-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之肆


 

「まったく。一度ならず二度までも叩き起こしてくれたわね」
 あたしを睨みつつ、白米をかき込む銀の瞳の女。
 和の食卓だ。白米に味噌汁、漬物、焼き魚、おひたし。すごく懐かしいメニューが並んでいる。そしてなぜかあたしの分までちゃんと用意してくれている。ありがたいけど、戸惑うことこの上ない。ま、遠慮なく食うけども。
「で、お前さんの名前は?」
 男は味噌汁を流し込みながら訊いてくるが、あたしは答えない。
 呼ばれている名前はあるけれど、それはあたしの本当の名前じゃないからだ。
「よし、ならば俺が自己紹介してやろう」
「なんでだよ。いらねーよ」
「俺はカガだ。様付で呼べ」
「誰が呼ぶか」
「じゃあ私も自己紹介」
「いらないって」
「私はチキ。様付で呼んで貰ってもかまわないわよ」
「おい、聞けよ」
「僕はイツカ。様付で呼んで貰ってもかまわないから」
「だからいらないし、呼ばないって」
「で、お前さんの名前は?」
 カガが再びあたしに問う。
 本名を名乗る気なんてさらさらない。そもそも本名があっても、誰も呼んではくれなかった。
「……名無し」
「へぇ、変わった名前ね」
 と、チキ。
「世の中いろんな名前があるからな」
 と、カガ。
「ちょっと呼びにくいな」
 と、イツカ。
「あんたら馬鹿か?」
 名前を訊かれて、名無しと答えて、なぜそれを名前と捉えられる。
 馬鹿だ。馬鹿に違いない。
「マヨ」
 白髪の少女が、ぽつりと言った。
「真夜中に来たからマヨ。名前が無いと呼びにくいから」
 まともだ。
 ああ、あの時光り輝いて見えたのは目の錯覚ではなかった。この脳内お花畑の野郎共の中で、この方だけが正常な頭をしていらっしゃる。さすがレイ様。様付けで呼ばれるほどのことはある。まあ比較対象がこのアホ共なんで、比べ物にもならないんだが。
 そして腐った脳みそしか持ち合わせていない従者共は、主人の命名に拍手喝采だ。指笛まで鳴らしてやがる。
 にぎやかだ。とてつもなくにぎやかだ。
 こういうのを、団欒って言うんだろうな。経験したことないからよくわからないけど。
「それで泥棒さん。ここがどこだかおわかりか?」
 食事を終え、熱いお茶を啜りながら、カガが問う。
 なぜだろう。本来なら緊迫する空気のはずなのだが、それが一切無い。泥棒と一緒にみんなで仲良く朝食を食べ、熱いお茶を啜って、ゆったりとした時間を過ごしている。
 頭がおかしくなりそうだ。
「何を盗もうとしてたの?」
「泥棒にそれを訊くのか?金以外に何があるってんだい」
「本当にそれだけ?」
「ああん?」
 チキの目つきが鋭くなる。
 何だ何だ。もしかして、盗られちゃ不味いものがこの屋敷に眠っているってことか。金以外で一体何があるってんだ。宝石類か、骨董品か。もしかして、第二区域の窃盗団のアジトだったのか。
「本当に私の宝物を狙ってたわけじゃないのね」
「……へっ?」
「でもこの屋敷に忍び込んだ勇気に免じて、少しだけ見せてあげるわ」
「……は?」
 なんだ、この流れは。嫌な予感しかしない。
「仕方ないわね」
 そんなことをぼやきながらも、顔は笑顔、身のこなしはうっきうきで、軽やかに駆けて行く。
 なんだ、見せびらかしたいだけかよ。
 戻ってきた彼女が大事そうに抱えているのはアルバムだ。
「ちょっとだけなら見せてあげるわよ」
 写真が趣味なんだろうか。そんなことを思いながら、差し出されたアルバムを開く。
 ぺらぺらと捲っていき、半眼でチキを見る。
「……なんだい、これ」
「レイ様記録」
 実に綺麗な笑顔で言ってのけやがった。
 確かにこのアルバムはレイ様一色だ。うん、確かに彼女は可愛い。大人びた雰囲気を持っていて、それでいて子供らしい振る舞いも見受けられる。眠そうに目をこすっている姿なんて、そりゃもう抱きしめたくなるくらい可愛かった。
 しかしだ。このアルバム。盗撮まがいの写真も多々あるではないか。
「……あんた変態さんか」
「失礼な。純愛120%よ」
「不純120%だろ」
「何でよ。レイ様可愛いじゃない」
「ああ、それは認める。確かに可愛い。抱きしめて頬ずりしたくなるくらい可愛い」
「やったらぶっ殺すわよ」
「やらないよ」
 パタンとアルバムを閉じる。
「あげないわよ」
「いるか」
「何だとっ!?」
「何でだよ!?」
 あああああこいつ面倒くせぇ。
 頭を抱える。
「すっごく良い出来じゃない!このアルバム!」
「ああ、すっごく良い出来さ!でもくれる気ないんだろ!?貰っても困るし!」
「レイ様を否定する気か!?」
「何でだよ!頼むから会話しようぜ!」
「まあまあ、そうカッカせずに」
 カガが苦笑交じりに割ってはいる。
「チキはレイ様のこととなると、見境がなくなるんだ。ちなみに俺もだ」
「知りません、聞いてません」
「お前らばっかりずるいぞ。僕だってレイ様への愛は海よりも深くて宇宙よりも広いんだから」
「あんたも何言ってんだ」
 そして三人は誰が一番レイ様への愛が大きいかを争い始めた。
 馬鹿だこいつら。本当に馬鹿だ。もう付き合いきれない。
「レイ様、ごっそり従者を変えた方が良くないですか?」
 我冠せずでお茶を啜りながら本を読んでいる彼女に、あたしは話を振った。
「もっとまともな従者を雇うことを強くオススメします。心の底から。本当に」
 彼女は本から顔を上げ、あたしを見る。
 お、ちょっとはあたしの意見を受け入れる気になったのか?
「犬って可愛いよね」
「あんたもか」
 この家にはまともに会話できる人間がいないのか。
 あたしは頭を抱える。
「おい、マヨ!俺が一番だよな!?俺の愛は200%だ!」
「違うわよ!私が一番よ!このアルバムなんて、愛の結晶なんだから!」
「僕だって毎日、愛というスパイスを大量に入れて料理してるんだから!」
「あんたら何言ってんだ!ちょっとレイ様!本当にこいつらどうにかした方がいいですよ!?」
「つっこみ役が増えて嬉しい」
「貴方何ひとつつっこんでないですよね!?」
 もうダメだ。泥棒しに来たのにこうして捕まって、かみ合わない会話を延々と繰り返される絶望感。つっこんでもつっこんでもさばききれないボケの数々。第四区域に容れられた方が楽な気がするのはなぜだろう。
「マヨ」
「はい?」
 レイ様があたしの名を呼ぶ。いや、正確には仮名なのに、たった数分前に付けられた名前なのに、素直に返事してしまう自分も究極のアホだ。
「貴方が住んでるのはどこの区域?」
 こっちを見ず本に視線を落としたまま、レイ様が問う。
 レイ様が言葉を紡ぐと、騒がしかった従者達がぴたりと争いを止めた。
 本当に愛と忠誠心は100%なようだ。ただ100%から溢れ出したものがとんでもなく迷惑な方向へ行ってしまってるだけで。
「本当のことを答えると思ってます?」
「うん、思ってる。マヨは嘘をつけない」
「ははっ、悪党を信用してどうするんですか」
「私はマヨのこと好きだよ」
 あたしを見て、はっきりと言った。
 まず一番初めに思ったこと。
 何言ってんだ、こいつ。
 それから、とてつもない不快感が襲ってきた。
 何だろう、これ。
 何でだろう。
「何を……知った風に……」
 好意を抱かれた。本来なら喜ぶところなんだろう。だけど湧き上がった感情は、怒りだった。なぜかわからない。
 でも、どうしようもなく心が荒れる。
「ふざけんな!」
 気づけば、怒鳴っていた。
 たぶん、耐えられなかったんだ。あたしには、そのまっすぐな目が耐えられなかったんだ。
 純粋な好意が、恐かった。
 乱暴に立ち上がり、歩き出す。
「ちょっとどこ行くのよ」
 チキが背中から呼びかけるが、あたしは無視を決め込む。
 焦っていた。ここにいたらまずい気がする。何かが、音を立てて崩れ落ちていくような。
「こんな馬鹿げたことに付き合ってられるか。帰らせてもらう」
「帰るってどこに?」
 チキが言い終えたとほぼ同時。
 あたしは思いっきり額をぶつけていた。
 ガン、と鈍い音がして、衝撃が走る。
 あたしは思わず額を押さえ、その場にうずくまる。
「逃げられないわよ」
 あたしは振り返り、チキを睨む。
「縛りもせずに自由にさせてるのは、あんたが私から絶対に逃げられないからよ」
 あたしはそこに手を伸ばす。
 何も見えない。壁などない。しかし、手には硬い感触。
 結界か。
「完全に閉じ込めることだって出来るんだから、逃げるのは諦めることね」
「わからないな」
 あたしは立ち上がる。
「何でさっさと保安部隊に突き出さない?ここに閉じ込めてどうする気だ?一体何を考えてるんだ?」
 チキは一瞬、レイ様に視線を向ける。
 あたしもわかっている。あたしをさっさと突き出さないのは、レイ様がそう命じないからだ。
「一体何がしたいんだ?」
 問い詰め、レイ様に歩み寄ろうとする。
 と、目の前が霞んだ。
 今ある目の前の風景と重なって、別の景色が見える。
 女の子だ。小さな女の子。白髪の。歳は、レイ様より少し下だろうか。レイ様によく似ている。リビングの奥の扉が開かれた。彼女は驚いた表情であたしを見る。
 未来か。
 今から何秒後かはわからないが、すぐに来るであろう未来。
 あたしは、今はまだ閉ざされている扉を見つめる。
「もう一人、居たんだな」
 すぐにその瞬間はやって来た。
 扉が開く。レイ様に似た白髪の少女が、あたしを見て「あ」と小さく声をあげる。どうしていいのかわからず、おどおどとあたりを見回す。
「もう出歩いて平気なの?」
 レイ様が声をかける。
「あ、うん。もう熱下がったから。寝てばかりもしんどいし。その……」
 恐る恐るあたしを見る。
「お、お客様……?」
「泥棒」
 レイ様は隠すことなくそう言った。
「昨夜忍び込んできた。マヨって言うの」
「どうもー。マヨでーす。さっき名づけられました。本名じゃありませーん」
 もうヤケクソだ。
「あ、あの……その……」
 何をどうしたらいいのかわからないのか、彼女はおどおどとしている。そりゃそうだろう。泥棒を紹介されても困る。
「妹のイク」
「えっ?」
 驚いたのは、あたしじゃない。驚いたのに驚いて振り向くと、チキが驚きというよりも困惑した表情を浮かべていた。カガとイツカも唖然としている。
 一体何なんだ。
「私の妹。イク」
「ああ、うん、わかります。似てますよね」
「イク、部屋に戻って休んでなさい。後で朝食持って行くから」
「え、あ、うん。わかった」
 戸惑いながら、それでもあたしに会釈をする。
 あたしも会釈を返し、扉が再び閉まるのを見送った。
「身体が弱くて、よく体調崩して寝てるの」
「そうなんですか。そりゃ心配ですね」
「うん、心配」
 それっきり、レイ様は黙ってしまった。
 なんだか妙な空気が流れる。従者達も複雑な表情だ。
 まあいい。そんなことよりも、今は脱出することが重要だ。
 あたしはこっそり手を宙に向ける。手探りで、結界が無いことを確かめる。
 よし、今だ。
 全力で駆ける――が。
「うごっ!」
 盛大に結界にぶつかって、床に倒れる。
 痛みと共に、生暖かい感触。鼻血だ。
「逃げられないって言ったでしょ」
 呆れ顔で、チキがティッシュを差し出してくれる。
 くそっ、こんなはずじゃなかったのに。
 仕方なくティッシュを受け取り、鼻に詰め込む。
「とりあえず、あんたの身元がはっきりとするまでここで軟禁ね」
「へぇ、監禁じゃないんだ。優しいねぇ」
「そうよ。感謝なさい。そして反省しなさい」
 できるか。
 あたしはまた手を宙にさ迷わせる。
 今は結界はない。あたしが逃げる素振りを見せれば発動するわけだな。
 なるほど、ならばあたしにも考えがある。
 立ち上がる。
 リビング奥の扉へと向かう。
「どこ行くのよ」
 チキが後ろからついて来る。さらにその後ろを、ぞろぞろとレイ様達が連なる。
 こっちにだって考えがある。
 どうにかして逃げ出さないと。
 あたしは適当な部屋に入る。
 ドアをしっかり押さえる。鍵がないから仕方がない。
「おーい」
 コンコン。
 ドアをノックされる。
 無視だ。
「ちょっと、あんたねぇ」
 今度は押し入ろうとされるが、あたしはドアノブをしっかり握り締め、絶対に入られないように抵抗する。
「ちょっと!」
 チキがドアを蹴る。
 あたしが取った作戦。それは立て篭もり作戦だ。
 軟禁だったらずっとチキが傍にいて見張っていることだろう。だからあたしは自分から閉じこもって誰の目にも届かないようにする。でもあたしにはこの能力があるから、あたしからはみんなの行動はまるわかり。そこで隙を見て逃げ出すって作戦だ。
 時間はかかるけど、脱出するにはこれしかないだろう。チキのあの能力は、あたしではどうやっても太刀打ちできない。
 とにかく隙を見て逃げ出す。なんとしても逃げ出す。
 じゃないと、危ない気がした。
 なぜかわからないけど、あたしの中で警報が鳴り響いている。ここは危険だ。早く逃げ出さないと大変なことになる、と。
 あの目が、恐かった。







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