-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之質


 

 昨日とは打って変わって、今日は今にも雨が降り出しそうだ。
 気持ちも暗くなってくる。
「よっしゃ、気合入れて探すか」
 ぱん、と手で頬を叩く。暗いのは嫌いなんだ。あの件はひとまず後回しだ。今は自分が請け負った仕事を完遂するのが先だ。
 透視能力を使って隅々まで探せば何か見つかるだろう。見つからない可能性もあるけど、考えない。何もしないよりかよっぽどいい。第二区域がどれほどの大きさかはわからないけど、地道にやるしかない。
「おい、どこ行くんだ?」
 今日のお供はカガだ。
 メンバーはレイ様とカガとあたし。
 イク様はお留守番。昨日はしゃぎすぎて、今日は寝込んでいる。本当に身体が弱いみたいだ。レイ様がいつもイク様を気遣うのがよくわかる。
「チキは何してるんだ?」
「無駄に窓でも磨いてるんだろ」
 どうでも良さそうにカガは答えた。
 チキがいなけりゃあたしは逃げたい放題じゃないか。何考えてるんだ、まったく。
「ほら」
 カガが写真を見せてくる。アジア系の顔つきの女性が映っている。
「探し人の顔か?」
「そうだ」
 綺麗な女の人だ。妖魔が襲うにしても、やはり綺麗な女性の方が良いのだろうか。
「よく写真持ってたな」
「顧客全員の顔写真は持ってる。あとはこっちで特徴などを書き込んでる」
「きっちりしてるんだな。さすが第二区域だ」
「当たり前だろ。どうやって家賃回収するんだ。お前のところは違うのか?」
「違うなぁ」
 苦笑するしかない。
 あたしの住んでる第三区域は治安が悪い。しかもあたしはスラム街にいるから、すごく治安が悪い。家賃を納める相手も、ひっきりなしに変わる。なんせ納める相手はギャング連中だからだ。そこを仕切ってる悪党が変われば、納める先も変わる。今はあたしの所属するギャングがあのあたり一帯を仕切ってるから、家賃なんて払ってない。
 そもそも、第三区域じゃ不動産業なんてもんは成立しない。もし誰かが家賃回収なんてしに来たら、きっと殺しちまう。それで誰も来なかったってことにすればいい。第三区域はそういうところだ。
「勤め先はわかってんのか?」
「一応な。飲食店だ。所在地もわかっているが、勤め先なんざころころ変わるからな」
 そりゃそうだろうな。いくら平和な第二区域といえども、外の世界の平和とはまるで違う。妖魔や悪党共に潰される店は後を絶たないはずだ。妬まれて殺される経営者もたくさんいるだろう。
 ここは法治国家ではない。外の世界から弾かれた者が集う、混沌とした場所なのだ。
「じゃあひとまずその勤め先とやらに行ってみよう。そこからあのアパートまでの道のりを探してみるか」
 通勤途中に襲われたというのが一番可能性が高い。裏路地を探せば何か手がかりが見つかりそうだ。
「よーし、ついて来い!」
 元気に歩み出すが。
「こっちだ馬鹿」
 まったく逆方向へカガとレイ様が歩いていく。あたしは慌ててその後をついて行った。
 第二区域は穏やかで本当に良いところだ。喧嘩の声なんて聞こえてこないし、もちろんドンパチやってるのも見ない。みんな活気に溢れてて、笑顔が絶えない。つくづくあたしの住んでるところはどうしようもない場所なんだって思い知らされる。
 そうやって、あまりの違いに目を白黒させながら、街中を視て回る。
 あたしの目にかかれば路地裏の汚いところまでお見通しになるのだが、本当にそういう汚いものは何もない。偶々なのかもしれないが、平和すぎだろ。あたしの住んでるスラム街では、路地裏には誰かが道端に転がってたり、今まさに殺されようとしてる奴らがいるのは日常茶飯事なんだが、この違いは一体何なんだ。壁一枚隔てただけのすぐ隣の区域なのに、こうまで違ってくるものなのか。
 第二区域の領主様は本当に立派なんだろう。こんな人も妖怪も天使も悪魔も神様も、ごっちゃごちゃの世界をよく治めている。領主様の爪の垢を煎じて飲めば、あたしもちょっとはマシになるだろうか。
 そんなことを思いながら、街を歩く。
 透視能力を使って、隅々まで目を光らせ、ゆっくりゆっくり足を進める。
 そうやっていると。
「ん」
 見たくないものを発見してしまった。
 あいつだ。
 名前は忘れた。覚えてない。昨日会ったあいつだ。同じギャングに所属してる。
 優雅にお茶してやがる。呑気なもんだ。昨日もそうやって優雅に過ごしてたのか?まさか優雅なひと時を過ごすためにわざわざ危険を冒して第二区域にまで出張ってきたんじゃないだろうな。
 ん、ちょっと待てよ。
 あいつ、どこに泊まってるんだ。いつここに来た?
 もしかして――。
 嫌な予感がする。
「おい、急に止まってどうした?何か視えたか?」
「ああ。ちょっとここで待っててくれ」
 自分でもびっくりするくらい暗い声。
 返事も待たずに、あたしは歩き出す。
「おい」
 カガが手を伸ばしたが、軽く身体を捻ってそれを避ける。
 一直線に、あいつに向かって歩く。
 大通りから一本中に入ったところにあるカフェテラス。
 あたしは迷わずそいつの席へと向かった。
「よう」
 特に驚きもせず、そいつはあたしを迎える。
「どうした?まだジェイからの通達は何もないぞ」
「聞きたいことがある」
「突っ立ってないで座れよ」
 のんびり話をするつもりはまったくないが、周りの目もある。騒ぎを起こしたくないし、大きな声では言えないことだ。
 仕方なく椅子に座る。
「何か飲むか?」
「いい」
 奴は不満げに眉を寄せ、コーヒーを啜る。
「んで?何が聞きたい?」
「お前さん、いつからこっちに来てる?」
 あいつはあたしの質問に少し考えてから、答えた。
「1ヶ月ほど前かな」
 どくりと心臓が鳴る。
 いや、待て。まだ決まったわけじゃない。
「なんでそんな前から?」
「ジェイが他の領域にも手をつけようって言い出してな。それで俺は第二区域を物色してた。お前もまさかこっちに来てたとは思わなかったが」
「こっちに来て、何かしなかったか?」
「は?何かって何だよ?」
 あたしは声を落とす。
「誰か襲わなかったか?」
 あろうことかこいつは口角をあげ、下卑た笑いを漏らしやがった。
「どうかな、襲ったような、襲ってないような」
 にやにやと、腹立たしい笑みを浮かべる。
「女を襲わなかったか?人間だ。アジア系の若い女だ」
「さあ、どうかな」
「おい!」
 ガンッとテーブルを叩く。
 あいつの鬱陶しい笑みが消えた。
「何怒ってるんだよ」
「探してるんだよ。用事があるんだ。お前、殺したか?」
「さあ、覚えてない」
 両手を広げ、肩をすくめる。
「殺った奴の顔なんざ、いちいち覚えてるわけないだろ」
 胸糞悪い。
 最低な奴だ。でもこういう時、あたしもその仲間なんだってことを痛感させられる。もし逆の立場だったら、あたしもこいつと同じ台詞を吐いてただろう。
 ちくしょう。
「けど、確かに女は一人殺した。言われてみれば、アジア人だったかもな。山に捨てた。騒ぎになって計画に支障があっても困るからな」
「どこの山だ?」
「向こうの山だったかな」
 あたしは男の指差す方角に目をやる。千里眼を使って、山とやらを探す。確かにその方向に山はある。わざわざ能力使わなくても建物の間から肉眼視できるんだが念のため。
 ぽつんと一軒だけ家があって、周りには何もない荒地。民家も少なく、人気がほとんどない。何かを捨てるには妥当な場所だ。
「赤い屋根の家の裏にある山か?」
「ああ、そうだそうだ。それだ。そのあたりに捨てた」
 あたしは席を立つ。
「おい、サツキ。ちょっと待て」
 あいつがあたしを呼び止める。
 その名で呼ばれるのが、酷く懐かしい気がした。それと同時に、不愉快にも思えた。
 まるで、自分の名前じゃないみたいで――。
「……何だよ」
「ちゃんと奴らを見張っとけよ」
「……わかってるよ」
「逆らうなよ。殺されるぞ」
「……わかってる」
 わかりたくもないが、嫌というほどよく知ってる。
「ならいい。俺はお前のこと結構気に入ってるからな。くれぐれも変な気は起こすなよ」
 あたしは何も返さず、その場を後にした。
 ちくしょう。
 なぜだかわからないが、怒りがこみ上げてくる。
「おい」
 後ろからカガとレイ様がついてくる。
 無視だ。今は和やかに話なんかできない。
 あたしは能力を使って道を進む。
 ぐるぐるぐるぐると考えが巡る。
 自分の身を守るためにも、組織はでかくなってもらわなきゃいけなかった。だから、いくらでも手を貸した。
 他に選択肢なんてあったか?
 あるわけない。
 これしかできなかった。この道しか、残されていなかったんだ。他人のことをかまってる余裕なんてない。死のうが生きようが、知ったこっちゃない。じゃないと、こっちがやられるんだ。
 赤い屋根の家が見えてきた。
 恐くてまだその先を視ていない。
 1ヶ月も前のことだ。彼女は見る影もないくらい、ぐちゃぐちゃになってるだろう。
 能力を使う。
 今見ている風景が透けていき、目前に山が迫ってくる。実際に自分が移動したわけではない。望遠鏡の倍率を変えるかのようにして、遠くにあるものを近くに映す。他の風景と重なってはいるが、視たいものだけ濃く視ることができる。
 山の中を探す。意識をすれば草木にとまっている小さな虫さえも視ることができる。
 どこだ。
 もし見つけたとしても、死後1ヶ月経ってるんだ。判別なんてできないだろう。でも、見つけなきゃいけない気がしてならなかった。探し人であっても、そうでなくても。なんとなく、そんな気がした。
 なぜだろう。
「おい、マヨ」
 カガがあたしの肩を掴む。
 傍から見たら、ただ突っ立っているだけにしか見えないだろう。
 けれど、あたしの目はそれを捉えていた。
「見つけた」
 山の中腹辺りだ。姿形がわからないほどぐちゃぐちゃになってて、探し人なのかどうかなんてさっぱりわからない。
 だけどあたしにはわかる。その腐乱した有機物が彼女だったってことが。
 残留思念。
 生前の彼女があたしの目に映し出される。写真よりもよっぽど綺麗な人だ。明るくて、元気で、笑顔が似合う女性。その顔が、恐怖に顔を引きつらせる。あいつだ。背後からそっと近づき、彼女にナイフを突きつける。そして人気のないところに連れて行き――。
 胸糞悪い。
 目を閉じてもその光景が続く。
 これはあたしの意思ではどうにもできない。目を背けたいけど、できない。
 ちゃんと見ろってことか?
 見てどうしろってんだよ。
 あたしのせいだって言いたいのか?あたしの能力が、あいつらを増長させたって。
 彼女の悲痛な表情。それを最後に、映像は途切れた。
 知るか。知ったことか。あたしには関係のないことだ。他人のことなんかいちいち気にしてられるか。
 それなのに、何でだろう。何でこんなにもやもやするんだ。何でこんなにも痛いんだ。
「あの部屋は片付けた方がいい。いくら待っても無駄だ。借主はあそこにいる。もう帰ってこない」
 早口にそう告げる。
 レイ様の顔はもちろん、カガの顔でさえ見れなかった。
 見なくてもわかる。レイ様が悲しんでいるのが。
 こんな気持ち、初めてだ。
 今まで数え切れないほど悪行を重ねてきた。さんざん人のものを奪ってきた。傷つけてきた。殺してきた。
 はじめは申し訳ない気持ちがあったんだろう。けれども数をこなすうちにどんどん消えていって、やがてそんなこと考えなくなった。
 今、それが目の前にある。
 すぐ隣で、悲しんでいる人がいる。
 どうしてそんなに悲しむんだよ。赤の他人じゃないか。
 どうして――。
 どうして、あたしが責められている様な気分になるんだ。
「わかった。帰ろう」
 レイ様が悲しそうにそう言った。
 帰る?どこに?
 あたしに帰る場所なんてない。
「マヨ」
 レイ様があたしの手を握る。それを、反射的に振り払った。
「おい、こら」
 カガが非難の目を向ける。
 そうだ、それが正解だ。あたしに向けられる目は、好意であってはならない。
「もうわかってるんでしょう?あたしは、彼女を殺した奴らの仲間だ」
 レイ様が悲しそうな表情で、あたしを見つめる。
「さっさと第四区域に容れるか、殺した方が身のためですよ」
「違う」
 レイ様だ。首を横に振る。
「マヨは違うよ。あんな連中と一緒じゃない」
 何を言ってるんだ。何でそんなこと言い切れるんだ。
「どうしてっ……!?」
「マヨ、帰ろう」
 レイ様が手を差し出し、一歩前に出る。
 あたしは、一歩後ろに下がる。
 ダメだ。耐えられない。これ以上はダメだ。
 気づけばあたしは走り出していた。いや、正確には逃げ出していた。
 街中に逃げ込み、裏路地を駆け抜ける。
 カガが追いかけてきていたが、捕まえられるわけがない。
 あたしにはこの目がある。カガが行こうとする方向と逆の方向へ走ればいい。逃走においてあたしに敵う奴なんてそうそう居ない。余程のことがない限り、どんな奴だろうと逃げ切れる自信がある。
 でも今はそんな余裕などなく、ただがむしゃらに走っていた。全力で、前へ前へと駆ける。
 何をそんなに怯えてるんだろう。何から逃げたいんだろう。
 それでも、ただただ逃げ出したくて――。







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