-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之拾参


 

 あたしは真っ白な世界にいた。
 すごく焦ってた。なんでこんなに焦ってるのかわからないけど、とにかくどうにかしないとって思ってた。
 白い世界の中をひた走る。身体が重くて、息が苦しくて、それでも必死に走った。走って走って、言わなきゃいけないって思った。
 ああ、そうだ。言わなきゃいけないんだ。会って、ちゃんと言わなきゃ。
 違うんだ。そんなつもりじゃなかったんだ。
 どうか、どうか、泣かないで。
「……っ!」
 目が覚めた。
 白い天井が見える。
 どうやらベッドに寝かされてるようだ。
 ちょっと状況が理解できない。
 身体がすごくだるくて、重くて、動きそうに無い。
 それでも何とか首を、ちょっとだけ横に向ける。
「マヨ?」
 レイ様がいた。
 イク様もいる。
 覚えてる。ちゃんとわかる。
「わっ、わわっ、マヨが……」
 イク様は慌てて立ち上がると、勢いよく部屋を出て行った。
 マヨが起きたって大声で叫びながら。
 そんな大声も出るんだなって思った。意外な一面だ。
「マヨ、私のことわかる?」
 あたしは頷く。
 わからないわけがない。
 鶴の恩返しをしようと思ったんだ。結果は失敗だったけど。
「マヨ!あんたねぇ!」
「おい、こら!クソガキ!」
「お前何やってんだよ!」
 壊れんばかりに扉が開け放たれたかと思うと、三者三様の怒鳴り声を上げる。
 カガとチキとイツカだ。
 三人の勢いに押されて、最後におずおずとイク様が部屋に入る。
 なんか、相変わらずだなぁって。長い間ずっと一緒にいたわけじゃないのに、なんだかそれがすごく懐かしかった。懐かしくて、温かかった。
「こんな無茶なことするんだったら、本気で監禁するわよ!?あんたの周りにずーっと結界張って拘束するわよ!?」
「この俺にどれだけ迷惑かけたかわかってんのか、このガキ!」
「お前、僕の料理はもう食べたくないってことか!?そんなことばっかりするんだったら、もう二度と食べさせてやらないからな!」
 三人ともすごく怒ってる。そりゃそうだろう、うん。
 迷惑かけないようにって動いたのに、結局こうやって迷惑かけてる。申し訳ない。情けない。
「みんな、心配したの」
 レイ様が悲しそうな顔をする。でも、頭を撫でてくれた手は、すごく温かくて優しかった。
「ごめんなさい」
 ごめんなさい。
 そうだ。言いたかった言葉。ようやく伝えることができた。
「もう、マヨの馬鹿」
 イク様が、あたしの頬にそっと手をそえる。
「どうして何も言ってくれなかったの?一人で抱え込まないでよ。いくらだって力を貸してあげたのに」
 泣きそうな顔で言われた。
 本当にダメだな。こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
 泣かないで。どうか、涙を零さないで。
 ああ、くそ。身体が動いたら涙を拭えたのに。それで気の利いた台詞をひとつぐらいは吐いたのに。
「……ごめんね」
 本来ならあたしが言うはずの言葉を、なぜかレイ様が零した。
「……どうして?」
「ごめんなさい」
 なぜかイク様も謝る。
「違うよ、謝るのは……」
 あたしの方なのに。
「違うの」
 イク様がかぶりを振る。
「私の我が儘。私がお姉ちゃんに、たとえマヨが死んでいても連れて帰ってくるように頼んだの」
「えっ……と……?」
「マヨ。貴女は確かにあの時死んだ。それはわかる?覚えてる?」
 レイ様の説明で、最後の記憶を呼び起こす。
 確かジェイ達にぼこぼこにやられて、感覚が麻痺して、何もわからなくなった。気づいたら、ここだ。
 うん、死んだ。あの怪我は、到底生きていられるようなものじゃない。
 あれ?じゃあ何であたしは今ここにいるんだ?
 左腕にギプスがはめられてて、右腕も包帯ぐるぐる巻き。頭にもある。肋骨は、大丈夫みたいだ。痛くない。内臓も平気らしい。
 ジェイ達にやられた記憶と、今怪我をしている箇所は一致している。けれど、どれも程度はかなり軽くなっている。
「マヨは私が生き返らせたの。死んでからちょっと時間が経ってたから、完全には治せなかったけど」
 うん?ちょっと何言ってるのかわかんないぞ。
「マヨ、私はね、生を司るの」
 えーと、どういうことだ?
 何て返せばいいのかわかんない。
 あたしは困って、レイ様に助けを求める。
「マヨは聞いたことない?第二区域の領主は、死を司る神様だって」
 ああ、そういえばそうだった。
 じゃあ妹のイク様もそういう力を持っていて当然だ。なんてったって神様なんだから。
 つまりあたしは、第二区域の領主に泥棒に入ったということだ。アホだな、ほんと。
 ジェイのやつらも、第二区域の領主の家に押し入ったところで、神様が相手だ。何もできるはずがない。返り討ちに合うだけだ。
「まさかあんな行動取るなんて思わなかったわよ」
 チキが呆れた顔で言った。
 そりゃそうだ。あたしがどうこうしなくても、レイ様は自分の身は自分で守れる。それどころか、この第二区域に住む者の命も守れてしまうぐらいの力を持ってるんだ。あたしがでしゃばる隙間もない。
 言ってみれば、無駄足。それこそまさに無駄死にだ。
 いや、違うな。そうじゃない。
 あたしは自分を顧みることができた。今までの自分にけりをつけることができた。
 それに何より、レイ様とまたこうして――。
「あのね、マヨ。聞いて」
 イク様は悲しそうな表情を浮かべる。
 なんだかあたしも悲しくなってくる。
「私は生を司るから、死んだ人間も蘇らせることができる。ただ……」
 すごく申し訳なさそうだ。
 ああ、あたしが先走っちゃったから。すごく迷惑かけちゃったな。
「蘇った人間は、人間じゃなくなる。時間から取り残されて、老いることもなくなる。私がいる限り、勝手に死ぬことはできなくなる」
 だから、ごめんね、と。
 なんだ、そんなことか。
「そんな顔しないでください」
 なんとか動く右腕を、必死に伸ばそうとする。
 ああ、もう、なんてポンコツなんだ。何て弱いんだ、あたしは。もうみんなに心配かけないためにも、もっと強くならなきゃ。
 すぐに重力に負けそうになった手を、レイ様とイク様が握ってくれた。
「そんなの、気にしない。むしろ、好都合じゃないですか」
 レイ様が言ってくれたんだ。
 覚えてる。すごく嬉しかったんだ。
「ずっと一緒に居られる」
 あたしが今までやってきた罪は消えないけど、償うことができる。今度はいっぱい善いことをして、生きていける。
 誰かのために。そんなふうに、なれるような気がするんだ。
「マヨ、これからはずっと一緒だから」
 レイ様もイク様も笑ってくれた。ようやく見えた笑顔。
 そう、それが見たかったんだ。
「おかえり、マヨ」
 怪我は痛くて、自分の弱さと情けなさにすごく泣きそうだったけど、でもあたしはきっと満面の笑みで言ったに違いない。
 ただいまって。







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