-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之三


 

「くっ…そ!」
 力任せに刀を振るう。
 金属音が響き、刀が弾かれた。
 決してシキが弱いわけではない。刀捌きも達人の域に達すると言っても過言ではない。しかしそれが通用せず、土を操る能力でも歯が立たない。
 治安部隊はこの妖魔が壊滅させたのだろう。並みの強さでは到底敵わない。それもそのはずだ。これは「成れの果て」と呼ばれる忌み嫌われる強力な妖魔なのだ。シキ自身、それは身を以て体験している。苦い記憶だ。
 しかし、だからといって、退くわけにはいかない。怖気づくつもりもない。必ずここで止める。これ以上被害を広げさせるわけにはいかないし、何より逃げたくない。
 あの時、二年前の雪辱を果たすためにも。そして、自分を変えるためにも。
 地面を強く踏みしめる。
 発動までの時間差を置き、槍と化した土が、ひとつ、ふたつ、みっつと妖魔に襲い掛かる。
 妖魔はひとつは難なく身を捻ってかわし、ふたつめは大きく跳んで避け、みっつめは手で振り払った。まるで小さな虫でも追い払うかのように、軽く。ただそれだけで、槍は砕かれた。
 シキは咄嗟に左手をかざし、槍からただの土へと戻った塊を再び操る。土砂を刃先の如く尖らせて、向かって来る妖魔にぶつける――つもりだった。
「んっ!?」
 土が水分を含み、泥状へと化している。
 道理であっさりと壊されるわけだ。
 この妖魔は水を操る。空気中か、それとも土に含まれる水分か、どちらにせよ水を増幅させる力を持っている。シキがいくら強固な土の壁や土の槍を作ったところで、泥状にされてしまっては効果は望めない。
 シキが中途半端に操った土を、邪魔だと言わんばかりに振り払う妖魔。
 それは捨て置き、今度はシキは地面の土を操る。多数の針を地面に生やす。
 攻撃が通らないことはわかっている。ただほんの数秒でも時間を稼げればよかった。その間に距離を開け、体勢を整える。
 だが、妖魔の勢いは止まらない。シキが形成した針山をものともせず、迫る。
 このままではもう次の瞬間には妖魔の攻撃範囲に入ってしまう。
 まっすぐ後ろには逃げられない。家がある。追い詰められてはさらに不利になる。右側は、建物が崩れた瓦礫で足場が悪い。ならば左か、上手く妖魔の横を通り過ぎ、立ち位置を反転させるしかない。
 目前にまで迫り来る妖魔。右腕を振るのが見えた。
 ここだ。
 妖魔と自分との間に土の壁を形成する。
 それで防げるとは思っていない。ほんの一瞬でも目隠しになればいい。
 頭を下げつつ、全力で駆ける。形成した土壁が容易く壊されるのを横目で確認しつつ、妖魔のすぐ傍を通り過ぎる。
 妖魔との立ち位置を反転させた。それはつまり、妖魔の背後を取ったということ。
 絶好の攻撃のチャンス。
 両の手でしっかりと刀を握り締め、妖魔の背に飛び掛る。全体重を乗せた斬撃。
 ギン、と鈍い音が響き渡る。それと同時に、両腕に痛みを伴う痺れ。弾かれることはなかったが、衝撃に堪えきれず刀が折れてしまった。
 振り向き様に、妖魔が蹴りを放つ。
 咄嗟に折れた刀を盾にして受ける。土壁は間に合わなかった。
 衝撃、次に激痛。身体が浮く感覚。
 一瞬、何がどうなったのか状況が把握できなかった。
 気づけば、目前に妖魔の拳が迫っていた。
 それを避けれたのは奇跡だろう。反射的に身を捻る。妖魔の拳が空を切る。そして、背中に衝撃。地面を転がる。反動を使って立ち上がろうとするが、膝が崩れる。
 視界が揺らぐ。ふわふわと、身体が浮くような感覚。
 ダメージが許容量を超えたかと思ったが――違う。これは、違う。
 妖魔がこちらへゆっくりと向かって来る。右腕をシキに伸ばす。
 ダメだ。
 光が、音が、匂いが、遠ざかる。全ての感覚に靄(もや)がかかる。身体が言うことを利かない。
 言葉までもが、滑り落ちる。
 心が、落ちる。
 そして――。
「どっこいせぃ!!」
 場に似合わぬ掛け声。
 絶妙なタイミングで飛び出してきたのは、赤毛の女だ。長刀で妖魔を斬りつける。
 その長身から振り下ろされた刀を、妖魔はやはり弾いた。腕でかばうようにして、刀を防ぐ。
「うっ……わぁ、硬ぇ!」
 女はすぐに妖魔から離れ、かなりの距離を保つ。渾身の一撃が弾かれ、腕には痺れが残る。
「ずいぶん派手にやってくれたもんだな。こいつで間違いなさそうだ」
 続いて現れたのは、サングラスをかけたスーツ姿の黒髪長身の男。その後ろには、白髪の少女。
「ああ、間違いなくこいつだ!」
 びしっと指差す。
「さすがあたしの目!」
 今度はぐっと親指を立てる。
「やいやい、そこの気味悪い妖魔!成れの果て!あたしの目が黒いうちは」
「お前の目、黒くないだろ」
 男がつっこんだ。
 そう、彼女の目は世にも珍しい赤と銀のオッドアイだ。
「あたしの目が赤と銀に輝くうちは」
「あ、言い直した」
「好き勝手にさせてたまるか!」
 びっと立てていた親指を下に向ける。
 決まった。そういう顔をしている。緊張感があるのかないのか、よくわからない。
「どけ、マヨ。邪魔だ」
 良い気分に浸っている彼女を、遠慮なく押しのける男。
 彼は一歩一歩、恐れることなく妖魔に近づいていく。
「あ!おい、カガ!抜け駆けするなよ!こいつはあたしの得物だぞ!」
「まったく歯が立たなかっただろ」
「刃は立たなかったけど、歯が立たなかったわけじゃねーよ!」
「アホか。こんな時に漫談を……」
 あろうことか男は妖魔に背を向け、マヨと呼んだ女に向き直る。
 その隙を、妖魔は見逃すわけがない。
「カガ」
 白髪の少女が、男に呼びかける。
「わかってますよ、レイ様」
 振り向き様に、乱暴に腕を振る。
 その右腕は炎を纏い、いや、腕自体が炎と化し、向かって来る妖魔に灼熱の炎を投げつけた。
「消し炭になれ」
 左腕までもが火炎と化し、燃え盛る妖魔をさらに焼き尽くそうとするが。
「ん?」
 カガは動きを止めた。
 妖魔を焼き尽くすはずの業火が、みるみる小さくなっていく。
「カガは彼女を。マヨは後ろに」
 白髪の少女が指示を出す。
 指示通り、少女はマヨを、カガはシキを守るかのようにその前に立つ。
 妖魔を包み込む炎が完全に消え去った。いや、飲み込まれた。
 そして、爆音、轟音。
 妖魔が、飲み込んだカガの炎を暴発させた。
 家一軒は軽く粉々に吹き飛ばせるほどの威力。その爆発は、妖魔が崩壊させたアパートの瓦礫をいくらか吹き飛ばし、すぐ傍にあった家の塀を崩れさせるほどに至った。
 しかし、そこに何事も無く立つ白髪の少女とカガ。少女は右手を掲げてその爆風と炎を消滅させ、カガは何をするわけでもなく立っているだけで自分周辺の炎を全て飲み込んだ。
 妖魔の姿はない。分が悪いと判断し、爆発の隙に逃げたのだろう。見た目に反して知性のある妖魔だ。
「あちっ!あちっ!」
 赤毛の女が全身を犬のようにぶるぶると振るわせる。
「人間にはちと危ない温度だったか」
 そう言いながら、カガは少しずれたサングラスを指で押し上げる。背後のシキを気遣おうとしたが、動きを止めた。
「おいおい、助けたのにそりゃないだろ、お嬢ちゃん」
 シキは折れた刀を、背後からカガに突き刺していた。
 しかしカガは痛がる様子も苦しむ様子も無い。
「カガ、その子は」
「わかってますよ」
 少女の言葉を遮り、カガは頷く。
「ここにいるということは、そういうことなんでしょう」
 カガの背中が、炎へと変わる。
 シキは刀を薙ぐ。炎が揺らぐ音がしただけで、やはりカガには苦痛の色は無い。
「おい、マヨ。逃げた妖魔、ちゃんと見張っておけよ」
「無理無理、今ちょっと無理」
「ああ?ったく、人間は軟弱だな。そう思わないか?お嬢ちゃん」
 言いながら、シキに振り向く。
 シキの目にカガは映っていない。カガを見てはいるが、焦点が合っていない。
「ダメだな、これは。さっきの妖魔にあてられたか?」
 シキは左手をカガに向ける。
 砂煙が凝縮され、いくつもの小さな礫(つぶて)へと姿を変える。それらを全てカガへ向けた。
「おいおい」
 言葉ではそう言いながらも、決して焦る様子は無い。
 襲い掛かる石礫は、全てカガに触れる前に爆ぜる。
 カガの身体が揺らぐ。炎が巻き上がったかと思うと、次の瞬間にはシキの目の前に移動していた。
「ちょっとごめんよ」
 殴りかかるシキより速く、カガの蹴りが入った。
 強烈な蹴りは的確にみぞおちを捉え、シキは地面に沈んだ。







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