-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之終


 

 清潔感を前面に押し出した白く光る廊下、白い壁、白い天井。上下左右白で囲まれた細長い空間。
 すっかり慣れてしまった道のり。けれども今日は今までと違って、どこか足取りは軽い。
 扉の前に来る。長かった道のりが、今日はやけに短く感じた。
 ネームプレートを確かめる必要もない。二年間、通い続けた病室だ。
 扉を勢いよく開ける。
 鬱々とした気分で開けていた扉。開けて、いつもため息を零す。
 今日は、ない。
 まだ目覚めぬ友人を見ても、心がざわつくことはない。妙に落ち着いている。
 この現状を、受け入れられている。
 シキはベッドに近づく。規則正しい呼吸を繰り返し、眠っている友人。今日は幾分か血色が良い気がする。
 ベッド脇のサイドボードに、花が飾られている。先日のとはまた違う花だ。
 レイとイクがまた見舞いに来てくれたのだろうか。
 シキは窓を開けた。
 温かい風が病室の中を駆け抜ける。
 窓から見える桜の木。つい数日前まではまだつぼみだったのが、急に暖かくなり、今は満開となっている。
 なぜこんな土地に桜が根付いているのか不明だが、エルフの緑化計画が成せる業なのだろう。まったく不思議な場所だ、ここは。ルールもクソもない場所だが、こういうところは好きだと思える。
 病室の扉が開く。
 シキが振り返ると、そこにはシュガがいた。
 シュガはシキがいるとは思わなかったのだろう。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「シキも来ていたんですね」
 言いながら、シュガはスイに近寄る。
 静かに眠るスイの頬を、そっと撫でる。ちゃんと生きているのを確かめているかのように。
 おそらくシュガも、忙しい中時間を作ってスイの様子を見に来ていたのだろう。もしかしたらシキと同じように、目覚めないままの状態に落胆し、不安に駆られていたのかもしれない。
 シュガはあまりはっきりと感情を表さない。喜怒哀楽のうち「喜」と「楽」は表すのだが、「怒」と「哀」は見せることがない。それどころか疲れた表情も、不安げな表情も、シキは見たことがない。
 ずっと見守っていてくれたのに、自分は何ひとつこの人のことを見ていなかった。
 押し寄せる後悔と、反省。
 本当に馬鹿だ。
 苛立ちを表すかのように、思い切り後頭部を打ち付ける。
「いだっ!」
 勢いが良すぎて、思いのほか痛かった。しかも窓枠に当たり、アルミの部分が後頭部に突き刺さった。
 予想以上の痛みに、シキは頭を抱えてその場にうずくまる。
 本当に馬鹿だ。
「ど、どうしたのですか?大丈夫ですか?」
 シュガは慌ててシキに駆け寄る。
 珍しく動揺するシュガが見られた。
 まあ、戸惑いもするだろう。いきなり自分から頭を打ち付けて、その痛みに悶えているのだから。
「シュガ様」
 うずくまったまま、シキは顔を上げる。
 ズキズキと痛む後頭部は無視だ。
「スイはおそらく、私よりもずっと早くに死ぬでしょう」
 シキの頭を撫でようとしたシュガの手が止まる。
「スイだけじゃなくて、人間の友人知人は、私よりもずっと早くに寿命が来るはずです」
 その兆しは見え始めていた。シキ自身、気づき始めていた。
 シキの容姿は、数年前からほとんど変わっていない。ある程度成長し、そのままぴたりと止まってしまった。人間では大人と呼ばれる年齢を過ぎても、シキはまだ子供にしか見えない。十代半ばか、せいぜい十代後半ぐらいにしか見えない。
 純血の鬼であるチカもそうだった。いくら歳を重ねても、容姿は子供。
 シキにも、鬼の特徴が出始めていた。
「病気や事故で死なない限り、私は残されることになります」
 シュガの手が、ゆっくりと下りる。
「私はやはりスイとは違います。傍にいても、同じ時を過ごしても、時間の長さは同じじゃありません。私はスイと同じ寿命を迎えることはできません。でも」
 シキは立ち上がる。
 シュガの方が頭半分ほど高い。見上げる形となる。
「思い出は残ります。一緒に過ごした時間は、ちゃんと私の中に残ります。置いていかれるのは悲しいし寂しいけれど、みんなと一緒に居た時間は残るから、だから」
 シュガの目を見つめ、自分が出した「答え」を告げる。
「私はそれを積み重ねて、大切にして、生きていこうと思います」
 あやふやだったものが、今は自分の中に確かな形となってここにある。
 シュガは、頷く。そして微笑む。どこか泣きそうな顔で。
 今日はシュガの珍しい表情をよく見る。いつも見ていた凛とした表情、決して弱さを見せない表情が、今はない。
 そう思ったが、シキは否定する。
 違う。壁が、取れたのだ。
 今まで線を引いて、接してきた。壁を作って、近づかないようにしてきた。それが、なくなったのだ。手を伸ばせば触れられる距離にまで。
 だから、今にしてようやくシュガのさまざまな表情を見ることができる。
 シキは、初めて自分からシュガに触れた。シュガに抱きつく。ふわりと、優しい香りが鼻をくすぐる。
 シュガは身を硬くすることもなく、すぐにシキを抱きしめ返した。
「よくがんばりましたね」
 そう言って、シュガはシキの後頭部を優しく撫でる。
 それがなんだかくすぐったくて、思わず笑いが零れた。
 シュガも、笑う。
 いくつもの月日を重ねて、ようやくここまで近づけた。
 温かい春の風が駆け抜ける。
 二人を包み、そして、スイを撫でる。
「ん…」
 二年前のあの日から、決して自ら動くことの無かった彼女が、身じろぎをした。
「スイ!」
 シキとシュガが同時に呼びかける。
 それに、応えた。
 スイが、ゆっくりと瞼を開ける。
「あ……れ?ど、したの……?」
 眠そうな表情で、か細いながらもきちんとした言葉で二人に問いかける。
 二年だ。二年もの間、いくら語りかけても答えなかったスイが、今、目を覚ましたのだ。
 スイはシキの姿を認めると、二年前と変わらない調子で言った。
「ねえ、シキ。なんか、お腹すいた」
 その言葉に、シキとシュガは顔を見合わせて笑う。
 季節は春。
 桜が風と共に歌い、小鳥がさえずる。
 笑い声が穏やかに流れる。
 止まっていた時が、動き出す。
「まったく、人の気も知らないで」














これでおしまい。







バトンタッチ。

「赤毛の犬」






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