-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之参


 

「ふっ、今宵も華麗に根こそぎ財産奪ってやるぜ」
 右手は月を指差し、左手は腰。足は肩幅。びしっとポーズを決める。
 何でも視ることができるこの目。
 何に使うかって?
 そんなの決まってる。窃盗だ。
 未来や過去を見ることは難しいが、透視ならば自分の意思で自由に使うことができる。
 今日の獲物はこのでかい屋敷。純和風の建物で、蔵まである。ぱっと見は純和風なのだが、屋敷の奥がなぜかレンガ造りになっている。純和風が、なぜか途中から洋館になっている。何ゆえに。まあ、金持ちの道楽なんだろう。
 あたしはそのでかい屋敷の玄関前に立ち、鍵穴を見つめる。やはり玄関は鍵がかかっている。
 どこかかけ忘れた侵入口はないものかと、庭へと回る。
 こんなにでかいんだから、番犬ぐらいは飼っておくもんだぜ家主さんよ、と余計なお世話を心の中でつぶやきながら。
 庭に回って、
「なんじゃこりゃ」
 思わず声に出してしまう。
 縁側だ。普通の縁側。普通なら夜はしっかり雨戸を閉めて戸締りされているはずだ。
 しかし、ここはなんとやる気のない家なのだろう。雨戸どころか、窓さえも開けっぱなしだ。
 あたしは透視能力を使って、他の窓も見る。
 鍵のかかっている窓もある。が、開きっぱなしの窓もたくさんある。
 おいおい、大丈夫かよ。こんな物騒な場所で、しかも大豪邸に住んでるのに防犯する気がないだなんて。これじゃあ盗んでくださいと言ってるようなもんだ。溝に捨てるぐらい金が有り余ってるのかね。まったく羨ましい限りだ。
 だったらちょいとあたしに分け与えてもらおうか。
 普通に縁側から侵入する。
 その時、何か触れた気がした。くもの糸かな、静電気かな。まあいいや。たいしたことではない。
 抜き足差し足で奥へと進む。金目のものは何か無いか。
 それにしても、畳の感触が懐かしい。自分で故郷を捨てておきながら、やはり生まれ育って慣れ親しんだ文化はそう簡単に捨てられるもんじゃない。もし泥棒としてじゃなかったら、思いっきりここでごろごろしたいもんだ。
 けど今は金の在り処を探し当てなければ。
 抜き足差し足。慎重に歩みを進める。金、金、金、と心の中で繰り返しながら、物色する。
 宝石類は足が付かないように売るのが面倒だから、あたしは現金しか狙わない。まあ、足なんて滅多につかないが、というか、そういった犯罪を取り締まる組織がないに等しい。それでも狙わないのは、宝石類を売ると必ず噂を立てられるからだ。そして今度は自分が狙われるようになる。
 窃盗暴力殺人、なんでもござれのこの場所だが、自分の身を守るためにいろいろ手を尽くさなきゃいけない面倒がある。
 それに、もし運悪く治安部隊に捕まって第四区域に収容されてはたまらない。あそこは外の世界の刑務所のようなもんだ。第四区域まるまる堅固な壁に囲まれていて、入ったら最後、二度と出られない。噂では領主が罪人共をいたぶって楽しんでいるだとか。遠巻きに見たことあるが、さすがにあたしでもあそこは脱獄できそうにない。
 だからたとえルールなんてものがないこの場所でも、あたしは細心の注意を払う。自分の身を守るのは自分しかいない。もし家主に見つかりでもすれば、殺していくしかない。あたしの容姿は目立つから。
 透視能力を使って、部屋の中を物色する。こういう時、重宝する。余計な物音を立てなくて済むからだ。
 箪笥の引き出しを開ける。財布が見えた。手を伸ばす――が。
 物音がした。自分が立てた音ではない。
 全ての動きを止め、神経を尖らせる。
 物音は気のせいではなかった。全速力で走る音が聞こえてくる。
 馬鹿な。なぜばれた。
「悪い子はいねぇかぁぁぁ!!!?」
 男の声だ。
 声が聞こえた方を注視すると、男は迷いなくまっすぐこちらへむかってくる。
 なぜここがわかる。いや、それよりもこれはまずい。逃げなければ。
 踵を返し、走り出す。侵入した縁側から逃げ出そう。
 全力で追ってくる足音から、全力で逃げる。縁側のある部屋まで来た。あともう少し。だが――。
「ほぁたぁぁぁ!」
 女が奇声を上げながら、両手を顔の前で交差させ、全力で体当たりをぶちかましてきやがった。
 馬鹿だ。男にばかり気を取られて、もう一人いることに気がつかなかったのだ。この目があるのに、肝心な時に役に立たない。
 あたしは盛大に吹き飛び、畳の上を転がる。
 うん、確かに畳の上で盛大にごろごろしたいとは思ったけど、違うんだ。今はその時じゃない。
 転がりつつも何とか体勢を立て直し、庭へ飛び降りる。
「はい、終了」
 目の前に、もう一人いた。少年だった。
 一瞬動きが止まった。
 こいつを避けて逃げようと身体の向きを変えた時にはもう遅く、すでに囲まれていた。
「ここに忍び込むなんて、大胆な泥棒ね」
 あの時は突然の攻撃で気づかなかったが、彼女の目は暗闇の中で、不気味な銀色の光を放っていた。
 これはちょっと不味いところに忍び込んだか?
「まあ、その勇気だけは褒め称えてやろう」
 男がぞんざいに言い放つ。
「勇気というよりも、知らずに泥棒に入ったって感じだけど?」
「そのようね。もしかしたらこのあたりの人間じゃないのかしら」
「よし、お嬢さん。奥でゆっくり話を聞かせてもらおうか」
 男があたしの腕を掴もうとしたのを、避ける。
 当たり前だ。捕まったら最後。第四区域に容れられちまう。どうにか隙を突いて逃げなければ。無理なら殺して去るしかない。
「お、なんだ?やる気か?」
 男が構える。もちろんあたしも構える。伊達に裏家業なんてやってない。腕っ節に自信がなければできないことだ。
 仕方ない。こうなったらこいつら皆殺しにして――。
「ねぇ」
 もう一人いやがったか。
 思わず振り返る。
 白髪の少女だった。白髪に、白い肌。闇の中でも淡く光り輝いているように見える。
「ああ、レイ様。起こしてしまいましたか」
 そりゃあれだけ大声で奇声を発すれば、永遠の眠りについている者以外は起きるだろう。
 少女はあたしの存在に驚くことも無く、さらりと言い放った。
「眠いんだけど」
 不法侵入者を取り囲み、修羅場と化しているこの状況でこの発言。きっと大物だ。なるほど、様付けで呼ばれるほどのことはある。
「そうですね。夜も深いですし、続きは明日としましょう」
 にこやかに銀色の目を持つ女が言い放つ。
 あたしはこれに、またしても反応が遅れた。
 何を言ってるんだ、この女は。明日仕切りなおす?じゃあそれまであたしは……?
「それじゃあ太陽が顔を出すまで寝てましょうか」
「……は?」
「この女はどうするんだ?」
「私の部屋に連れて行くわ。抱き枕に良さそうだし」
「……は?」
「カガとイツカはダメよ。しっしっ」
「はいはい、わかってますよ」
 男は肩をすくめる。そして何事もなかったかのように、家の中に入っていく。
「じゃあまた明日」
「おやすみ」
 少年も普通に家の中に入っていく。
 え、何?どういうこと?
「なにきょとんとした顔してるのよ」
「いや、するよ普通」
「とにかく、私達も寝るわよ」
「いやいやいや、おかしいでしょ」
「おかしくないわよ。レイ様が眠いって言ってるんだから、寝るのよ。ほら、さっさと来なさい」
 しめた。一対一ならなんとかなる。
 という考えはすぐに打ち破られた。
 女はびっくりするほど力が強く、あたしはいくら抵抗しようともずるずると引きずられ、とうとう家の中へと連れ込まれた。
「靴」
 白髪の少女がぽつりと言った。
「あ、すんません」
 この家はあたしの故郷と同じ造りなのだ。土足厳禁。さっさと靴を脱いで、庭に放り投げる。
「って、何してんだあたしは!」
 思わず叫んだ。
「大声でうるさいわよ。近所迷惑でしょ」
「あんたがそれを言う!?」
 あたし以上の大声で奇声を発していた張本人が、自分のことを全て棚上げにして何を言うか。
「ほら、さっさと来なさい。レイ様が待ってるでしょ」
「いや、そう言われても……。あたし、泥棒だよ?」
「知ってるわよ」
 いや、そんな自信満々に頷かれても。
 返す言葉が見つからねぇ。
「ねぇ、眠いんだけど」
「あ、はい。申し訳ありません。大変お待たせいたしました」
 深々と頭を下げる。下げた頭を上げて、彼女は言った。
「何ならレイ様も一緒に寝ませんか?」
「いやいやいや、何言ってんのあんた」
「んー……そうしようかな」
「何で!?」
「チキの部屋の方が近いし」
「いやっほーう!っしゃあ!!」
 自分のことは全て丸々棚上げにし、再び奇声を発する。
「ではでは参りましょう。三人川の字となり安らかに眠りましょう。もう永遠の眠りにつく勢いで」
 何言ってんだ、こいつは。
 これは冗談で、本当にそんなことはしないだろう。どうせ牢やどこかの部屋に入れられて監禁されるのだろう。そう思っていた。彼女の部屋に入り、本当に彼女の布団の中に三人入るまでは。
 あたしを挟んで、すやすやと眠る白髪の少女に銀髪の女。しかも女は有言実行、本当にあたしを抱き枕の如く抱きついて眠っている。
 えっ?何これ?
 頭が追いつかない。何だこの状況。
 これは夢だ。これは夢だ。きっと悪い夢なんだ。そう、眠って目覚めれば、きっといつも通り。
 眠れ眠れ。神にこの祈りが届くよう必死の思いで唱えつつ、目を閉じる。両横から聞こえてくる寝息は無視だ。暖かい感触も無視だ。これもすべて幻想。妄想。夢の中の出来事なんだ。
 これが念仏だったら、今までの行いも全て許されて極楽浄土確実に決定しそうな勢いで唱えた。今までにないくらいに、これは夢だと唱え続けた。ずっと。何度も。
 小鳥のさえずりが聞こえてくる。目を閉じていても明るくなったのがわかる。
 そう、目を開ければ、ほら、全て元通り――。
「なわけあるかぁぁぁぁ!」
 盛大に叫び、頭を抱えた。







inserted by FC2 system