-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之拾


 

 小鳥のさえずりで目が覚める。
 視線をさ迷わせ、壁に掛けてある時計を見る。
 午前4時半。
 日が昇るにはまだ早い。
 普段なら二度寝と決め込む。こんな中途半端な時間に目覚めたことに舌打ちすらしているだろう。でも、今は好都合だった。
 やらなきゃいけないことがある。
 さっさと布団から出て、身支度を整える。極力物音を立てないように、慎重に。
 抜き足、差し足、こっそりと部屋を出て、廊下を進む。
 気づかれたくなかった。何を言えばいいのかわからなくて。
 ここの人達はきっとあたしを止めるだろう。優しいから、心配してくれるだろう。
 余計な負担はかけたくなかった。これはあたしの問題だから。
 この家の造りからして、玄関に行くには無駄に広いリビングを通り抜けなければならない。
 リビングの扉をそっと開ける。
 やっぱり。
 さっきからちらほら透視で見えていたけど、やっぱり居た。
 レイ様とイク様だ。
 お二人仲良くソファーに座って雑誌を見ていた。
 なんでこんな時間に。
 そう思ったけど、答えはわかる。たぶんあたしだ。なんとなく、予想ついてたんだろう。あたしの行動、単純だからな。
 一番知られたくない人たちだった。何も告げずに、出て行ってしまいたかった。
 レイ様はあたしを見ると、少し眉根を寄せる。イク様は泣き出してしまいそうな表情だった。
 家族でもなんでもないのに、どうしてそんな顔をしてくれるんだろう。
 嬉しいけれど、でも、それに甘えていられない。
 あたしは覚悟を決める。
 お二人の下に近づく。緊張を隠すかのように、意図的にゆったりとした動きで。
「おはよう。ずいぶん早いね」
 レイ様だ。イク様は目じりに涙を溜めたり、しかめっ面したり、百面相をしている。
 何を言えばいいのかわからないのは、お互い様だ。
 あたしはお二人に、おはようございます、と返す。
「体調はどう?」
「ええ、おかげさまですっかり元気です」
 あれだけ辛かったのに、今では嘘のように身体が軽い。絶好調だ。
「そう、よかった」
 レイ様はそうつぶやくと、また雑誌に視線を戻す。
 イク様は相変わらず百面相中だ。
 あたしは意を固めた。
「レイ様、イク様、大事な用事があるので、あたしはうちに帰ろうと思います」
 数秒の間。
「こんな時間に?」
「こんな時間だからこそです」
 あたしはいつになく真剣な表情で語りかける。
「ご存知の通り、あたしは能力を使って第二区域に侵入しました。正規のルートじゃない方法でここに来たんです。正規のルートでは帰れません」
 半分本当のことだが、半分は嘘だ。
 日中だろうが夜中だろうが、あたしの能力があれば関係ない。力を使って見張りの目を掻い潜っていけばいいんだから。ただ闇夜にまぎれた方が動きやすいというのはある。だから半分は本当。
 もう半分は、やっぱりレイ様達と鉢合わせして気まずくなるのが嫌だったから。
 できることなら、何も言わずに出て行ってしまいたかった。
「行っちゃうの……?」
 耐え切れなくなったのか、イク様がぽろぽろと涙を零す。
「すいません。でも、あたしはここの住人じゃないんで」
「そんなことないよ!」
 イク様の頬を涙が濡らす。
 そんなことないって言ってくれるのは嬉しい。すごく嬉しい。でも、違うんだ。あたしと貴方達は住んでる世界が違いすぎる。
 レイ様は優しくイク様の頭を撫でる。
 レイ様もどこか悲しそうだ。
 そんな顔、見たくなかった。悲しませたいわけじゃない。でも、どうしてもけじめはつけなきゃいけない。ちゃんと清算しなきゃ、次へは進めないんだ。
 あたしはお二人に深々と頭を下げ、背を向ける。
「また、戻ってきてくれるよね……?うちに来てくれるよね……?」
 イク様が涙ながらに訴えてくださる。
 正直、迷った。
 あたしなんかが一緒にいていいんだろうか。いや、それよりも、また会えるだろうか。
 迷ったけれど、あたしは答えを出した。
 あの時は曖昧にしたけれど、今はそうしたくない。
 覚悟を決めた。
「今度はちゃんと遊びに来ます。そしたら、イク様絶賛のお店でケーキ食べましょう」
 振り返り、そう答えた。
 「仕方ない」を都合よく使うのはやめにしよう。言い訳したって何も始まらない。現状が変わるわけじゃないんだ。
 それに、この人達の悲しい顔なんか見たくない。心からそう思ったんだ。初めて、そう思えたんだ。自分以外の誰かを、大切にしたいって。
「大丈夫です」
 心配そうなレイ様に、笑顔で告げる。
 本当は全然大丈夫なんかじゃない。でも、そう言うしかない。そしてそれを未来に変えるんだ。そのために、あたしは進む。
「約束」
 レイ様が小指を差し出す。
「約束します」
 あたしはそれに小指を絡める。ちゃんと約束を果たすつもりで。
「それじゃ、いってきます」
 あたしは深々とお辞儀をして、この温かい場所から去った。
 結局最後まで、お二人は心配そうな表情のままだった。笑顔を見たかったんだけど、見れなかった。
 でも、あたしがまたここに帰ってこれたら、その時はとびっきりの笑顔を見せてくれるだろうか。
 うん、その時までおあずけにしとこう。
 外に出て、深呼吸する。
 ここから先は、一世一代の大勝負。文字通り、命を掛けた大博打だ。
 しっかりと大地を踏みしめ、歩き出す。
 夜明け前のこの街は、不気味な静けさだった。
 昼間の平和はどこへやら、裏路地には生きてるのか死んでるのか転がってる奴がいるし、堂々と得物を持って歩いてる奴もいる。今まさに、人を襲おうとしている奴だっている。
 真夜中や明け方は、いくら平和な第二区域でも理不尽な暴力が横行してる。
 なんだ。ここもちゃんと「ごみの掃き溜め」やってるじゃないか。
 あたしは、抜き身のナイフを手に持ってうろちょろしてる奴に近づいていく。
 そいつはあたしが間近まで行くと、動揺した。
 その理由はわかる。あたしの見た目だろう。この色の違いすぎる不気味な両の目は、恐怖心を呼び覚ましてしまうみたいだ。もしかしたら、妖魔と勘違いしたのかもしれない。慌てるのも当然だ。よほどの能力者じゃないかぎり、ただの人間じゃあ妖魔に勝てない。
 その萎縮を突いた。
 そいつの横を通り過ぎるかのように近づいた瞬間、鼻っ柱に拳を叩き込む。叩き込むと同時に、ナイフを奪った。
 そいつは短い悲鳴を上げると、顔を押さえてその場にうずくまった。
「こんな物騒なもん持ってうろちょろしてんじゃねーよ馬鹿。こいつは没収だ」
 なんてことは建前で、本当は武器が欲しかっただけなんだけど。
 だいたいあたしを見て怯えるような奴が、こんなもん持って粋がってんじゃねーよ、まったく。弱い奴は家の中に閉じこもってろ。
 今度はあたしが抜き身のナイフを堂々と手に持って、街中をうろちょろする。ただの危ない奴に成り下がったけど、この時間帯だ。許してもらおう。そもそもこんな時間に外をうろちょろしてる奴なんざ、あたしを筆頭にろくでもない奴ばかりなんだし。
 そして、これからろくでもないことをやらかすつもりだ。
 あたしは能力を使う。
 あいつのことだ。この時間帯に物色してるはずだ。第三区域ならともかく、ここは最も平和な第二区域だ。昼間おおっぴらに悪事は働けない。
 透視と遠視であいつを探す。人が少ないと楽だ。動いてる奴だけを視ていけばいい。
 ああ、ほら、居た。簡単に見つけられる。
 あたしは一直線にそこに向かう。
 大通りから一本中に入ったところにあるカフェテラス。昼間、あいつが優雅にお茶を楽しんでいた店だ。
 あたしは店の中に入る。簡単に入れることを知っている。あいつが先に侵入しているからだ。
 どうやら客として入って、じっくり下見をしていたらしい。あの野郎、おもしろがってわざと目立つように事件を起こそうとしてやがるな。この店の次は、おそらく大通りにある店を狙うだろう。
 店の二階は店主の住居になっている。あたしは迷わず二階へ上がる。
「あたしだ。攻撃するな」
 声をかけ、寝室に入る。
 店主夫妻が縄で縛られて床に転がされている。
 すぐに殺さないのは、さんざん怯えさせていたぶって、たっぷり楽しんでからということだろう。腐ってやがる。
 でも、そんな奴と同じようなことをあたしもしてたんだ。自分自身にも嫌気がさしてくる。
「何か用か?今更来ても、分け前はやらんぞ」
「いらんわい」
 そう返しつつ、あいつに近づいていく。実に自然な動きで。
「ちょっとお前さんに用事があってな。こんな時間なのは、あれだ。人目につくのを避けたくてだな」
 そんな風に話しかけながら、一歩一歩近づいていく。
 そして、間合いに入った。
 瞬間、あたしはあいつの首にナイフを突き立てる。至近距離だ。しかも見知った相手と油断してる。避けれるはずがない。
 悲鳴の代わりに、口から大量の血が零れ落ちる。
 あいつはあたしを睨みつける。
 ただで済むと思うなよ。そう言われているようだった。
 わかってる。こっちだって覚悟の上だ。
 あいつは床に倒れ伏した。
 くぐもった悲鳴があがる。店主夫妻のものだ。
 さて、どうしようか。こっちも後が詰まってるが、このまま放っておくってわけにもいかないだろう。
 あいつの腰から剣を抜く。どうせこいつはもう使えないんだ。あたしが貰ったっていいだろ。
 剣を手に持ち、あたしは妻の方に歩み寄る。
 恐怖に怯えた顔で、彼女はあたしを見つめる。
 おいおい、そんな顔しないでくれよ。こっちは殺す気なんてこれっぽっちもないんだ。
 けど、そんな目で見られても仕方がない。紛れも無く、あたしはこいつの仲間だったんだ。同類なんだ。
 夫の方が、何やら喚きながら這いつくばって来る。猿轡をされているからはっきりとはわからないが、たぶん、やめろとか妻に手を出すなとか、そういったものだろう。
 今までのあたしだったら、何温いこと言ってるんだってあざ笑ってただろう。
「安心しな。殺す気なんてないよ」
 夫に向かってそう言い、妻を縛っていた縄を切ってやる。ついでに猿轡も外してやった。
 彼女はカチカチと歯の根を鳴らし、震えている。顔は真っ青。当然だろう。
「よしよし、もう大丈夫だ」
 あたしは彼女を抱きしめ、優しく頭を撫でてやる。レイ様がそうしてくれたように。
 彼女の震えが、あたしにも伝わってくる。声にならないのか、呻くように泣いている。
 一生、心に傷が残るかもしれない。
 今まで、そんな風に考えたことなんてなかったな。
 ズキリと胸が痛む。
 あたしが今まで傷つけた人達は、これ以上の痛みを伴い、今も苦しみながら生きているだろう。
 今更後悔しても、もう遅い。
「領主様に助けてもらえ。ここの領主様は善い人なんだろ?それで、伝えてくれ。第三区域から悪党が大量に入り込んでくるかもしれないって」
 あたしは最後に彼女を強く抱き締め、ごめんな、とつぶやいた。
 何の謝罪なのか自分でもよくわかってなかったけど、どうしても言っておきたかった。
 未だ恐怖に震える彼女を放し、ナイトテーブルの引き出しを開ける。拳銃があった。だいたいみんな護身用に持っている。今回はそれを使う暇さえなかったってだけだ。
 あたしはそれを手に取る。弾を確認する。ちゃんとある。
「これ……借りていくな」
 貰うと言いそうになって、慌てて訂正する。
 そうだ。貰うんじゃない。借りるんだ。ここに、返しに来なきゃいけない。生きて、ちゃんと返しに来るんだ。
 夫の縄も切ってやる。すぐに夫は妻の下へ駆け寄り、彼女を抱き締める。
 あたしはそれを横目に確認し、その場から離れた。
 さて、これからが本当の勝負だ。
 空はまだ薄暗い。太陽はまだ目覚めていない。
 あたしは走り出した。第三区域へ。







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