-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之伍


 

「おーい」
 コンコン。
 ドアをノックされる。
「いい加減、出てきなさいよ」
 チキの呼びかけに、無言の抵抗。
 ドアにはバリケード。部屋の中にあったベッドやらナイトテーブルやらチェストやら、とにかく積み上げられるものは積み上げて、ドアを完全に封鎖した。
 脱出経路は窓のみ。
 あれから丸1日経った。
 何度も逃げ出そうと窓にダイブしたが、やはりチキの結界に阻まれてしまう。深夜にチキが寝ていることを確認し、さあ逃げ出そうと勢いよく窓から身を乗り出したが、結界のせいで外に出ることはできなかった。
 あの女、何者だよ。結界って遠隔操作できたっけ?
 ちきしょう。思いっきりダイブしちまったじゃないか。おかげでまた鼻血垂れ流すはめになっちまった。
「お腹すいただろ?そろそろ出て来いよー」
 イツカも呼びかけに加わる。
 透視能力を使って、扉の外の様子を窺う。
 カガとチキとイツカのアホ従者トリオ。
 イツカの手には野菜スープがあった。
 くそぅ、うまそうだ。腹の虫が鳴る。
 でもここで出て行くわけにはいかない。これは持久戦だ。チキの能力使用に限界がくるのが先か、あたしが餓死するのが先か。幸いに、この部屋にはトイレもシャワーも備え付けられている。水の心配はない。水分さえあれば、しばらく何も食べなくとも生きてはいける。
 それにしたって、ほんとあの女、何者だよ。こんな高度な結界術、見たことも聞いたこともないぞ。
「扉ぶち壊すか?」
 物騒なことを言い出したのはカガだ。
「うん、そうだな。もしかしたら餓死寸前かもしれない」
 イツカが同意する。
「壊して誰が直すのよ。あと、たった1日で餓死はしないわよ」
 意外と冷静にチキが返す。
「いや、あいつひょろひょろだった。たった1日でも栄養失調で死ぬかもしれない!早く何か食べさせないと!」
 イツカが巨大なハンマーを肩に担いでいる。
 ちょっと待て。ちゃんと見てなかった。それどっから出した。どうやって作った。そして何で持てる。明らかに重いだろ。
 あろうことかイツカは、自分の背丈ほどもある巨大ハンマーを軽々と振りかぶる。しかも片手で。
 ちょっと待て。本当に壊すつもりか。あたしは慌ててバリケードから離れる。
「ちょっと待ちなさいよ」
 振り下ろされたハンマーは、チキの結界によってきっちり防がれた。ほんと高性能だな。
「邪魔するなよ!」
「するわよ。壊したら直さなきゃいけないじゃない。掃除だって大変なのよ」
「じゃあ燃やすか」
 カガの手から炎が立ち上る。
 うわっ、なんだこいつ。パイロキネシスか。
 あたしはさらに後ずさる。ここは高能力者の集まりか?かなりヤバイところに入り込んじまったみたいだ。
「ちょっと待ちなさいよ。扉だけ綺麗に燃やすなんてできるの?」
「できないことはない。周りがちょっと焦げるが」
「じゃあ却下。外観を損ねる」
「ならどうするんだ?」
「そうね、これじゃあまるで天岩戸……」
 何かひらめいたのか、チキはポンと手を打つ。そしてすごく真面目な顔で言い放った。
「全員で裸踊りすれば出てくるんじゃないかしら?」
「出るか馬鹿」
 カガとイツカが声をそろえて返した。
 あたしもそう思う。むしろドアの向こうでそんなことをされたら、死んでも出たくない。
 あーだこーだと三人が言い合っている。三人寄れば文殊の知恵って言うけど、このアホトリオじゃ無理だろうな。馬鹿馬鹿しすぎてもう聞いていられない。
 どっこいせ、とつぶやきながら、部屋のほぼど真ん中に座り込む。
 腹減ったな、と言いそうになって、慌てて飲み込む。いかんいかん。たった1日で挫けそうになってどうするんだ。これは持久戦だ。しっかり精神を保たなければ。
 気合を入れ直した直後。
「ダイナミック乱入」
「うわぁぁぁぁ!!」
 突然すぎて、ありったけの叫び声をあげる。そして座ったまま高速で後ろへ下がり、反対側の壁に激突する。
 本当にびっくりした。
 レイ様だった。何をどうやったのか、壁に穴を開けて、まさに言葉通りダイナミック乱入してきた。
 その手にはイツカの作った野菜スープ。そのすぐ後ろには、イク様。
 本当にどうやったのか、さっきまであった壁が綺麗に楕円形になくなっている。ぽっかりあいた穴からは、隣の部屋が見えた。
 レイ様も一体何者なんだ。
 レイ様は相変わらずの無表情でずんずんあたしに近づいてくる。
 こういう時、無表情は怖い。しかも得体の知れない能力を体感したのだ。背筋が冷たくなるものがある。
 レイ様はあたしの前で立ち止まり、しゃがみ込む。すぐ後ろのイク様も一緒にしゃがむ。
 あたしとレイ様、イク様の目線が同じになる。
「はい、ご飯」
 レイ様が野菜スープを差し出す。
 だがあたしは受け取らない。
 心の中で、警報が鳴り響く。
「食べなきゃダメ」
 でもあたしは受け取らない。
「はい、あーん」
 スプーンでスープをすくい、口元へと持ってくる。
 あたしはそっぽを向く。
「マヨ」
 レイ様が呼びかける。
 あたしはそっぽを向いたまま、目を合わせない。視線を逸らしたまま、言う。
「どうしてですか……?」
 心がざわつく。
「何が?」
「さっさと縛って治安部隊に突き出せばいいでしょう」
「どうして?」
「どうしてって、あたしは泥棒ですよ!?」
 本当に何を言ってるんだ、この人は。
 あたしは思わず睨みつける。
 イク様は少しびっくりしたような表情をしたが、レイ様の表情は変わらない。
「知ってるよ」
 何を今更。そんなふうに返された。
 瞬間的に、湧き上がった。気づいた時には手が出ていた。
 けれどもレイ様は頭を後ろに反らしただけで、軽々とあたしの拳を避ける。
 イク様が、きゃっ、と小さな悲鳴を上げた。
 何でだろう。何でこんなにイラつくんだろう。
「みんなで食べたご飯、おいしかった?」
 あたしはレイ様を睨みつけたまま、何も答えない。
「おいしかったでしょ。一人で食べるより、みんなで食べた方がおいしい。一人より、みんなと一緒の方が楽しい」
 そんなことぐらいわかってる。でも、あたしは言えなかった。
 だって、認めるわけにはいかないだろ。今まで一人で生きてきたんだ。誰も信用せず、汚いことをして生きてきた。認めてしまったら、これからどうすればいいかわかんなくなる。
「よしよし」
 レイ様があたしの頭を撫でる。
 数秒、一体何がどうなってるのか理解できなかった。
 それを理解した瞬間、あたしはその手を振り払う。
「マヨは泥棒だけど、根っからの悪党じゃないね」
「何を……」
 何を言ってるんだ。
 心がざわつく。イライラする。
 早く、この場から逃げ出したい。
 早く逃げなきゃ、自分がどうにかなってしまいそうだ。
「マヨは、悪党には程遠いよ」
「……黙れよ」
「何で武器持ってないの?」
 黙れ黙れ黙れ。
 そう叫びたかったが、喉が詰まって言えなかった。
 レイ様があたしをまっすぐに見つめてくる。
 その目が、恐かった。
 あたしの中を、全部見透かされているようで。
「人がいる家に泥棒に入ったなら、ナイフなり銃なり持っておくもんだよ」
 うるさい。もう何も言うな。言わないでくれ。
 あたしの中のものが、崩れていきそうだ。
「マヨは、誰も傷つけたくないんだね」
「うるさい!」
 あたしは耳をふさぐ。もう聞きたくなかった。
 あたしは今までこうやって生きてきたんだ。たくさんのものを奪ってきたんだ。いっぱい傷つけてきたんだ。悪党以外の何がある。
 好意を持たれるような人間じゃない。そんな人間じゃないはずなのに。
 なのに、何でこの人は、あたしを見るんだ。あたしを受け止めようとするんだ。
 何で、こんなに苦しいんだ。
 あたしは――。
「よしよし」
 再びレイ様があたしの頭を撫でる。
 何でだろう。今度は振り払えなかった。
 すごく優しくて、温かい感触。
 何でかな。胸が苦しくなって――。
「みんなで食べたご飯、おいしかった?」
 鼻が、つんとする。涙で、視界が歪む。
 初めてだったんだ。あんなに賑やかで、みんな笑顔で食事を囲むなんて、今までになかったんだ。欲しくても、どんなに望んでも、手に入れることが出来なかった。
「イツカの作ったご飯、おいしいでしょ?」
 あたしは、小さく頷く。
 あんなにうまい飯は初めてだった。あんなに温かいご飯は、生まれて初めてだった。
 こうやって、あたしのことを心配してご飯を作ってくれるなんて、初めてだった。
 そっか。
 あたしはたぶん、嬉しかったんだな。
 たとえ自分のものじゃなくても、こうやって団欒の真似事が出来て。
「はい、あーん」
 レイ様が、またスプーンをあたしの口元に持ってくる。
 だから、早く逃げ出さなきゃって思ったんだよ。こんな風になるような気がして。
 心の中でずっと鳴り響いていた警報が、いつの間にか静かになっていた。
 あたしはスプーンを口に含む。
「よしよし」
 優しくて温かい手。
 すごく心地よかった。







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