-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之六


 

「あれっ?何これ」
 シキは声をあげる。
 この広い屋敷に、なぜか四人集まって寝ている。
 左側にはチキ、右側にはレイ。そのレイの隣にマヨ。
 スペースは余裕があるのに、なぜか布団は二組だけ。
 つまりシキの布団に無理やりチキが入り、レイの布団にマヨが入り込んでいる。
「おかしいおかしい。全てがおかしい」
「何が?」
 チキは心底不思議そうな顔で聞き返す。
「何がって、もうどこからつっこめばいいのかわからないくらいにおかしい」
「別におかしくないわよ。川の字になって寝てるだけでしょ」
「おかしいよ!初対面でしょ!しょ、た、い、め、ん!」
 もう神なんていない。神に対する畏敬の念など存在しない。そんなものはトイレに流しておいた。ここにいるのは、奇人変人の類だ。
「いいじゃない。ガールズトークでもしましょうよ」
 チキが擦り寄ってくる。
 お客様に失礼なことをするなとマヨを叱っていた張本人が、失礼極まりない行為に及んでくる。
「ヤダよ。狭い!」
 シキは押し返そうとするが、どこにそんな力があるのかびくともせず、チキはさらにシキの方へと寄っていく。
「あー、カメラ持ってくればよかったな。可愛い寝顔をばっちり写せたのに。まあいいか。一晩中見つめて、目に焼き付けておけば」
「ヤダ、この人怖い!変態さんだ!」
 シキは出来るだけ離れようとレイの方へと押し寄るが、レイもびくともしない。なぜだ。答えは「神だから」しかないのだが、このぶっ飛んだ性格の持ち主達が神だとは本当に信じたくない。
「誰が変態よ。ちょうどいい抱き枕だなーって思ってるだけよ」
 腕を引き寄せられ、軽々とチキの方へと戻される。そして本当に抱きしめられる。
「ちょっと!」
 逃げようともがくが、びくともしない。まったく動けない。頭突きを繰り出してみるが、まったく効かない。なぜだ。神だからだ。
「ガールズトークしましょうよ」
「どこにそんな脅迫めいたガールズトークがあるか!」
「じゃあまず好きな人ね」
「話を聞け!」
「私はもちろんレイ様一筋よ。レイ様以外考えられないわ。レイ様になら全て捧げられるわ」
「あんた今、私に抱きついて浮気してるくせに何言ってんの?」
「浮気じゃないわよ。可愛い子見たら抱きつかなきゃ失礼でしょ」
「何さらりとセクハラ発言してんの」
「セクハラじゃないわよ。当然の行為よ」
「おい、変態。それ犯罪」
「違うわよ、失礼ね」
 当たり前すぎてなぜ咎められるのかわからないという顔をしている。ああ、そうだった。ここは犯罪という概念がないに等しいところだった。
 チキは放す気などさらさら無いようだ。埒が明かない。
「ちょっと、見てないで助けてくれません?」
 すぐ隣のレイとマヨに助けを求める。
「いいコンビじゃん」
 と、感心しているマヨに、レイも頷く。
「全っ然、嬉しくないんですけど」
「いやー、あたしは嬉しいよ?つっこみ役が増えてくれて」
「タッチ。つっこみ役交代」
「いやいや、その役をもっと楽しんでくれよ。ここまで徹底的につっこまなきゃいけないことなんてそうそう無いんだから」
「それにしても貴女、適応能力高いわね。初対面でここまでつっこんでくる輩は居ないわよ?」
「えっ、初対面の人に毎回こんなボケ繰り出してんの?」
「何言ってんの。私は毎回剛速球のストレートしか繰り出さないわ。正々堂々。たとえそれが変態行為だとしても!」
「あんたが何言ってんだ!もう嫌、この人!」
 予測される回答の斜め上を遥かに通り過ぎる台詞ばかり返される。
 真剣にチキから逃れようともがくが、やはり敵わない。強烈な頭突きを放ってみるが、鼻血どころか効いた様子すらない。拘束は緩むことなく、先ほどよりさらにがっちりと抱きしめられる。
「女の子可愛い」
 鼻息が荒い。耳に吹きかかって気持ち悪い。
「ちょっと!ほんと危ないこの人!身の危険を感じる!」
「だからガールズトークの続きしましょう」
「この状況でできるか!」
「私は好きな人を語ったから、貴女はそうね、特殊相対性理論について語ってもらおうかしら」
「なんでやねん」
 思わず出る関西弁。イントネーションも完璧だ。
「ダメかしら?」
「おかしいでしょ。ガールズトークでなんで特殊相対性理論を語るの?どこにそんなガールがいるの?そもそも特殊相対性理論を理解してる人がどれほどいるの?てか、特殊相対性理論って言いにくいわ!長いわ!」
「そう、ダメなの。貴女と私の方向性の違いと言ったところかしら」
「バンドの解散理由か!だあ、もう!」
 無軌道に飛び交う会話に、頭を抱えたくなる。がっちり捕まえられているためできないが。
「ねえねえ」
「何ですか!」
 怒り気味に返す。できればもうこのまま寝かせてほしい。抱きつかれるのは百万歩譲って我慢するから。
「あの妖魔、強かった?」
 あの成れの果てのことだ。
 もう完全にガールズトークの枠を超えている。
「貴女の知り合いか何か?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ貴女の知り合いの知り合い?」
「それもうただの赤の他人」
「でも」
 マヨが上体を起こし、シキに告げる。
「お前さんに話しかけてた」
 どくり。
 心臓が大きく脈打つ。
「あの妖魔、もしかしたらお前さんを狙ってたんじゃないのか?」
「そんなはず……」
「いや、狙ったっていうより、お前さんに吸い寄せられた?」
「なに言って……」
 鼓動が早くなる。
 不安がこみ上げてくる。違うと否定したいのに、完全に否定できない自分がいる。
「……鬼か?」
 マヨが少し目を細める。赤と銀のオッドアイが、不気味に光る。
 その時だ。
 チキが布団を跳ね上げ、シキに馬乗りになる。そして首に手をかけた。力は弱いが、締め付けてくる。
「このっ……!」
 この状態で腕力勝負は無理だろう。ならば、能力を使うしかない。
 しかし。
「悪いけど、あんたの能力は封じさせてもらったわよ」
 チキがにやりと不気味な笑みを見せる。
「私は結界が得意なの。境界を司る神様だから。この家にいる限り、あんたは一切の能力は使えない」
 なんとかこの体勢から逃れようと暴れてみるが、しっかり押さえつけられて身動きが取れない。
 チキは何事もないかのように、話を続ける。
「こっちもね、あんたみたいなやつは調べておかなきゃいけないの」
 だからわざわざここまで運んだのか。無駄に思えた行動の意味を、シキは理解する。
 通常ならば、カガの一撃で気を失ったシキを、そのまま第一区域の治安部隊に引き渡してしまえばいい話だ。それをしなかったのは、選別するため。いや、もう選別は済んだのだろう。そして見事落とされた。治安を脅かす人物だと判断された。それが今のこの状況だろう。
「だってあんたには」
 一度、言葉を切る。
「無数の死の匂いが纏わりついている」
 早くなる鼓動。
 そして。
 次の瞬間。
 シキの纏う雰囲気が一変した。
 いち早く察したマヨは布団から飛び起きる。レイは依然寝転がったままだ。
 シキはチキの腕を力で無理やり引き剥がし、そして投げ飛ばす。
「おおおおお!?暴走モード突入か?ちょっとレイ様。危ないから起きてください」
「にゃんこ可愛い」
「突然何言ってんですか。あたしの話聞いててくれました?てか、今までのやり取りちゃんと見ててくれました?」
 シキの代わりにマヨがつっこむ。
「悠長にしてていいの?」
 チキが呼びかける。
「えっ……うわっ!」
 シキの足がマヨの顔面を捉える寸前。なんとかマヨは腕を盾にしてそれを防いだ。
「ほらほら、がんばって」
 チキは肘を立てて枕にし、堂々と寝転んでいる。
「おい、優雅だな、おい」
「あんたが傷口に塩塗りこんだんだから、あんたが何とかしなさいよ」
「お前さんがとどめ刺したんだろ!」
 叫びながら、後ろへ跳ぶ。シキの拳が迫っていたからだ。
 その拳はかわした。右のフックを後ろに下がることで避ける。しかしマヨは気づかなかった。シキが拳と同時に蹴りも放っていたことに。
 右のハイキックが見事マヨの顔面を捉える。
「言っとくけど、その子かなり強いわよ」
 チキの忠告。
 それなら早く言ってくれ。油断してたじゃないか。
 そう返そうとするも、口の中いっぱいに広がる血に阻まれてかなわなかった。
 レイは未だ動かず、寝転がったままだ。手を伸ばして、マヨの背を優しく撫でる。
 マヨが取る行動はひとつしかない。布団に包まって一切動く気のないレイを踏まないように、踏ませないように気をつけながら、一切手伝う気のないチキの煽りを綺麗に無視をし、暴走しているシキを静めなければならない。
「くっそぉ」
 関節技で押さえつければ勝機はあるだろう。
 マヨはそう判断した。
 シキの左の拳を腰を落として避けつつ、前に踏み出す。右のアッパーが飛んで来たが、構わず前進して腰に組み付く。
 が、シキは軽々とマヨを持ち上げ、そして投げ飛ばした。
 マヨは受身を取り、床に叩きつけられた反動を使って身を起こす。
「こいつ、むちゃくちゃだ!」
 普通の人間では考えられない力だ。ましてや、女の身だ。細腕で軽々と人一人持ち上げるなど、普通ならできることではない。
「リミッターが外れてるのよ。放っておくと、身体が壊れても暴れ続けるわよ」
「おいおい!手伝ってくれよ!どうすりゃいいんだよ!」
 泣き言を漏らす。
 それを聞いたからか、はたまたただの気まぐれか、ようやくレイが起き上がった。
「レイ様?」
 特に戦闘態勢をとることもなく、普通にシキに近づいていく。
 本来のシキならば、レイのように独特な雰囲気を持った者は警戒して軽々しく手を出したりはしない。が、今のシキは、目の前にある動くもの全てを破壊しなければ気に食わない。それは、たとえ神を前にしても同じ。暴力の衝動が止まらない。
 シキは何のためらいも無く、蹴りを放つ。
 その蹴りを、レイは腕一本で軽々と受け止めた。
「おやすみ」
 そう言った直後。
 まるで糸が切れたかのように、シキは崩れ落ちた。
 レイは軽々とシキを抱き上げ、布団に寝かせる。幼子にするように、優しく頭を撫でる。
 チキはごろごろと転がり、シキの布団へと潜り込む。
 このマイペース女王をおもいっきり蹴り飛ばしてやろうかとマヨは思ったが、レイの手前、やめた。めっ!と怒られるのもなかなかに魅力的だが、それは一旦横に置いておく。
 チキに聞きたいことがあった。
「何で煽ったんだ?」
「この子のこと、知っておかないとね」
「だからってあんなやり方……」
「まあ確かにちょっとやりすぎではあったけど、ああなってもらわないと困るのよ。あの状態を、私はこの目で確認しなきゃいけなかったから」
「どういうことだ?」
「何のためにわざわざここまで連れて来たと思ってんの。レイ様が言ってたでしょ。第一区域の領主からこの子のことについて相談を受けたって」
 シキが目覚める前のことだ。
 第一区域の領主から、「混り物」のことで相談を受けたとレイは話していた。その「混り物」の名前は聞かなかったが、おそらくシキのことだろう、と。
「同郷だから相談したってのもあるだろうけど、たぶんそれだけじゃないはずよ。私の力を当てにしてるのかもしれない」
「チキの力を?」
「あんた、私のこと痛いほどよく知ってるでしょ。私は境界を司る神よ。『隔てる』ことが得意なの」
「あっ……」
 そこでようやくマヨも思い至る。
 混り物は、人間と、人間ではないものが混ざっている者のことだ。血や魂、肉体、何かしら不純物が混ざっているために、さまざまな弊害を起こす。精神や肉体が壊れるといったことは、珍しい話ではない。
 そして、チキは境界を司る神だ。人には成しようの無い、理解のできないものにも、線を引くことができる。混ざっているものを、隔てることができる。
「だから見ておく必要があったのよ。区切られるかどうか」
「それで、どうなんだ?できるのか?」
「できるわよ」
 あっさりと答えた。
「だって私は神だもの」
「それじゃあ」
「でも」
 マヨの言葉を遮り、言った。
「それは何の解決にもならない。この子自身の問題は、この子自身が解決しなければならない。私が力を貸したところで、根本的な解決には何もならない。何も変わらない」
「じゃ、じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「私達ができることなんてないわよ。この子は自分で制御することを覚えなければならない。ただそれだけよ」
「でもでも、それじゃあ冷たいじゃないか」
「じゃああんたが付いて見守っててあげなさいよ」
「そうするよ!言われなくてもそうする!」
「何むきになってんのよ」
「べっつにぃ~」
「マヨ」
 レイが、ぽんぽんと自分の隣を叩く。
 さっさと寝ろという意味だと捉えたマヨは、これ以上チキに突っかかるのはやめて大人しく布団の中に入った。
「マヨ」
 レイはマヨの方へ寝返りを打つ。
 あまりにも近すぎるレイの顔に、マヨは身を引こうとしたが、できなかった。レイの手が、頬にそえられ動けない。
「何を視たの?」
 有無を言わせない雰囲気。けれども、マヨはレイに対して嘘はもちろん、隠し事などできはしない。するつもりなどない。
「シキの過去を」
 正直に答えた。
「小さい頃のと、たぶんつい最近のものと」
「ああ、それで情が移ったのね」
 チキが納得したように頷いた。
「うっさいうっさい。いーだろ別に。だって、だって……」
 口を尖らせる。いつでも騒がしい彼女が見せた、寂しげな表情。
「よしよし」
 レイがマヨの頭を優しく撫でる。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」







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