-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之弐


 

「と、いうわけなんだよ」
「帰れ」
 ものすごい勢いで閉められそうになった扉を、間一髪、身体をねじ込んで防ぐ。
「何でだよ!かわいそうとか思わないのかよ!」
 盛大に泣き叫びながら家を飛び出したあたしがたどり着いたのは、シキの家だった。他に頼れるところはないから仕方がない。
 状況を手短に説明するや否や、追い返されそうになるあたし。ちょっとぐらい同情してくれてもいいのに。
「思えるか!プリンで喧嘩とか、子供か!」
「重大なことじゃないか!」
「どこがだ!とてつもなくくだらないわ!」
「そんなこと言わずに!もうちょっと話を聞いて!あと5分!いや、3分だけでも!」
 飛び込み営業マンのような台詞を吐くが、悲しいかな、シキには伝わってくれなかった。
「今すぐ帰れ!」
 扉を閉められそうになる。
「そんなこと言わずに、ちょっとだけでも!!ほんのちょっとだけ!!」
 扉の隙間に無理やり身体をねじ込む。文字通りの板ばさみ。物理的に挟まれている。
 だがあたしもここで引き下がるほど諦めは早くない。シキにとってはさっさと諦めてくれと思っているだろうが、ここはシキの迷惑も顧みずに扉をこじ開ける。
 どうやら純粋な力では、あたしの方が上みたいだ。そりゃまー、あたしの方がはるかにデカいし。
 あたしは見事シキの抵抗を突破し、玄関に上がりこむ。
 額の汗を拭う。一仕事を終えたような爽快感だ。
 シキはふるふると肩を震わせていたが、気にしない。
「なぁ、頼むよ。この通り!」
 ぱん、と顔の前に両手を合わせ、頭を下げる。
 迷惑なのは承知してる。でもこういう機会でもないと、遊べないじゃないか。本当はシキともっともっと仲良くなりたいだけなんだ。同郷の好、似たような境遇、惹かれ合うのが自然な成り行きではないか。
 そんな思いを込めて、お願いしてみる。
 数秒の沈黙。それから、ため息。
「どーせ何言っても帰らないんだろうし、勝手にすれば」
 やった。顔を上げると、シキはさっさと奥へと入っていく。
 あたしはそそくさと靴を脱いで、その後を追った。あ、もちろん靴はちゃんとそろえて端っこに寄せる。脱ぎっぱなしにしてたら、レイ様にめって可愛く怒られたことがあるから。
 わくわくしながら、部屋に入る。
 シキの部屋はワンルームだった。でもワンルームの割りに広い。だから家具なんかでうまく仕切りをして、奥を寝室のようにしている。
「へー、なかなかいい部屋だね」
「そりゃどーも」
 不機嫌そうに返しながらも、ちゃんと椅子を勧めてくれる。いい奴だ。
 あたしは席につき、軽く部屋の中を見渡す。あまりじろじろ見るのは失礼だから、さっと見るだけだ。透視能力使って見るなんてこともしない。
 シキの部屋は、なんというかイメージどおりだった。物が少なくて、家具もシンプル。余計な飾りは一切無い。うん、イメージどおり。
 シキは冷蔵庫から、お茶だろうか。それを取り出し、コップに注ぐ。それをあたしに渡してくれた。
 ぶつぶつ文句言いながらも親切にしてくれる。これが所謂、ツンデレって奴だろうか。そんなこと言ったらぶっ飛ばされるだろうから言わないけど。
「なんでここがわかったの?」
 尤もな質問だ。
 シキと出会ったあの一件。妖魔のせいで家を粉砕され、シキは宿無しだった。新しい家が決まるまでの二週間ほど、シキはうちに泊まっていたけど、新しい家を見つけるとシキはさっさと出て行ってしまった。かなり無駄に絡みすぎたかなって反省してる。や、今も必要以上に絡んでるけど、せっかく出来た友達なんだしいいじゃないか、と自己弁護。シキはかなり鬱陶しく感じてるんだろうなーってのはわかってる。その証拠に、新しい住所は教えてくれなかった。
 あたしはシキの質問に、高らかに答えた。
「では答えて進ぜよう。うちは不動産業を営んでいるからね。それで第二区域だけじゃなくて、他の区域にもちょっとだけ土地を持ってるんだよ」
「まさか……」
「ああ、違う違う。ここはうちの土地じゃないよ。第一区域にもちょっとだけアパート持ってるから、ここの同業者に連絡して探してもらったんだよ」
「ストーカー」
「うん、まあ否定はしない。だって全然住所教えてくんないんだもん!」
「当たり前だろ!教えたらこぞってうちに押しかけてくる!」
 うん、否定できない。
 レイ様はシキのことを気に入ってるし、もしかしたらイク様と一緒にひょっこり遊びに来るかもしれない。それならいいけど、あのアホトリオも嬉々としてやって来るだろう。あのアホトリオもシキのこと気に入ってるからな。過剰なサービス精神でシキに絡みまくるだろう。
 シキが頭を抱える状況が目に浮かぶ。ツッコミが追いつかなくなって、あたしに泣きついてきそうだ。
「なんだったら、ここうちが買い取ろうか?そしたら家賃激安にしてやるよ?」
「いらない。そんなことしたら余計にあの一家が押しかけてくる。静かな日々が暮らせなくなる」
「それもそうだな」
 それにはあたしも頷いた。
 カガとチキが面白がってむちゃくちゃしそうだ。だからあたしは誰にもシキの住所は教えてない。せっかくできた友達を、みすみす手放すようなマネはしない。
「前々から思ってたんだけどさ」
 あたしがぐびぐびとお茶を飲んでると、シキが口火を切った。
「うん、何?」
「マヨはどうやってあの人達と出会ったの?」
 お、どうやらあたしに興味を持ってくれたみたいだ。
 よしよし、これはこっちのことをもっとよく知ってもらうチャンスだ。
「向こうで知り合ってこっちに移り住んだの?」
「いやいや」
 笑って手をひらひらと振る。
 妙に笑顔だったのは、シキがあたしのことを知ろうとしてくれたからだ。
「レイ様達は何百年、何千年も前にこっちに移り住んでて、つい最近あたしが加わったんだよ」
「へぇ、つい最近っていつ?何年前?」
「んー……と、10年?20年くらい前?いや、もっと前か?」
「……つい最近?」
「こんなごちゃごちゃしたところだと、たとえ半世紀前でもつい最近になるんだよ」
 そういうもんなんだろうか、とシキは首を傾げる。あたしも言ってて疑問に思ったけど、まあいいや。
「今ではすっかり馴染んでるあたしだけど、初めて会った時は正直あたしも何なんだこいつらって思ったよ」
「やっぱり!?」
 えらく食い付いた。
 うん、そうだろう。あまりのハイテンションで繰り広げられるボケに、シキは会うたびに疲れ果てている。
 あたしは苦笑する。わかるよわかる、その気持ち。
「なんで神様達の中に人間のマヨが?」
「人間って言っても、正確には元人間だな。幽霊っていうのかなぁ。ちょっと違う気はするけど。ま、そんな感じ」
 シキは小首を傾げ、納得している様子ではなかったが、そうなんだ、と返してきた。
 正直あたしも詳しく説明できない。あたし自身、よくわかってないのだ。
「んー、そうだなぁ。じゃあちょっと昔話でもするか」
「マヨの?」
「そう、あたしがレイ様達と出会って仲間入りする話」
 シキは右上を見て少し考え、それから頷いた。
「うん、聞いてみたい」
 ちょっと考えたのは、突っ込んで聞いてもいいのかどうか悩んだのだろう。誰にだって触れられたくない部分はある。それをシキはよくわかってる。なんせシキ自身がそうだったんだから。
 でもこれはあたしが自分から切り出したのだ。それに、シキはもう友達だから、話しておく必要があるのかもしれない。
「よーし、じゃあ心して聞けよ。聞くも涙、語るも涙の感動長編物語だから」
「はいはい」
「……っと、その前に」
「何?」
「あの、何か食べ物恵んでくれませんか?」
「はぁ?」
「いや、お昼食べてなくて……それでちょっとお腹が空いてきたなーって……」
 テーブルに「の」の字を書きながら、シキを上目遣いで見る。
 シキは盛大なため息を吐き、椅子から立ち上がる。
「確か即席パスタがあったかな。それでいい?」
「いいいい!それでいいです!それがいいです!」
 なんだかんだで親切にしてくれる。本当にいい奴だ。
「あたしも手伝うよ」
「いいよ、別に。座ってて。たいした手間でもないし。作りながら話聞くから」
 根は面倒見の良いやつなんだろう。もっと壁を作られるかと思ったけど、むしろ無駄に絡みまくってるから嫌われるかと思ったりもしたけど、そんなことは一切なく普通に接してくれる。意外と寛容だし、さりげない気遣いもできる。これでもっと社交的になれば、いろんな人に頼られるんじゃないだろうか。勿体無いと思うけど、慎ましやかな性格ということなんだろう。
 ま、それよりも今はあたしのことだ。
 せっかく聞いてくれたんだ。情けないところも全部さらけだして語ってやろう。
「それじゃあ聞いてくれ。聞くも涙、語るも涙の感動長編物語を」
 あたしはなるべく雰囲気が出るよう、静かに話し始めた。







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