと国を割るかどっちかが滅ぶかすりゃいいのに。それとも俺が行って皆殺しにしてきてやろうか」
 にやり、と男が残酷な笑み。口角からは、鋭い牙が覗いている。
「アーヴィング殿」
 厳しい口調で名を呼ばれ、彼は先ほどとはまた違った笑顔を見せる。人懐っこい笑みだ。
「冗談冗談、そんなことしたらこっちだってタダじゃすまない。連合軍が攻めてきて、ドッカ-ンだ」
 怖い怖い、と言うものの、どこか小馬鹿にした態度だ。
 ため息ひとつ零し、シュガは会議の進行を続ける。
「お手元の資料にあるように、世界各国で深刻な金融危機が起こっています。これに対して、連合国が資金援助を要請していますが」
「保留。様子見」
 言葉の途中で、男が割って入った。
 金の髪、青い瞳、白い肌。絵に描いたような美青年だが、その目つきはどこか冷たい。
 彼は、自分が様子見とした理由を述べるつもりはないようだ。頬杖をついて、ただにこにこと笑っている。
 聞かなくてもなぜ彼がそういう意見なのかわかっているが、彼女は一応尋ねてみた。
「理由をお聞かせ願えますか、クリストファーさん」
「だってさ、ちょっとやそっとの金融危機でいちいち援助してたらきりがないもの。金融危機のたびに頼られても困るし。それに、今うちに欲しいものはないからさ、援助した見返りが何も無い」
「そうだよねー。自力でなんとかしてもらいたいよね」
 机に寝そべっている少女も、彼の意見に賛同する。
「クリストファーさんとアルさんは保留ということですね?」
「そういうこと」
 二人同時に頷いた。
「違う意見の方はいますか?」
 誰も何も発言しない。
「それではこの件は保留とします。セリスさん、連合国にうまくお伝えください」
「お任せください」
 彼女はいつもの笑顔で頷いた。しかしなぜだろう。その笑顔は黒く見える。
 彼女からしてみれば親しみを込めた笑顔なのだろうが、残念なことにそれが胡散臭さを増徴させていると気づいていない。今まで何百年も生きて気づかないのだから、おそらく一生、この星が消滅するまで気づかないだろう。もし仮に胡散臭さ世界選手権というものがあれば、彼女はぶっちぎりの一位をもぎ取るはずだ。
 ただ、胡散臭さを纏っているというだけで、内面は誠実だったりする。その笑顔が全てを台無しにしてしまっているとはあまりにも悲しい事実だ。誰も本人に教えてやらないが。
「では、これで円卓会議を終…」
 途中で、白髪の少女がすっと手を挙げた。
 珍しいと誰もが驚き、姿勢を改める。
「レイさん、どうされました?」
「うちの子が嫌なものを視たようなの」
「嫌なもの、ですか?」
「力が不安定だから、それが予知なのか現在なのかわからないけど、暴れまわる妖魔を視たらしい」
「暴れまわる妖魔なんてのは珍しくないけど、何か気になることでも?」
 詳しい情報を聞き出そうと、クリストファーが尋ねた。
「かなり嫌な感じがしたらしい。見境無く誰かを襲ってるわけじゃないみたいだけど、本格的な被害が出る前に倒しておきたい」
「その妖魔の特徴は?」
「人型。大柄の人間サイズ。ゾンビみたい」
「うーん、曖昧すぎるなぁ」
「些細なことでもいいから、異変があったら知らせて。失踪事件が相次いでるとか、力を持った知らない妖魔がいるとか。調べるから」
「了解。気をつけておくよ」
「見つけたら各自で倒してもらってもかまわないけれど」
「いやいやいや」
 シュガ以外の者全員が手と首を振る。無駄に息ぴったりだ。
「ここはやっぱりレイちゃんに退治してもらわないと」
 と、アーヴィング。
「そうよ。治安維持はレイちゃんのお仕事だもの」
 と、セリス。
「引きこもってゲームばかりしてるよりも、外に出て運動した方がいいですよ」
 と、追撃を喰らわせたのは、額に角を持つラクシ。
 全員にこやかにレイを見つめている。まるでわが子を見つめるかのような優しいまなざし。引きこもりニートがようやく部屋を出てバイトを始めたかのような感動を秘めて見るまなざし。
 レイはもう何も発言しなかった。
 これ以上はかわいそうだと思ったシュガは、会議を進めることにする。
「他に何かありませんか?」
 誰も何も発言しない。ただ全員にやにやとレイを見つめている。
 正直、気持ち悪い。なのでシュガはさっさと終わらせることにした。
「……では、これで会議を終了します」
 お疲れ様でしたと彼女が言うと、全員ばらばらでお疲れと返す。まとまっているのか、まとまっていないのか。それでも秩序は保たれているのだから、これはこれでうまくかみ合っているのだろう。
 シュガは手元の資料をそろえ、退席の準備を整える。
 帰ってまず部下達の報告を聞き、それから彼女の様子を窺わなければ。
 ため息が漏れそうになるのを、ぐっと堪える。と、隣からため息が聞こえた。レイだ。
 本当に小さなため息だったのだが、シュガの耳にはしっかりと届いていた。
 レイはぽりぽりと頬をかいている。
 彼女は今でこそ当然のように円卓会議に顔を出すようになったが、何百年、いや、何千年も他者との接触を拒んでいたのだ。現在の統治の形が出来上がって数百年経つが、やはりこういう場は苦手なのだろう。それなのに、おもしろがって他の連中は彼女にちょっかいを出す。
「お疲れ様です」
 シュガは思わずレイにそう言葉をかけていた。
 レイは何も返さず、ぺこりと頭を下げる。
 ふと、シュガは思いついた。
 そういえば彼女はあの子と同郷のはずだ。何かヒントが見つかるかもしれない。
「あの、レイさん」
 呼ばれてレイは、シュガを見つめる。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
 彼女は一瞬きょとんとして首を傾げたが、どうぞ、と返した。
「ありがとうございます。あの、レイさんのご出身は東の島国でしたよね?」
「うん」
「よろしければいろいろとご教授願いたいのです。国のことや風習、価値観などを特に」
「誰か居るの?」
 言葉が少なくわかりにくいが、自分と同郷の者がシュガの部下にいるのか、ということを訊いたのだ。シュガはもちろんその意味を理解し、頷く。以心伝心とまではいかないが、長い長い付き合いだ。言葉が足りなくても十分わかる。
「実は私の部下にレイさんと同郷の者がいまして、彼女についてもっと理解を深めたいと思っているのです」
「混り者」
「え?」
「うちの国でここに流れ着くのが一番多いのが、混り者。人でもないものとの混血」
 シュガは頷く。
「はい、その通りです。彼女は鬼との混血です。ハーフではなく、クオーターですが」
「混血は、極端に分かれる。頑丈か、虚弱か」
「身体は人間のそれとほとんど変わらないのですが、能力が強く、自制が利かないようで……いや、違いますね。正確には、心を落とすのです」
「そんな財布よく落としますみたいに言われても」
  ため息交じりの声。
 レイではない声に振り返ると、いつの間にかクリストファーが席についていた。
 彼だけではない。全員がいつの間にか戻ってきて座っている。興味津々の目で、じっとシュガを見つめている。
 正直、気持ち悪い。
「……帰ったのではなかったのですか?」
「レディが困ってるんだから、そりゃ戻ってくるでしょ」
 いつもの軽口を叩くアーヴィング。
「一人で悩むよりは、何か良い案が見つかるかもしれませんよ?」
 腹黒い笑みを浮かべるセリス。実際は何も黒いことなど考えておらず、本心からの親切なのだが、なぜかそう見えてしまう。
 おそらく皆、ただの暇つぶしやおもしろそうだからということなのだろう。
 しかしながら、シュガは心の中で彼らに感謝し、嬉しいため息を吐き出した。傍にいてくれることがありがたい。興味を抱いてくれるのが嬉しい。
 しかしながら。
 ぴくりとレイの眉が動いた。一瞬だけ眉間に皺を寄せる。
 それに伴い、全員が気づいた。ある場所に目を向ける。
 レイの背後の窓。炎が立ち上った。
 ガラスがドロリと溶ける。
 レイはゆっくりと振り返る。
「カガ」
 咎めるようにその名を呼ぶ。
 炎は一瞬にして人の形へと姿を変える。
 黒髪、長身の男。サングラスに、スーツを纏っている。
「勝手に入ってきちゃダメ」
「失礼しました。ですが、緊急事態です」
 カガと呼ばれた男は、レイにそっと耳打ちをする。
 聞かれてまずい話ではない。別に大声で報告したところで何も問題は無い。それに、ここに居るのは人知を超えた者ばかりだ。囁いたところで、その常人離れした聴覚で難なく聞かれる。
 そこが問題ではないのだ。彼は、自分が頭を垂れるのはただ一人、この目の前の少女だけだと誓っている。この場において、彼女以外に語りかける言葉は持ち合わせていない。他者にそれを見せつけるための行為なのだ。
 長年カガは己の立場を貫いている。一切の隙を見せることなく、ただレイだけに忠誠を誓い、従者の立場を取る。
「わかった。行こう」
 カガの話にレイは頷き、立ち上がる。
「お手を」
 差し出された手を、レイは取る。
「ごめん、シュガ。話はまた今度。すぐに埋め合わせするから」
「ええ、わかりました。こちらこそ引き止めてしまって申し訳ない」
 シュガは頭を下げる。
 それを見届けると、カガが再び漆黒の炎へと姿を変える。
 炎はレイを包み、そして爆風と共に消えた。壁に巨大な穴を残して。
「おい、これどーすんの?」
 クリストファーが頬杖を突きながらつぶやく。
「後でレイさんに直してもらえばいいんじゃないでしょうか?表向きは不動産業を営んでおられるのですから」
 言いながら、ラクシは立ち上がる。
「別にこのままでもいい気もするけどねー」
 アルも席を立つ。
 二人とも部屋の扉ではなく、カガが開けた穴から外へと出て行く。
「あれあれ?何?レイちゃん居ないと相談会お開きなの?」
 アーヴィングがアルとラクシの背に呼びかける。
「だってあたし達だと生まれ育ちが違うから、価値観がまったく合わないじゃん」
「そういうことです」
 そう告げると、二人はもう振り返ることなくさっさと行ってしまった。
 ぽっかりと開いた穴から、春先の生暖かい風が会議室を駆け抜ける。
「これはこれで趣があっていいかもしれません」
「ねーよ」
 至極まじめに放たれたセリスの言葉を、クリストファーは間髪いれず否定する。
「シュガちゃん、俺はいつでも協力するからね。お礼は是非君の血で」
「お断りします」
 アーヴィングの申し出を、こちらも間髪いれず拒否をし、席を立つ。
 シュガはぽっかり開いた穴からではなく、きちんと扉から退出した。
 できれば今日にでもレイから助言を貰いたかった。
 周りに誰も居ないことを確認し、小さくため息を零す。
 もう残された時間はほとんどないだろう。早くなんとか手を打たなければ。
 しかし、その術が見つからない。見つけられない。
 自然と顔つきが険しくなる。
 彼女はいつもより重く靴音を響かせながら、会議室を後にした。







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