-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之十二


 

 水面が太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
 シキはしっかりと靴紐を結びなおす。砂利に足を取られないように気をつけなければ。
 足場は悪いが、住宅地から離れており、滅多に人が通らない場所はここぐらいしか思いつかない。ここならば周辺の被害を最小限に抑えることができるだろう。
 確認するかのように、一度強く地面を踏みつける。
「よーし、準備運動はばっちりだ」
 マヨがぴょんぴょん飛び跳ねている。
 すでに気合十分。迎撃態勢は整っている。
「さあ来い!」
 長刀を抜く。
「来いって言っても、待つしかないよ」
 シキがかくりと首をかしげてマヨに言う。
 それにはマヨは、えっ?と驚きの表情を示した。
「なんだよ、もしかして妖魔がまたここに来るのをじっと待ってるつもりだったのか?」
「えっ?何?だってそれしか無いでしょ」
 あの成れの果てがシキを仲間にしようと思っているのなら、人気の無い場所で待ちぼうけを食うしかない。街中をうろちょろしている時に襲われては、甚大な被害をもたらしてしまう。時間はかかるが、それが最善の策だとシキは思っていたのだが。
「あたしの目で見つければいいじゃないか」
 さらりとマヨは告げる。
「どういうこと?」
「あいつは、自分の目で見たまたは受けた技や能力を自分のものにしてしまうんだろ?あたしは千里眼であいつを見つけた。そしたらあいつもこっちに気づいた」
 つまり、あの成れの果てはもうすでにマヨの千里眼の能力を身につけているということだ。
「だからあたしが千里眼であいつの姿を見つければいい。そしたらあいつもこっちに気づくはずだ」
 ぽん、とシキは手を打つ。
「マヨって意外と頭いいね」
「シキって意外と抜けてるよな」
「うっさい」
 顔を赤らめるシキを見て、からからとマヨは笑う。
 決戦のはずなのに、不思議と緊張感はない。むしろ心は穏やかだ。
 シキは鼻を擦る。自然と零れた笑みを隠す。
 温かい。
 誰かが傍にいてくれる。見守ってくれる。手を差し伸べてくれる。
 一人であるはずがない。
 酷く、温かい。
「それじゃあ、準備はいいかい?」
「いいよ」
 土を操り、槍を生成する。
 マヨは額に手でひさしを作り、千里眼で成れの果てを探す。
 シキは深呼吸を繰り返す。
 戦歴は二戦二敗。次こそは勝つ。三度目の正直。最後に勝てればそれでいい。最後は心を落とさずに、自分を保ったまま、勝つ。
 頼むよ。
 心の中でつぶやく。
 神様、どうか――。
「見つけた!」
 マヨが叫ぶ。
「近いぞ。あ、こっちに気づいた。来る」
 マヨの見つめる方向に、シキは向き直る。
 どうか、変われますように――。
 槍を構え、妖魔を待つ。緊張を押し込め、冷静にその時が来るのを迎える。大丈夫だと自分に言い聞かせて。
 やがて、遠くに黒い点が見えた。
 屈伸して暇を潰していたマヨも、刀を構える。
 点だったものが徐々に大きくなり、はっきりと姿形が見える距離にまで近づく。
「先手必勝!」
 マヨが飛び込む。思い切り妖魔に斬りかかるが、あっさりと避けられた。
 妖魔がお返しにとばかりに、次々と攻撃を仕掛ける。
 それをマヨは、右へ左へ、下へとかわしていく。
 本当に先が視えているようだ。妖魔が攻撃をする前に、もうすでにマヨは動いている。
 ただ、長くは持たないだろう。
 シキは妖魔の背後に回る。
 マヨの攻撃の合間を縫って、槍で突く。
 やはり硬い。鋼鉄の皮膚に弾かれてしまう。しかし同じ場所を何度も攻撃すると、嫌がる素振りを見せる。まったくダメージが通っていないわけではないようだ。
 それを確認したシキは、攻撃場所を胸の一点だけに絞る。マヨも気づき、それに合わせる。
 どんな妖魔も、人型をしている限りは急所は胸にある。肉体の構造は人間と基本的には同じだ。
 妖魔の拳を、マヨが刀で防ぐ。それにより、隙ができた。
 シキは妖魔の胸を突く。やはりまだ弾かれる。攻撃が通らない。すぐさま地面を蹴って後ろへ下がろうとするが、槍を掴まれる。
 シキは引き戻されることを恐れ、能力を解く。妖魔の掴んだ槍が、ただの土へと還る。
 再びシキを捕らえようと、妖魔が手を伸ばす。
 それを、マヨはまたしても刀で防ぐ。妖魔はシキではなく、刀を掴んだ。
 もう一度、攻撃のチャンス。
 シキは左足で地面を踏みしめる。この技には、発動まで数秒のタイムラグが発生する。
 その数秒の間。
 それに気づいたマヨが叫んだ。
「逃げろ!」
 叫びつつ、マヨ自身も刀を捨てて後ろへ退く。
 それは、シキの技が発動したのとほぼ同時だった。
 土が妖魔を穿とうと、勢いよく突き上げる。
 慌てて後ろに下がりつつも、攻撃が妖魔に当たったことを確認した。わずかながらでも、妖魔の身体が浮く。しかし次の瞬間だ。
 灼熱が襲い来る。
 漆黒の、カガの炎だ。自分のものにしたその力を、爆発させる。
 当然、人が避けれるようなスピードではない。防ごうにも、今からでは土の防壁は間に合わない。
 シキは両腕を盾にし、顔を下に向ける。仮に両腕両足が役に立たなくなったとしても、土を操れば攻撃はなんとかできる。だが、目がやられてしまっては、攻撃のしようがない。
 そう判断したシキは、身を硬くして、防御体勢を取った。そしてきつく目を閉じる。
 すぐに、轟々とすさまじい音を立てた炎がシキのみならず、マヨまでもを飲み込み、吹き飛ばす。
 高熱が肌を焼く。熱い。しかし、それだけだ。吹き飛ばされて地面に叩きつけられることもない。ダメージは、少し火傷をする程度。
 そっと目を開ける。視界に入ったのは、淡く光るネックレス。
 シキは顔を上げる。
 透明な壁が、炎を防いでいた。
 チキの結界の力だ。
 本当に空気を読んで勝手に力を発動してくれることに感心するが、今はそれどころではない。
 シキは振り返る。
「かまうな!」
 マヨが叫んだ。
 妖魔の攻撃で大きく吹き飛ばされていたが、命に別状は無いようだ。
 シキは妖魔を見据える。炎はすでに通り過ぎた。
 地面を思い切り踏みつける。
 力が安定しない。妖魔の傍を、無数の槍が突き上げる。攻撃がかすることさえなかった。
 焼けた空気が肌と喉を焼く。
 それでも、立ち止まってなどいられない。負けられない。
 熱さに喘ぎながらも、妖魔との距離を詰める。
 宙に漂う砂煙を凝縮し、針のような形状に変える。無数もの鋭い土の塊を、妖魔にぶち込む。さらに下からは針山を形成、妖魔を攻撃。防御のために、自分の周りにも砂を舞わせる。
 頭が割れそうだ。限界以上に能力を使用していることで身体が悲鳴を上げている。
 それでも、ここで退くわけにはいかない。絶対に退けない。
 土を操り上や下から、シキ自身も、土を剣や槍などさまざまな形状に変えて、絶え間なく攻撃を浴びせかける。
 ダメージを受けた様子はないが、それでいい。目的は妖魔の注意をいくつにも逸らすことだ。
 シキが斬りかかる。妖魔はそれを腕で防ぐ。
 今だ。
 剣の形を崩し、妖魔の腕に纏わせる。同時に地面の土をも操り、妖魔の足を捕らえた。
 これで、妖魔の両足、片腕を封じたことになる。
 ほんの少ししかもたないだろう。しかし、その数秒が欲しかった。
 別の土を操り、再び槍を形成。
 全力で、全体重をかけて、妖魔の胸を突く。
 しかし、わずかに届かない。
 妖魔は封じられていない方の腕で、槍を掴んだ。
 胸に当たったことは当たったが、槍を掴まれて勢いを殺されたことと硬い皮膚に阻まれ、貫くほどの威力は持たなかった。
「仲間、仲間」
 妖魔が語りかけてくる。感情を、流し込んでくる。
「やめろ!」
 槍の形を変える。妖魔に掴まれた部分は切り捨て、残った土で形状を剣に変える。
 再び全力で攻撃を仕掛ける。
 だが、妖魔を捕えていた土が破られた。
 妖魔は水を操り硬化した土を泥状にする。
 妖魔が動くのがわかったが、シキはそのまま突っ込んだ。
 ガン、と鈍い音。
 シキの攻撃が弾かれた音だ。
 続いて、ゴッ、という音。
 妖魔の拳をまともに喰らい、シキが吹き飛ばされた音だ。
 左半身に激痛が走ったかと思うと、今度は右半身に衝撃が走る。視界が激しく揺れる。地面に叩きつけられたのだということは、かろうじてわかった。
「仲間。仲間」
 止め処なく妖魔の感情が押しつけられる。
 怒り、憎み、恨み、悲しみ。そして、寂しさ。
 だから、仲間になれと手招きをする。共に、成れの果てになれと。
「ふっ……ざけんなよ……!」
 拳を地面に叩きつけ、身を起こす。
 痛みはあったが、無理やり意識の外へと追い出した。
「お前は……何もしなかったじゃないか……!」
 咳き込む。
 鉄の味がしたが、かまわなかった。
「誰も、傍にいてくれない。でも、お前だって近づこうとしなかったじゃないか!」
 迫害され、逃げて逃げて、この地にたどり着き、しかし馴染めず、孤独と戦い――。
 けれども、はじめに線を引いたのは自分自身。壁を作ったのも、離れていったのも、すべて自分からだ。
「お前がただ怖気づいただけだ。認めたくなくて、逃げただけじゃないか!」
 まるで自分自身に向けるかのように。
 妖魔が土を操り、シキを襲わせる。
 シキはそれを左手で払う。まるで虫を払うかのように。
 土が、ただの土へと戻る。
 左手に激痛が走ったが、かまわない。前に進む。
 次は灼熱の炎が襲ってくる。
 一旦足を止め、土の壁を作り、身を守る。
 焦げた臭いがしたが、かまわない。再び足を進める。
 今度は水鉄砲が襲ってくる。
 土を操り防ぐ。防壁を突破され、攻撃を受けても、シキは退かなかった。攻撃が止むと、再び前に進む。
 妖魔が後ずさる。
「仲間だと?ふざけんなよ」
 ただただ怒りが湧いてくる。
 一人ではなかった。必ず誰かが傍にいてくれた。チカが傍にいてくれて、スイと共に育ち、シュガが見守ってくれていた。
 今も、シュガは見捨てずにいてくれる。成れの果てに近づいていくシキを、シュガは諦めないでいてくれる。たとえ最悪の状態になったとしても、最期まで傍にいると言ってくれた。最期を与えてくれると約束してくれた。
 これほどの想いを受けて、一人だと思えるはずがあろうか。
「お前なんかと一緒にするな!」
 こんな奴、断じて仲間などではない。何も顧みなかったこんな奴と一緒にされてたまるか。
 怒りが、シキの足を前へ前へと進ませる。
 妖魔が再び炎を繰り出した。カガの炎だ。
 蛇のように地を這い、うねり、シキへと襲い掛かる。
 シキは、一歩も退く気はない。どんな攻撃を受けても、この妖魔に一発強烈なのをぶち込む。しかし死ぬ気ではない。死ぬはずなどないと、どこから湧いてくるのか、不思議な自信があった。
 負けるはずがない。寂しいと言いながら、誰も受け入れようとしなかったこんな奴に、負けてたまるか。
 灼熱の炎が迫り来る。
 シキは、真正面から向かって行った。
 マヨから預かったネックレスが淡く光る。
 間近に迫る黒の火炎。それを、漆黒の炎が防いだ。
 ネックレスに込められたカガの力が、妖魔の炎を打ち消した。
 シキは大きく前へ踏み出す。
 攻撃範囲内に入った。
 シキは腰の小刀を手に取る。チカにもらった小刀だ。
 ネックレスが光る。
 妖魔が拳を繰り出す。
 シキは怯むことなく、前へ突き進む。顔のすぐ横を、妖魔の拳が通り過ぎた。
 小刀を握りなおす。しっかりと、感触を確かめるように。
 そして、体当たりを喰らわせるようにして、想いと共に、全力で小刀を妖魔の胸に突き刺さす。
 通った。攻撃が。
 淡く光る小刀が、深々と妖魔の胸に突き刺さる。さすがは鬼が打った刀だ。そして、神の加護。
 シキは妖魔に告げる。
「ようこそ、ゴミの掃き溜め第一区域へ」
 妖魔を睨みつける。
「でも、あんたはお断りだ」
 拒絶する。
 ここは、外の世界から弾かれた多種多様な存在が集い、共に暮らす場所だ。誰も受け入れられない、誰も認められない者が、生きていく場所ではない。
 結局、どこであろうと一人では生きていけない。受け入れようとしなければ、誰からも受け入れられない。
 それがわからなければ、どこであろうと嫌われる。
 ボロボロと崩れ落ちる妖魔。
 塵となり、風と共に跡形も無く消え去った。
 手に残った小刀を見る。淡く輝いていた光が、徐々に消えていく。
 勝った。勝てた。
 自分だけの力ではないが、それで良かった。たった一人で成し得ることなど何もないのだ。あの成れの果てと対極の位置にいて、勝つことができた。それが何よりも大きな収穫。大きな一歩だ。
 崩れ去った妖魔と共に、これまでシキの心の中で薄暗く渦巻いていたものも消え去っていく。
 シキは拳を空高く掲げる。ボロボロでいたる所が痛かったが、かまわず叫んだ。
「よっしゃー!!」
 その後、マヨが思い切りシキに抱きつき、バランスを崩して後頭部を強打して失神するなど、お決まりすぎて言うまでもないだろう。







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