砂嵐。
乱れる映像の中、徐々に風景が浮かび上がってくる。途切れ途切れだった音も、鮮明に聞こえるようになる。
落ち着いた和風家屋の佇まいとは反対に、激しく言い争いをしている声が響いていた。
着流し姿の男と、小柄な女。二人とも額に角がある。
鬼だ。
「あの子のことは、あの子自身に選ばせるべきです!」
女が声をあげる。
「あれにそんなことができるとでも思っているのか?」
男には、焦燥の表情。
「あれには心が無いんだぞ」
「しかし、いずれわかる時がくるはずです!」
「あの状態のまま、一体何年経っていると思ってる?」
「だからと言って、あの子に罪はないじゃないですか!」
「今は、俺が押さえつけている。だが、それにも限界が来る。近いうちに人を殺すようになる。人の、敵となる」
すぐ傍で、積み木で遊んでいる女の子。
愛おしそうに男は少女を見つめる。
「俺が、悪いんだ。俺には、あの子に心を与えてやることはできなかった」
景色が歪む。
砂嵐。
場面が変わった。
一面に広がる赤。
男が倒れている。胸から血を流して。
彼の目の前に、少女がいた。何の感情も示さない目で、男を見つめている。
「哀れだな……」
男は口角を上げる。
いつかこうなることはわかっていた。
しかし、どうしてもできなかった。
「殺せなかったか……」
男の目から雫が零れ落ちる。頬を濡らす。
少女がゆっくりと男に近づく。
その雫に、そっと触れる。
「涙」
少女がつぶやいた。確かめるように。
その言葉が表すものを確かめるように。
少女の目に、光が宿る。
そして、生まれて初めて、少女は己の行為を理解する。
「馬鹿野郎……」
男の慟哭は、そう長くは続かなかった。
景色が歪む。
砂嵐。
再び場面が変わる。
妖魔が暴れている。いくつもの建物は崩壊し、多くの人が倒れている。
彼女は、動けない。怪我を負っている。立ち上がれず、膝をつくので精一杯だ。
子供が倒れている。様子からして、まだ息はあるようだ。妖魔はその子を狙ったわけではないが、その攻撃が子供を巻き込もうとしていた。
動いたのは、小柄の鬼。
「チカ!」
鮮血が舞う。
鬼は子供をかばい、攻撃を受け続ける。
彼女は鬼を助けようと動くが、怪我を負っているうえに、何より実力が届かない。
簡単に、弾き飛ばされる。
痛覚が邪魔だ。こうなったら――。
「ダメだよ」
少女が前に出る。
「私がやるから」
「ダメだ!スイ!」
止めようとするが、身体が動かない。
どうしてこんなにも中途半端なのだろうか。
大事な時に、役に立たない力。
少女は恐れることなく妖魔に歩み寄る。
妖魔の攻撃は、少女には通らない。どの攻撃も、少女にたどり着く前に消滅してしまう。妖魔が振り下ろした拳も。そして、妖魔自身さえも。
全てが消え去った。
少女が、倒れる。
涙が零れ落ちる。
何ひとつ守れなかった。
その思いだけが、ただただ重く圧し掛かる。
景色が歪む。
砂嵐。
そこで映像は終わった。