「あーー!!」
あたしの盛大な叫び声が、広すぎるリビング全域に響き渡る。
自分でもよくここまで出たもんだと感心する。
「マヨうるさい」
叫んでる途中、カガとチキとイツカが声をそろえて言ってきやがった。
カガは何やら資料とパソコン画面とにらめっこ真っ最中。チキは床掃除の真っ最中。イツカは趣味のお菓子作りの真っ最中だ。三人が三人ともぞんざいに言ってきやがった。こんちきしょー、誰のせいだと思ってやがる。
あたしは冷蔵庫を力いっぱい閉める。そして振り返り、また叫ぶ。
「誰だ!あたしのプリン食べたの!」
そう、プリンだ。
今日は本来は休日だったはずが、緊急の仕事が朝一で入り、お昼も食べずにせっせと働き、ようやく帰ってきたのだ。どたばたして無性に疲れた。腹ペコはピークを過ぎて、もはや空腹感は無かった。だから買っておいたプリンで至福のひと時を過ごそうと、うっきうきの気分で冷蔵庫を開けたのだ。
わかるか?その時の絶望感が。
楽しみにしていたのに、3分の1ほど食べられていた絶望感が。
誰だ、こんな中途半端な食べ方したのは。これならいっその事、全て平らげてくれた方がまだ清々しい。
「たかがプリンでそんなに怒るなよ。ちなみに食べたのは僕だ」
「お前かぁぁぁぁ!!」
イツカの胸倉を掴もうとして、容易く避けられる。
こういうところが余計に腹立つ。
甘ったるい匂いをぷんぷんさせているのがさらに怒りを増長させる。
「おまっ、自分で作れるんだから自分で作れよ!人のを食うな!」
「なんで自分で作って自分で食わなきゃいけないんだよ」
「何だその理屈は!だからって人のを食うなよ!自分で作れ!じゃなきゃ買え!ねずみが齧ったみたいに中途半端に食いやがって!ねずみかお前は!このねずみ小僧!」
「誰が小僧だ!」
「そっちに反応すんのかよ!とにかくあたしのプリン返せ!綺麗に丸々返せ!」
「うるさい奴だな。後でちゃんと返してやるよ。大量に返してやる」
「今だ!今!今すぐ返せ!」
「今は別のもの作ってるだろ。後にしろ、後に。ちゃんと作ってやるから」
「ふっざけんな!!」
今度は蹴りを放つが、それも易々と避けられる。
まあこっちも当たるとは思ってないが。しかし余裕綽々でいられると本当に腹が立つ。
「だいたい、プリンなんか食ってどうするんだよ。お昼ご飯はどうした、お昼ご飯は」
「食い損ねたからプリン食おうと思ったんだよ!」
「プリンはおやつ又はデザートだ。ご飯を食べろ」
「こんな中途半端な時間に食えるか!プリン返せ!」
「そんなんだからお前ひょろひょろなんだよ。栄養失調になったらどうするんだ」
「一食抜いたぐらいでなるか!あと標準体重だ!プリン返せ!」
「ダメだ。ご飯を食べろ」
この野郎。お前はあたしの母親か。
もう堪忍袋の緒が切れた。
と思ったら。
「あ、そこちょっと邪魔。どいて」
チキが床掃除にやって来た。
「お前は空気読めぇぇぇ!」
しゃがんで丁寧に雑巾掛けを行うチキに、全力の蹴りを放つ。
怒りの余り忘れていた。こいつが何の神様だったのかを。
あたしの足がチキに当たる寸前、見えない壁が遮った。
がん、という鈍い音。
ちょっとやそっとじゃ壊れない結界。
そんなのとあたしの足がぶつかったら、結果はどうなるかわかるな?
「んがぁぁぁぁ!!」
あたしは無様にも右足を押さえてその場でのた打ち回る。
弁慶はあかん、弁慶は。たとえ神でもここは痛いはずだ。
「何してんだ、お前」
呆れた声でイツカが言う。
誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。そもそもの原因はお前があたしのプリンを食べたからだろう。
痛いことは痛いのだが、怒りのせいで急速に痛みがどこかへ吹き飛んでいく。
「うっさいこの馬鹿!」
あたしはさっさと立ち上がって、イツカを見下ろし、馬鹿、と言ってやった。
「何だと!?お前には言われたくない!馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!この馬鹿!」
「うっせぇ!ばーかばーか!」
「何だとぉぉぉ!?」
「うるせぇぞガキ共!」
たまりかねたのか、カガが怒鳴る。
生憎だが、そんなんで怒りが吹き飛ぶほど、今のあたしは安くない。お前もうるさいんだよ馬鹿、と言い返してやる。
チキはチキで、黙々と床掃除をしている。このマイペース女王め。
醜い言い争いにカガも加わって、どんどん収集がつかなくなっていく。
あたしの怒りの矛先も、どんどん収集がつかなくなる。
この場にはレイ様もイク様も居ないから、余計にヒートアップだ。
そしてとうとう。
「お前らなんか大嫌いだー!家出してやるー!」
あたしは捨て台詞を吐いた。
広すぎるリビングを全力疾走。チキが無駄にぴっかぴかに磨いているため、転ばないように細心の注意を払いながら。ちくしょう。何でこんなつるっつるにしてるんだよ。新手の嫌がらせか。
ようやくたどり着いたリビングの扉を力いっぱい開ける。と、ちょうどそこにレイ様とイク様が。
リビングに入って来ようとするお二人と、リビングから出て行こうとするあたしとがばったり鉢合わせ。
「ど、どうしたの?」
あたしの尋常ではない様子に、おろおろしながらイク様が尋ねてくださった。レイ様も心配そうにあたしを見上げている。
ああ、お二人の優しさが身に沁みる。
しかし。
「うわぁぁぁぁぁん!」
盛大な泣き声を上げながら、あたしは家を飛び出した。