「なーに見てんのっ?」
声をかけられたかと思うと、視界が顔ドアップで遮られる。
チカだ。
シキは無言でチカの顔を押しのける。
押しのけると、再び青い空が映し出される。
「ねーねー」
もう一度、チカのドアップ。しかも額の角で、シキの額をつついてくる。地味に痛い。
いたずらっ子のような笑みを見せるチカ。何百年、何千年と生きているくせに、しぐさが妙に子供っぽい。けれども、時折見せる母のような顔が、間違いなくシキの心のよりどころでもあった。
姿形は小さいけれども、その存在はシキにとっては非常に大きかった。いつも明るく前向きで、強くて。憧れだった。
「……空だよ」
シキは答え、空を仰ぐのをやめた。
「おもしろい?」
「おもしろいよ」
「変なの」
言いながら、チカはシキの隣に座る。
確かに傍から見れば、変かもしれない。公園のベンチに一人腰掛け、何をするでもなくぼんやりと空を眺めているのだから。
「楽しい?」
「そこそこ。徐々に形が変わっていく雲がおもしろい」
「シキみたいだね」
「え?」
「ん?それってなんだかシキみたいだなって思っただけ」
「雲が?掴みどころがないってこと?」
「そこじゃないよ」
ケラケラと笑う。
首を傾げるシキ。時折、チカの言っていることがよくわからない。あまりにも抽象的な物言いは、何を言おうとしているのか意図を掴みかねる。
「今日はね、シキにプレゼントがあるんだ」
「あれ?今日誕生日だっけ?それともこどもの日?」
「違うよ。別に特別な日じゃなくてもいいじゃん」
「あ、うん。何かくれるなら嬉しいけど」
「でしょでしょ」
チカはずっと背中に回していた手を、シキに向ける。
「じゃじゃーん!」
「うわぁっ!」
悲鳴と共に、ベンチから転げ落ちるシキ。
チカの手には小刀。しかも抜き身の。
つまり、チカは勢いよく抜き身の小刀をシキの首元に突きつけたのだ。
シキが驚いて転げ落ちるのも当然だろう。
「な、何?かつあげ?いくら払えばいいですか?」
「違うよ」
刃を掴み、柄をシキに向ける。
「はい、プレゼント」
きょとんとするシキ。三秒ほど経ってから、ようやく理解する。
服についた土を払い、再びベンチに腰掛ける。
「これまたえらく物騒なプレゼントで」
それでも、ありがとう、と礼を告げた。
柄を握り、受け取る。
「私が作ったんだよ」
「チカが?」
「鬼の馬鹿力いっぱい込めて鉄を打ってみました」
「それはとてつもなく頑丈だね」
「うん。だから折れない。シキをイメージして作ったんだよ」
意図がわからず、シキは首を傾げる。
「シキは、肝が据わってるのか据わってないのか、よくわからないね。負けん気は強いんだろうけど、恐がりでもあるよね」
「何?急に」
「君を長年見てきて思ったんだよ」
「だから、急に何?」
「急にってわけじゃないよ。はっきり言うとシキは嫌がるでしょ。だからそれとなーく言ってるの」
「わけがわからない」
「いいよ、別に。そのうち思い返してくれれば」
わしゃわしゃと乱暴にシキの頭を撫でる。
鬱陶しかったので、シキはその手を払いのけた。
「シキはしっかりしてる。うん。他の子達と比べても、すごくしっかりした考えを持ってる」
「え?あ、うん、ありがとう」
「一人でちゃんとできるってのはいいことだよ。でも、なんでもかんでも一人で背負い込まなくてもいいんだよ」
「そんなことはないと思うけど?」
「そんなことあるから言ってるの。スイを見てみなよ」
「いや、スイはなんていうか、甘えすぎ」
「あ、そうだね。あの子はもうちょっとしっかりした方がいいね。シキとスイを足して割れば、ちょうどいいんだけどなー」
どうしたもんか、と腕を組むチカ。
それを横目に、シキは小刀を光にかざす。歪みひとつない、すっとした光を映し出す。斬れ味は良さそうだ。おまけに頑丈。
「シキはさ、もっと周りに甘えてもいいんだよ。そういう繋がりが、きっとシキをここにとどめてくれるはずだから」
チカが何を言おうとしているのか理解できないため、シキには返す言葉がない。
「シキは大丈夫だよ。私が保証する。もしその時が来ても、絶対踏ん張れる。シキは、ちゃんとここで生きていける。その刀と同じだよ」
歪みなく光を反射する刀身。
チカは、力強く言った。
「何があっても、決して折れない」