-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之七


 

 ぼんやりとしていた頭が、徐々にはっきりとしていく。
 いつもと違う布団の感触が、徐々に意識を覚醒させる。
 目を開ける。
 どこにでもある天井。
 いつもと違うと感じたのは気のせいかと思いつつ、寝返りを打つ。
 間近に、白髪の少女の顔。
「うおぅっ!!」
 シキは飛び起きた。
 シキの声に、白髪の少女、レイも目を覚ます。
 心臓が朝っぱらから忙しなく脈打つ。平穏な日常をこよなく愛する自分としては、こんなどっきりはいらない。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
 完全に覚醒した。というより、覚醒させられた。そして昨夜の出来事を思い出す。
 全て夢であったならよかったのに。
 がっくりと肩を落とす。
 少なくとも尊敬の念を抱いていた相手と寝食を共にしたのだ。本来ならもっと喜んでもいいはずなのだが、全く喜べない。
 あの従者達が問題なのだ。問題の100%があの従者達だといっても過言ではないだろう。
 よく寝たはずなのだが、妙な疲れが残っている。変な夢にうなされたような気がした。
 ため息を零したいのを、レイの手前我慢する。
 ふと見ると、枕元に昨日着ていた自分の服があった。
「洗濯しておいた」
 まじまじと洗濯物を見つめるシキに気づいたのか、レイがそう声をかけた。
 すでにレイは着替え始めている。
「ありがとうございます」
 礼を述べてから、シキも着替える。
 ここにいる他の神々には畏敬を払わないことを決めたが、レイはまた別だ。レイには敬わずにはいられない独特の雰囲気がある。ただ、つっこみは別だ。
「こっちこっち」
 着替えと布団をしまい終えると、レイが部屋の入り口で手招きする。
 レイの後をついて行くと、昨日のあまりにも広すぎるリビングにたどり着いた。
 テーブルには朝食。みんなもうすでにそれぞれ席についている。どうやら一番最後のようだ。
「おっ、お目覚めか?おはようさん。よく眠れたかい?」
 真っ先に声をかけてきたのはマヨだ。
 シキは言葉を返そうとして、マヨを見たその次の瞬間にはぴっかぴかのフローリングに全力でキスをする。
「本当にすいませんでした」
 ああ、今日もフローリングは生暖かい。この生暖かさを実感するのは、今回でもう何度目だろうか。
 寝起きの頭を占領していた変な夢。夢だと思っていた。夢であるはずだったのだが、マヨの顔にはガーゼがある。思い切り蹴り倒したビジョンは、現実だった。
「いやいや、別にそんな謝ることじゃないって。こっちが煽ったんだし。大丈夫だから。な?」
「そうよ。もしかしたら荒療治で、マヨの馬鹿さ加減もちょっとはマシになるかもしれないし」
「お前さんにだけはとやかく言われたくない!煽った張本人が!」
 とにかく、とひとつ咳払いし、マヨはシキの顔を上げさせる。
「こっちが悪かったんだし、そう気にしないでくれよ。そうだ、朝飯食おう。イツカの作った料理はうまいぞ?」
「そうだそうだ。お前らのせいで僕の料理が冷めるだろ。冷めてもおいしいけど」
 促され、席につく。
 ああ、和食だ。おいしそうだ。これほどがっつりと和食など、久々すぎて覚えていない。食卓に広がる数々の料理に目を通していくと、卓の際で見慣れないものにぶち当たった。
 視線を上げる。今更ながら、それに気づいた。
 真正面に、見たことのない少女。
 少女は当然のように席についている。
「一人増えとる!?」
 驚きというよりも、まだもう一人厄介な人物が潜んでいたのかという軽い絶望。我が故郷の神々がこれほどまでに変人奇人の類だったという事実を、これ以上突きつけないで欲しい。
 衝撃のあまり立ち上がったシキに、
「妹のイク」
 レイがさらりと紹介する。いただきます、のついでに。
 レイの後に続いて、シキ以外の全員がいただきますと手を合わせ、ご飯を食べ始める。
「あの、昨日は早くに寝ちゃって、ちゃんとあいさつできなくてごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる。
「改めまして、イクです。よろしくお願いします」
 至極まともな言葉遣い。
 希望の光を見た気がした。
 いや、しかしまだ断定するには早い。
「遠慮せずにどんどん食べてください。イツカのご飯は本当においしいんです」
 にこりと微笑む。
 ああ、微笑が神々しい。なんだか癒される。
「ご飯食べたら第一区域まで送ってってやるよ」
 もぎゅもぎゅと口に料理を詰め込みながら、マヨが言った。
「いいもんに乗っけてやるから、楽しみにしてな」
 にっと笑いかける。
 シキは思いを巡らせる。おそらく一般庶民には永久に手の届かないような高級車だろう。スポーツカーの類だろうか。定番のリムジンには一度乗ってみたい。これほど大きな家、ましてや第二区域の領主なのだ。高級車の一台や二台、当たり前のように所有しているに違いない。
 それは確かに楽しみだ。
 そう期待していたのだが。
「これ?」
「そ、これ」
 シキの問いに、満面の笑みで頷くマヨ。
 目の前には、一般庶民の自分もよく見慣れた原動付自転車。所謂、原付バイク。
「……これがいいもの?」
「おうよ!安心安全高品質のメイド・イン・ジャパン!」
「運転する人間が危険極まりないんだから、高品質である意味がない」
「んなこたぁないよ。人様を後ろに乗せるんだから、もちろん安全運転を心がけるよ」
「二人乗りの時点で、安全運転の概念がないよね?」
「だいじょぶだいじょぶ。豪華客船に乗ったつもりでいてくれ。タイタニック号とか」
 自信満々にぐっと親指を立てる。
 シキはその親指をわっしと掴むと、曲げてはいけない方向へと曲げる。
「沈むじゃねーか」
「いててて!冗談だってば!」
「ちなみに免許は?」
「この場所に免許制度なんてあると思うか?」
「ですよねー」
 マヨがアクセルグリップを回すと、軽快にエンジンを鳴らすバイク。
 身に危険を感じたら、さっさとバイクから降りて歩いて帰ろう。そうしよう。言葉にも表情にも出さず、そっと心に決める。
「車でもいいんだけど、こっちの方が速いんだよ。裏道通り抜けられるし、小回りがきいて便利だから。はい、ヘルメット」
 そうして差し出されたのは、黄色いヘルメット。額の部分には、緑の文字で「安全第一」と書かれている。
 もうつっこみに言葉は不要。無言でヘルメットを叩き落した。
 甲高いトーンで実に小気味良い音を立てて地面を転がる安全第一ヘルメット。黄色いからよく目立つ。
「ああ!なんてことするんだ!」
「やかましいわ!工事現場のおっさんか!」
「メイドインジャパンだぞ!?安全なんだぞ!?隕石落ちても壊れないんだぞ!?」
「どんだけメイドインジャパン過信してんだ!」
「いーじゃんいーじゃん。漢字わかんないやつにはすごく格好良く見えるんだぞ?おしゃれさんだぞ?」
「知らんわ!じゃああんた被れ!」
「しょーがねぇなぁ。じゃあ交換な。はい」
 渡された普通のヘルメットを被る。安全第一とどちらがいいかとなったら、確実に普通のバイク用のヘルメットを選ぶに決まっている。ヘルメットにヒネリの利いたお洒落なぞ求めておらん。
 ヘルメットの首もとのベルトを締めつつ、ふと隣を見る。
 もう一台の原付バイク。運転者はチキ。その後ろにレイ。それはいい。それはいいのだが。
「すいません、あの人おかしいんですけど」
 なぜかチキは金属バットを持っている。
 一昔前の漫画で、よく不良が振り回していたのを思い起こす。
「いや、標準装備だ」
 返答したマヨは、腰の刀を肩から提げるように紐を調節している。
「どこに殴りこみに行く気?え?何?家まで送ってくれるんだよね?殴りこみの間違い?第一区域に戦争仕掛けに行くの?」
「いやいや、ちゃんと送り届けるよ」
 にっと笑って、安全第一ヘルメットを被るマヨ。とても間抜けに見える。
 ちなみにレイとチキはノーヘルメットだ。言うまでもない。
「よし。行くよ」
 本当に大丈夫なんだろうか。
 そう思いつつもマヨの後ろに乗り、腰に手を回す。
「道は通るものではない!作り上げるものだ!」
 高らかな宣言と共にエンジンが唸りを上げ、急加速した。
 どうやら大丈夫ではなさそうだ。
 急発進のバイクは一切速度を緩めることなく、どんどん裏路地を進んでいく。左右確認、一時停車など存在していないかのように、フルスロットルで狭い狭い道を駆け抜ける。
「危ない!危ないよ!」
 ジェットコースターよりスリル満点。なにせ命がかかっているのだから。
 マヨは高らかに笑う。
「大丈夫大丈夫」
「どこが!?人が飛び出してきたらどうすんの!?」
「大丈夫だって。あたしの目があるから」
 そう、赤と銀の世にも珍しいオッドアイ。あまりに色が違いすぎて、見る者に不気味な印象を与えてしまう目だ。
「……何が視えてるの?」
「全部」
 そう答えた。
「千里眼って言うのかな。透視は簡単にできる。暗闇だろうが濃霧だろうが、どんなに視界が悪くてもあたしの目には関係ない。それから」
 一呼吸置く。普段の明るく騒がしいマヨからは、想像もつかないほど暗い声だった。
「過去と未来。そいつの深層心理」
 だから、ここに居るのだろう。ここはそういう者共が集う場所だ。
 シキと同じく、人の世では暮らせない。マヨは見た目からして、明らかに「普通」からかけ離れている。その上、全てを見通せてしまうのだ。人の輪から完全に弾かれてしまう。
「マヨは、そういう能力を持った神様ってこと?」
「いや、違うよ。あたしは人間。種族はヒューマンだ。どーしようもない馬鹿なあたしを、レイ様が拾ってくださったんだ」
 ミラー越しにマヨの表情を盗み見る。酷く穏やかな顔だった。
 それには羨望を抱く。マヨはレイに揺るぎないものを抱いている。何ひとつ後ろめたいことがなく、壁を作る必要もなく、本当に心から信頼し、敬愛している。
「羨ましい限りだ」
 ついつい声に出してしまっていた。
「あん?お前さんは違うのか?」
「……どうかな。よくわからないよ」
 自分でも驚くほど、弱々しい声だった。
 自嘲する。
 線を引き、壁を作り、後ろめたいことばかりだ。どうすれば離れた距離を縮めることができるのかわからない。むしろ、このまま離れてしまった方がいいのではないかと思えてしまう。
「あたしは第一区域の領主様はそこまで知ってるわけじゃないけど、実直そうで善い人に見えたけど?」
「だから困るんだよ」
 ため息混じりに答えた。
「責めてくれた方が楽なのに」
 しかし実際に責められたとしても、おそらく成すべきことは見つからないだろう。どうすればいいのかわからない。失ったものは、もう二度と戻らないのだ。
 マヨはシキに何か言葉を投げかけようとして、口を閉じる。マヨの目に、とあるものが映ったからだ。
「やっぱりありやがったか」
 マヨは後ろを振り向く。全速力で走っているのにもかかわらず、余裕で背後のチキに呼びかける。
「おーい、チキ。頼んだぞー」
 少しだけ速度が落ちた。代わりにチキの運転するバイクが速度を上げ、二人を追い越す。
 チキは金属バッドを持った腕をぐるぐると回す。
 殴る気満々だ。何かを。何を?
 猛スピードで角を曲がる。キキキとタイヤが悲鳴を上げる。
 タイヤと共にシキも悲鳴を上げそうになる。目の前に、道がない。
 狭い狭い道の隅に、誰が集めたのか粗大ゴミが立ち並ぶ。さらに道のど真ん中、粗末な掘っ立て小屋が、続くはずの道を遮っている。
 チキは金属バットを振りかぶる。もちろん全速前進しながらだ。
「ここに物を置くなっつってんでしょーが!」
 金属バットが唸りを上げる。
 掘っ立て小屋はあっけなく崩壊。見事に粉々に砕け散った。これが金属バットの威力か。神が扱えば、金属バットもバズーカ並みの威力を発揮するのか。
 ぱらぱらと降り注ぐ木片を受けながら、マヨとシキも掘っ立て小屋だった場所を全速力で通り過ぎる。
 もはや何も言うまい。ドワーフは土木工事を手がけ、エルフは植林に精を出し、神は奇行に走る。ここはそんな場所なのだ。これもまた日常。
 狭い狭い道を通り抜け、明らかに道ではない場所を通り過ぎ、しばらく走り続けた末に見えてきたのは関所。
 比較的治安の良い区域はこうして関所を設けており、不逞の輩が勝手に出入り出来ないように、何十メートルにも及ぶ大きな塀で囲ってある。
 七つある区域の中で最も治安の良い第二区域には当然関所があり、出入りする者達をきっちり管理しているのだが。
 マヨが速度を落とす気配は一切見られない。
「ちょっと」
 もしかしてこのまま突っ込む気なのだろうか。いや、もしかしなくともそのつもりなのだろう。そうでなければ手続きのため、一度止まる必要がある。
 横目に入る景色を猛スピードで後ろへ飛ばし、ぐんぐん近づいてくる関所。一応重厚な門はあるが、基本的には開けっ放しだ。
 この速度で突っ込めば、難なく通り過ぎることができるだろう。しかしそうできないように、門前には屈強な兵がいる。槍を携え、突破しようとする者を情け容赦なく串刺しにする。さらに少し離れたところには、銃を構え、いつでも闖入者を射殺できるように準備している兵達もいる。
「ちょっとマヨ」
 このままでは確実に集中砲火を浴びるだろう。
「だーいじょうぶだって」
 マヨは振り向きそう言うと、今度は門番達に大声で呼びかけた。
「おーい!レイ様のお通りだー!道をあけろー!」
 すると、さっきまで迎撃しようと構えていた兵達が、攻撃態勢を解いた。
「さんきゅー」
 通り過ぎる際に、マヨは兵達にそう声をかけた。
「ご苦労様」
 レイも何食わぬ顔で兵達に労いの言葉をかける。
「いつもこんなことやってんの?」
 あんなにも簡単に番人達が退いたということは、いつものことということだ。
「レイ様は忙しい身なんだ。ちんたら手続きなんかやってられっかべらぼうめ。顔パスだ顔パス」
 いやっほーと奇声を上げ、ハイスピードで駆け抜ける。
 ここからは第一区域。地理には詳しくないはずなのだが、マヨの目には関係ないのだろう。
「んで?行き先はどこに?」
 マヨがミラー越しにシキを見る。
「アパートに。昨日、妖魔に壊されたアパート。あそこに住んでたから」
「えっ!?じゃあお前さんホームレスかい?」
「うっさい」
「何だよ、それなら早く言えよ。落ち着くまでうちに居ればいいじゃないか」
「遠慮しときます。平穏な日々が惜しいので」
 あんなハイテンションな神々と一緒に暮らすなど、心も体も三日ともたない。胃に特大の穴が開きそうだ。いや、それよりも先に家出をするだろう。
「でも行く当てないんだろ?」
 失礼な、と言おうとしたが、まったくもってその通りだったために口を閉ざす。
 友人知人、居ないわけではない。しかし、数日厄介になれるような間柄ではない。普段はこちらから線を引いているのだ。こんな時だけ頼ることなどできない。それに、相手も恐がって泊めたくはないだろう。
「どうにかなるでしょ」
「第一区域も治安は良いけど、野宿は危険だろ。金貸してやるから、まずはホテル行こう。宿を探そう」
「ダメダメ。アパート直行。掘り起こしたいものがあるから。盗られる前に」
 治安が良いとはいうものの、人間はもちろん、鬼や悪魔、神に天使がごちゃまぜの世界だ。盗みや殺人など、日常茶飯事。落ちているものは早い者勝ちで奪い合う世界だ。
「ああ、それはそうだな。とりあえず使えそうなもんは掘り起こしとかなきゃ」
「違うよ。形見の品があるんだ」
 数秒の間。
「ん、そっか……」
 マヨに似つかわしくない口調。
 気になり、ミラー越しにマヨの表情を窺う。
 悲しげな表情だった。
 なぜマヨがそんな顔をするのだろうか。形見と言っただけで、悲しみを思い起こすような何かがあっただろうか。
 しばらく考え、思い至る。
 つい先ほどマヨが言ったばかりだ。過去が視えると。
 問おうと口を開いた時、マヨが先につぶやいた。
「ん?あれは……」
「何?」
「あーと、何て言えばいいのかな。まあ、もうじきわかるさ」
 フルスロットルで走り続けたスクーターが、徐々に速度を落とし始める。
 次の角を曲がれば、粉々に破壊された自宅だ。
 ほとんど自転車と変わらないぐらいの速度で走る。エンジン音がやけに響く。異様な静けさは、このあたり一帯全員避難したからだろうか。
 角を曲がる。そこで見たのは。
「シュガ様」
 第一区域の領主。シキの主でもある人物。
「シキ!無事だったのですか!?」
 彼女はシキの姿を見るや否や、駆け寄る。
「あれ?確かそちらさんに連絡してたはず……」
 マヨはチキを見る。
 チキは自信満々に頷いた。
「したわよ。お宅の子猫ちゃんは預かったって」
「ああ、お前さんに任せたあたしが馬鹿だったよ」
 マヨはゆるゆると首を振る。
 誰が相手だろうが、チキの奇行は変わらないようだ。
 シキの心にむくむくと不安が生まれてくる。自分ひとりで帰ってきた方が良かったのではないかと。
 シュガは真面目な性格だ。この神々のテンションは、もしかしたら苦手なのかもしれない。これ以上余計な心労はかけたくないのだが。
 ちらりとチキの様子を窺うと、意外にもチキはそのまま黙っている。奇行に走る様子も無い。それはマヨも同じだ。
 どうやら、さすがに他の区域の領主にまでハイテンションのボケで絡むほど頭の中はお花畑ではないようだ。
「シキ」
 存在を確かめるように、シュガはその名を呼ぶ。
「無事だったのですね。良かった」
 安堵の笑みを浮かべるシュガ。
 シキは気まずそうに目を背ける。
「連絡が取れなくなっていたので、心配しましたよ」
 崩れ落ちたアパートの瓦礫が、少しばかり掘り返された跡がある。もしかしたら下敷きになっているのではないかと探してくれたのだろう。
 それにはただただシキは頭を下げるばかりだ。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「いいんです。貴女が無事なら」
 近寄ろうとして、足を止める。シキが身を硬くしたのがわかったから。
「余計な心配させたのはチキのせいだけどな」
「あら、私はちゃんと連絡したじゃない」
 マヨの言葉に、チキは口を尖らせた。悪びれている様子は毛ほどもない。
「シュガ」
 唐突にレイが呼びかける。それ以上の言葉はない。背を向け、どこかへ歩いていく。
 ついて来いということなのだろう。シュガはそれに従い、レイの後を追う。
 2人の背を見送るシキ。あまり良い予感はしないが、仕方の無いことだ。あれだけ大暴れしたのだから、何かしらシュガに報告する必要はあるだろう。
 思わずため息が漏れる。
「さーてと、ちゃっちゃと掘り起こしますか」
 気合十分、マヨは腕をまくる。
 その声を合図に、シキは瓦礫に視線を落とした。
 ひしゃげた家電製品、ばらばらとなった家具、衣類は汚れて散らばっている。この中から自分の持ち物を探し出すのは至難の業だ。見つけられたとしても、この状態ではもう使い物にならない。私物は諦めたほうが良いだろう。
「形見の品ってのはどんなやつなんだい?」
 なぜかマヨは瓦礫が一番積み重なっている山の上へと向かう。鉄筋が突き出しておりバランスも危ういのだが、嬉々として小山に上って堂々の仁王立ちだ。馬鹿と煙は高いところが好きということなのだろう。
「ナイフ。いや、小刀って言った方がいいのかな」
「大丈夫なのか?つぶれたり折れたりしてなきゃいいけど」
「大丈夫。鬼が打った刀だから、ちょっとやそっとじゃ折れないよ」
「ああ、そうだったな。それじゃあちょちょいと透視をしてみっけますか」
 マヨは瓦礫の山からあたりを見渡す。鞘付いてるんだよなーと背後のシキに呼びかける。
 シキは生返事をする。
 雪崩や土砂崩れ、地震による倒壊などで人が生き埋めとなっている場合、マヨがいれば生存率は格段に跳ね上がるのではなかろうか。しかし視えすぎるというのもいろいろ大変そうだ。知りたくも無い過去や未来。嫌でもそれらが視えるのだろう。
 シキは少し考え、問う。先ほど訊けなかったことを今度こそ訊いてみようと思った。
 シキには、マヨが自分の過去を視たという確信があった。形見と言った時のあの悲しげな表情。鬼が打った刀だと言った時、マヨは「そうだったな」と返した。まだ話していないことを彼女は知っている。
 シキは、マヨが一体何を、どういう風に過去を視たのか興味があった。もしかしたら突破口を掴めるかもしれないと。
「視た?」
「んー?そんな簡単に見つけられないって」
「私の過去」
 マヨは勢いよく振り返る。
「視たの?」
「あ、いや、偶々っていうか、その、過去とか未来はあたしの意思で視れるものじゃなくて、その、波長が合った時に、あー……えーと……」
 マヨはぽりぽりと頭をかき、「あー、うー」と足りない頭を必死に捻ってうまい言い訳を考えているようだ。
 シキは首を傾げる。
「別に怒ってないよ」
「お、おう、そうか」
「どうせわからない」
「え?」
「わからないんだ」
 もう一度そう言った。今度は聞き返されないように、強く。
「別に記憶喪失ってわけじゃないよ。心が無かったから、ほとんど何もわからないんだ」
 しゃがみ込み、瓦礫を漁る。
 形見の品だけでなく、いい物があればちょっと失敬していこうという魂胆だ。特に金目のものを。
「幼い頃は、昨日みたいに、見境無くいろんなものを壊して、殺してた。自分が何をやってるのか、わかってない」
 光が、音が、匂いが、全ての感覚に、霞がかかっている。何一つ、はっきりとしない。自分の記憶のはずが、他の誰かのもののようで。
「なんでそうなったのか、なんでそういう行動を取ったのか、自分で自分がわからない。自分のことなのに、まるでテレビを見てるような感覚で、まるで自分のことじゃないみたいで、何ひとつはっきりとしない。自分の記憶のはずなのに、自分のものじゃないみたいで……」
 掴んだ瓦礫を背後に投げ捨てる。
「お前さんは」
「鬼とのクオーター。祖父が鬼だった」
 マヨの言葉を遮り、シキは告げる。
「小さい頃は祖父と一緒に暮らしてた。細かいところはよくわかんないけど」
「そ、そっか……」
「私の小さい頃、視た?」
「あ、うん。たまたま……」
「酷かったでしょ」
「えーと……そのー……」
 マヨはしばらく迷ってから、小さく「うん」と頷いた。
 シキは吹き出す。
 憎めない。眉を八の字にさせて気まずそうにもじもじしている姿を見てしまっては、不快感など出てこない。
「別に怒ったりしてないよ。実際、自分でも酷いと思うし。何をしてるのかわかってないから、余計に始末が悪い」
 瓦礫を掘り起こす。だが、現れてくるのはもう使えなくなったガラクタばかり。都合よく金目のものなど見つからない。
「ほら、ぼーっとしてないで手伝って。透視でちゃっちゃと見つけちゃってよ。この後、宿もみつけなきゃいけないんだし」
「なに、あんたホームレスなの?」
 今までずっと黙っていたチキが、ようやく会話に混ざる。
 どうやったのか、瓦礫を平らにしてコンクリートのベッドを作っている。その上に寝転がるチキ。優雅だ。
「だったらうちに泊まればいいじゃない。ちゃんと送り迎えもしてあげるわよ」
「遠慮しときます。平穏な日々が惜しいので」
 マヨに言ったのとまったく同じ台詞を告げる。
「あら、抱きしめあって寝た仲じゃない」
「なんだそのセクハラは!人聞き悪いんでやめてください」
「合意のうえじゃない」
「違う!」
「あった!」
 2人はほぼ同時に叫んだ。マヨの方が声が大きく、シキの渾身の否定はかき消されてしまったが。
「これだろ?たぶんこれだ。これぐらいの長さで、鞘があって、柄も鞘もつるっつるな感じで、手作りって感じのやつ!」
 身振り手振りのうえに抽象的な説明でさっぱりわからないが、なぜかそれだという確信があった。
「ここ!ここにある!」
 瓦礫を指差し、瓦礫の上を飛び回るマヨ。
 コンクリート片は、手で退かそうにも人の力では到底敵いそうにない。神の力を借りれば簡単なのだろうが、チキの手は借りたくない。
 シキは瓦礫の山から地面に下り立つ。
 あまり地面から離れていては能力は使えないが、直接地面に触れていれば、少々離れていても少々遮るものがあっても土を操ることができる。
「マヨ、ちょっとどいて。危ないから」
「あいよ。何すんの?」
 見ていればわかる。言葉で説明するよりも、行動で示すことにした。
 マヨが指差していたあたりに狙いをつける。重量がある。力を入れたほうが良いだろう。少々無茶をしてもあの小刀は折れはしない。なにせ鬼の力が込められた刀だ。尋常ではない強度と切れ味を持つ。
 シキは左足を大きく踏み鳴らす。
 一秒、二秒、タイムラグがあり、三秒経過した頃、コンクリート片が跳ね上がった。土が盛り上がり、瓦礫を押しのけていく。
「おおっ、お前さんすげーな」
 円形状に瓦礫が取り除かれた。瓦礫と共に小刀も押しのけられたが、先ほどより取りやすい位置にきたはずだ。
 マヨが駆け寄り、瓦礫が取り除かれた場所に降り立つ。
「これだこれ」
 瓦礫の隙間に手を差し込む。
 そして引き抜かれた手にしっかりと握られていた小刀。
 間違いない。探していたものだ。
「はいよ。良かったな、見つかって」
 受け取ろうとして、手を止める。
 小刀を目にして、自分自身への問いかけが頭に浮かび上がってくる。
 これは、自分が持つ資格があるのだろうか。逃げて、逃げて、今でもまだ目を背け続けて。
「どした?ほら、大切なもんなんだろ」
 マヨはシキの腕を取り、しっかりと小刀を握らせる。
 にっと笑いかけるマヨ。
「うん、そうだね」
 マヨの言葉に頷き、感触を確かめるかのように小刀を握り締める。見た目に反して、ずっしりと重い。
 ただの護身用の刀としてもらった。けれども、シキにとってはお守りとしての意味合いの方が強かった。
 あんなふうに、強くなれたら――。
 けれど、そう願うだけで、手が届きそうに無い。光明が、見えない。
 深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。不安にひとまず蓋をする。
 小刀をベルトにしっかりと挟みこんだ。
「それじゃあ次は宿を探しに行こうぜ」
 かぽ。
 自然な動きでマヨがシキの頭にヘルメットを被せる。
 シキは反射的に叩き落とした。
 足元をころころと転がるヘルメット。安全第一ヘルメットだ。黄色いからどこにあってもよく目立つ。
「ああ!なんてことするんだ!メイドインジャパン!」
「やかましいわ」
 言いながら普通のヘルメットを被る。
 あれは、安全第一は被れない。工事現場のおっさんじゃあるまいし。特にここは自分の居住区だ。あんな目立つものを被ってうろちょろして、知り合いに見られたくはない。安全第一の読み方も意味も知らない者ばかりだろうが、知っている身となれば、やはり被れない。工事現場のおっさんじゃあるまいし。同行人が被っていれば同じことだが、自分が被るよりは数倍マシだ。
 マヨは安全第一ヘルメットを装着する。メイドインジャパンバイクにまたがり、エンジンをかける。
「あたしらシキの滞在先探しに行くけど、チキはどうする?」
「私はここでレイ様を待ってるわ」
 チキは依然、先ほどのコンクリベッドに寝そべっている。
 ここはお前の家かと言いたくなるほど、堂々の寝転がりっぷりだ。
「無事に要件が片付いたらちゃんと連絡しなさいよ。あんたいっつも連絡もしないでふらふらふらふらするんだから」
「あーあー、わぁ~ってるよ」
 鬱陶しそうに返事をし、シキに耳打ちする。
「チキは小言が多いんだ」
 この奇人変人の神々一家、通称万家において、チキはお母さん的な位置づけなのだろか。こんな母親絶対に嫌だが。
「よし、じゃあ行くとするか」
「くれぐれも安全運転でお願いします。本当に」
 マヨに念を押して、自分もバイクにまたがる。
「シキ」
 呼ばれて振り返る。チキだ。
「避けてても事態は変わらないわよ」
「……っ!」
 言い返そうとして、しかし言葉が出てこなかった。
 ゆっくりとバイクが動き出す。
 チキは仰向けに寝転がり、ひらひらと手を振った。
 その手が遠ざかっていく。
 腐っても神ということなのだろう。全てお見通しのようだ。
「あんまり悪く思わないでやってくれ。悪気はないんだ」
「……いいよ別に」
 本当のことだ。
 しかし口に出す勇気は無かった。







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