-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之拾弐


 

 鶴の恩返し。
 あたしが唯一知っているといっていい、祖国の童話だ。
 たらいまわしにされた親戚の家で、絵本を見た。
 助けてくれた人のために、自分を犠牲にしてまで恩を返す話。
 それを見たあたしは、馬鹿みたいだって思った。
 誰かのために自分を犠牲にするなんて、馬鹿げてる。誰だって自分が一番可愛い。他人は所詮他人だ。あたしのために誰かが身を挺して何かをしてくれることなんてなかった。ただの綺麗事。胸糞悪い御伽噺。
 でも、それを羨ましいとも思えた。
 誰かのために動けたら。自分のために誰かが動いてくれたら。
 そんなふうになれたら――。
 あたしは今、あの頃のあたしに胸を張れるだろうか。
 ヒュー、とジェイが口笛を吹く。
 霞がかっていた頭が、急速に晴れ渡っていく。
 そうだ。今は思いを巡らせている時ではない。文字通り命を賭けた大勝負の最中なんだ。
「5人抜きおめでとう」
 ジェイはまるで役者のように台詞を吐き、大げさに拍手してみせる。
 ほんと頭にくる。こいつは人を挑発するのに関しては天才的だ。
「じゃあどんどん次にいこうか」
 次の奴が前に出る。
 あたしの周りには、5人、倒れている。もちろん、やったのはあたしだ。
 あたしが女だからってなめてかかってくるからだ。こいつらの武器は角材やバッドばかり。さっさと殺さずに、長くいたぶって苦痛を味あわせてやろうって魂胆だ。全員ぶった斬ってやった。こっちだって腕っ節には自信ある。
 でも、頼りの剣も、もう折れてしまって使えない。
「くそっ……ぜってー、ぶっ殺して……やる……っ……」
 虚勢を張るが、誰の目から見ても、あたしがボロボロなのは明らかだ。
 肋骨、何本いったかな。鼻血のせいで口の中まで血だらけだ。余計に息がしづらい。いくら息を吸っても空気が入ってこない。苦しい。
 次の男が、角材で殴りかかってくる。
 剣は折れてはいるが、相手を傷つけるには十分の威力を発揮する。
 角材が振り下ろされたところを、一気に間合いを詰める。相手もそれを見越していたのか、拳を振るう。
 同時だった。相手の拳があたしに当たるのと、あたしが剣で殴りつけるのと。
 ただ威力からして、あたしの方がはるかに強力だ。男は、ぎゃっ、と声をあげ、首から派手に血を噴き出して倒れた。
「ごほっ……ごほ……っ……」
 拳を喰らったせいで、右目の視界が悪くなる。激痛と、どろりとした感触が頬を伝う。
 倒れそうになったのを、足に力を入れてなんとか踏ん張る。
「6人抜きおめでとう」
 あと何人だ。少なくともあと10人はいる。こいつら全員ぶっ倒さないとジェイにはたどり着けないだろう。いや、もしかしたらそろそろ全員でかかってくるかもしれない。
 でも、倒さないと。そうじゃなきゃレイ様に迷惑がかかる。
 こいつら倒して、もう一回会って、それで、どうしようか。そうだ、ごめんなさいしなきゃな。不法侵入してごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。それからありがとうだ。優しくしてくれて、ありがとう。
「7人抜きできるかな?」
 7人目の男が前に出る。また角材だ。なめやがって。今度はこっちから攻撃してやる。
 間合いを詰めようとしたその瞬間、足をつかまれた。
 見ると、倒したはずの男だ。しまった、まだ息があったか。
 それに気を取られ、反応できなかった。
 視界が揺らぐ。脳が振動する。身体の内側から、ごっ、という鈍い音を聞いた。
 気づけば、その場に倒れていた。
 頭が焼けつくようだ。熱い液体がどんどん溢れ出してくる。
 でも、ここで倒れるわけにはいかない。
 気力で立ち上がろうとするが、もうすぐそこに次の攻撃が迫っていた。
 咄嗟に左腕でかばう。激痛。
 ああ、折れたな、ってのがわかった。
 さらに衝撃。たぶん蹴り上げられたんだろう。もう何がどうなったのかわからなかった。
 天井が見える。天井に、男の影が差す。角材が振り下ろされた。
 反射的に両腕でかばう。
 これで右腕もたぶん折れただろう。
 さらに角材が腹に振り下ろされる。
 自分のうめき声が、どこか遠いところから聞こえているようだった。
 意識が朦朧とする。
「最後通牒だ。俺達に協力するか?」
「だ、れが……お前ら、なんか、と……」
 断固拒否に決まってる。絶対に協力なんてしてやるもんか。
「そうか。じゃあ死ね」
 ここで死ぬわけにはいかないんだけどなぁ。
 がんばったけど、ちょっと無理っぽいな。
 あたしが死んだら、レイ様悲しんでくれるかな。いや、ダメだ。知らないほうがいい。そうだ、もしかしたらあたしが裏切って仲間に襲わせたって思うかもしれない。うん、そうだ、それがいい。それであたしを恨んでくれたらいい。恨んで、嫌ってくれたらいい。あたしが死んだことも知らないまま、時間が経って、忘れてくれればいい。
 どうか、悲しまないように――。
「マヨ!」
 どうしてだろう。レイ様の声が聞こえた。
 僅かに身をよじって見ると、レイ様がいた。
「何だお前ら」
「はいはい、ちょっとどいてくれ」
 カガの声も聞こえた。
「あ、れ……?幻覚……?」
 かろうじて動く右腕を伸ばす。
 重力ってこんなに重たかったっけ。すぐに崩れ落ちそうになるその手を、レイ様が握ってくれた。
 もう感覚が麻痺しててよくわからなかったけど、でも、温かいって思ったんだ。
「本物」
 あたしの手をしっかり握って、レイ様が言った。
「ど……して……?」
「マヨ、うちに帰ろう」
 かすんだ目で見えたのは、泣き出しそうなレイ様の顔だった。
 ああ、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。こんな顔が見たかったわけじゃないんだ。
 あたしはただ、レイ様の笑顔が見たかっただけなのに。
「もう大丈夫だから。マヨが傷つく必要なんてないから」
 レイ様の震えた声。
 ダメだな、あたしは。なんで傷つけることしかできないんだろう。本当に情けない。
「感動の再開はもういいか?」
 ジェイが、下卑た笑みを顔に貼り付け、レイ様に角材を振り下ろす。
 危ない。叫ぶ暇もなかった。そして、カガの出る幕もなかった。
 その角材は、レイ様に触れる前に粉々に砕け散ったからだ。
「え……?」
 下卑た笑顔が、固まった。
 別の男が角材でレイ様に殴りかかる。
 しかしそれも先ほどと同様に、角材がレイ様に触れる寸前、粉々に砕け散った。
「なっ……?」
 レイ様が奴らに振り返る。
 殴りかかってきた男。レイ様はそいつの身体に、とん、と触れただけ。
 たったそれだけで、そいつはその場に崩れ落ちた。ぴくりとも動かない。
 まるで時間が止まったかのようだった。空気が凍りついていた。
 あたしも、一体何が起こったのかわかっていなかった。ただ思ったのは、実はレイ様は高レベルの能力者で、めちゃくちゃ強いんじゃないかってこと。
 奴らが一斉にレイ様に襲い掛かるが、どの攻撃もレイ様には届かず、触れることさえかなわない。奴らは次々と倒れていく。
「こいつ!」
 ジェイがナイフを取り出す。
「どういう仕掛けか知らんが……」
 ジェイはその首を掻き切ろうと、ナイフを振るが――。
 レイ様はそのナイフを掴んだ。易々とジェイの攻撃を止めた。一滴の血を零すことなく、傷さえつけることもなく。
 レイ様に触れられたナイフは形を保つことが出来ず、ぼろぼろと崩れ落ちる。
「なんだ、お前は……」
 レイ様はジェイの腕を掴む。
 ジェイはレイ様の腕を振り払おうとしているが、なぜかそれができない。
「噂ぐらい聞いたことあるでしょ」
 その言葉は、あたしの耳にも届いていた。
「第二区域の領主は、死を司る神様だって」
 なんだ、そっか。
 道理で強いわけだ。こいつらが束になっても敵わない。あたしなんかがでしゃばらなくてもよかったんだ。
 ああ、そうだ。
 よかったんだ。
 レイ様が、傷つくことにならなくて。
「マヨ!」
 レイ様がまたあたしのもとへと駆け寄ってくる。ジェイは倒れ伏して動かない。
 あたしを見るレイ様の表情は、やっぱり泣き出しそうな顔だった。
 そんな顔、させたくなかったのに。ほんとに馬鹿だな、あたしは。
「マヨ、うちに帰ろう。イクが待ってるよ」
 忘れるわけない。イク様と約束してたんだ。一緒にケーキ食べに行こうって。
 でも、ちょっと難しいかな。
「マヨはうちの子になればいいよ。ずっとうちに居ればいい」
「いいな……それ……」
 もっと早くに出会っていれば。
 でも時間は戻せないし、こんなことになったのもあたしの生き方が悪いからだ。散々悪事を働いてきたんだ。自業自得。
 だから、優しくしてくれた人達に、何か出来たらいいなって。これが最期になんかしたくなかったけど。
「じゃあ帰ろう。ずっと一緒に居よう」
「あ……しも、ずっと……一緒……居た、かっ……」
 ああ、まずい。視界がどんどん黒く染まっていく。何も聞こえなくなっていく。
 そうだ、最期に伝えなきゃ。言いたかった言葉を。
「レ……様、ごめ……なさい……そ、から……ありが……と……」
 ちゃんと言えたかな?
 ちゃんと伝わってたらいいな。
 それが最期だった。
 あとはもう何もわからなくなった。







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