おしゃれな洋館だった。
第三区域の領主は悪魔だって聞いてたけど、この家に住んでるのかと思うとちょっと複雑な気分になる。ほんとに悪魔なんだろうか。
待ち構えていた従者がすぐに門を開ける。
悪魔の館なのに、使用人が人間なのか。変わってる。
案内された部屋に、レイ様を先頭にして足を踏み入れる。
「やあ、いらっしゃい」
待ち構えていたのは、優男だった。
金の髪に、青い瞳、白い肌。悪魔と言うよりも、天使を髣髴とさせる。
その隣に座っているのが、鬼だった。
額には鬼の象徴である角。黒い着流しのようなものを身につけている。そして金棒が立てかけられている。
なんてわかりやすい鬼なんだ。
レイ様はちらりと時計を見る。
「大丈夫です。遅刻じゃないですよ。私が暇だったもので、早く来すぎたのです」
鬼なのに、意外と口調は丁寧だ。
「どうぞ」
優男、いや、第三区域の領主がソファを勧める。
応接間なのだろう。そう広い部屋ではなかった。
洋風の、あえてそういうふうにしているのか、アンティークっぽい家具ばかりだ。レイ様の住居とはまったく違う。まあ、あの家は和洋折衷でかなり独特だから、たぶんこういったインテリアが普通なのだろう。
レイ様とイク様がソファに座る。カガとチキとイツカは、座らずにその後ろに立っている。
あたしはというと、レイ様に手を取られ、強制的にレイ様の隣に座らされた。
「レイちゃんが俺に連絡してくるなんて滅多にないから、楽しみすぎて待ちくたびれた」
第三区域の領主が微笑む。
レイ「ちゃん」か。
それだけで、この目の前の二人は、レイ様と対等の位置にいるんだということがわかる。でもそれが気に食わないのか、カガとチキからもれ出るぴりぴりとした空気が怖い。
それ以上に怖いのが、第三区域の領主がそんな二人をちらちら見ながら、嫌らしい笑みを浮かべていることだ。やっぱ悪魔だ。
と、失礼します、という声と共に、扉が開く。
給仕の人だろうか。
視線を向ける。
子供だった。女の子だ。間違いなく人間の。
ワゴンでお茶を運んできた。慣れた手つきでテーブルにお茶を置いていく。
こんな小さな子が給仕だなんて、驚きだ。
「あ、そいつらにはいらないから」
第三区域の領主がぞんざいに言い放った。そいつらっていうのは、カガとチキとイツカのことだ。まあ従者の立場であるし、客人扱いしてお茶を出すのも変なのだろう。
あたしは、うん、まだ正式に認められてるわけじゃないし、そのためにここに来たわけだし。でも後ろで殺気を溢れ出してる奴らが怖いので、お茶には手をつけないでおこう、うん。
女の子は全員にお茶を出し終えると、慇懃に礼をして、部屋から出て行った。
あんなに小さいのに立派だ。ちゃんと従者をしている。
礼儀作法から何から何まで、間違いなくあたしはあの子に負けてる。勉強した方がいいな。レイ様のためにも。
彼女が去るのを見届けてから、第三区域の領主は言った。
「さて、何を願う?俺にできることならなんだって協力しよう」
両手を広げ、どこか芝居がかった台詞。
あ、今、チキがイラッとしたな。背後からの空気が痛い。ほんと怖い。
たぶんこの第三区域の領主は、カガ達をからかうためにわざとやってるんだろう。
本当に悪魔だ。神と悪魔のどんぱちなんて洒落にならない。見たくないから止めてほしい。
レイ様は鞄から書類を取り出し、二人に渡す。
鞄は、みんながお持ちしますって言っても、レイ様は首を縦には振らなかったものだ。
それからあの書類はたぶん、レイ様が真剣な顔でタイピングしていたものだろう。何が書いてあるのか気になってこっそり覗こうとしたが、レイ様にダメって言われて諦めた。だからあたしにも何が書いてあるのかわからない。能力を使えばわかるけど、ダメって言われたのだ。やらない。
第三区域の領主と鬼が、書類に目を通す。
「ふーん、なるほどね」
第三区域の領主は、ざっと文字を目で追っているだけだ。対して鬼は、しっかりと読んでいる。
「このギャングのことは知ってる。特に最近やりたい放題やってくれていたから、こっちも取り締まろうかと思ってたところだ。レイちゃんが捕まえてくれたなら、手間がはぶけた。礼を言う。ありがとう」
悪魔からそんな言葉が出てくるだなんて思ってなかったから、あたしはちょっと驚いてしまった。
それから第三区域の領主はまた書類に目を落とし、しばらく目を通してから、あたしを見る。それを何度か繰り返す。
たぶん、あたしに関することが書いてあるのだろう。あたしのことを認めてもらうには、それは避けては通れない。何が書かれてあっても文句は言えない。
「何でも視えるのか。うらやましいのか、うらやましくないのか」
第三区域の領主が、あたしに話しかける。
「その目で、ずいぶん儲けただろ?」
意地悪な笑みだ。
否定しようかと思ったが、やめた。
さんざん盗みをやってきたんだ。でも荒稼ぎをしていたわけじゃない。稼いだところで使い道はこれといって無いわけだから、盗んだ金はただの生活費だ。
けどそれは言い訳に過ぎない。悪いことには違いないんだから。
あたしは返す言葉が見つからず、俯くしかなかった。
「なに、別に責めてるわけじゃない。生きてくために仕方なかったんだってんなら、それでいい。俺には関係ないことだ」
心底どーでもよさそうだった。
領主がそれでいいのかと思ったが、悪をきっちり取り締まるレイ様が異常なんだ。
「それで、判断は?」
レイ様が二人に問う。
あたしの心臓がうるさいくらいに脈打つ。もしダメって言われたら、あたしは第四区域に収容される。
あたしは緊張した面持ちで二人を見る。
「ん?判断?聞かなくともわかるだろう。犬っころが一匹、うちからそっちに住処を移しただけだ。俺は構わない」
鬼を見る。
あたしも、つられて鬼を見た。
「私も別に構いませんよ」
そう言った。
「お前にしては珍しいな」
「ええ、構いません。このギャングのことは私も小耳に挟んでいます。大変外道な行いをするそうで、私は会えるのを今か今かと本当に楽しみにしていました。残党をどんな拷問にかけようか、そう考えるだけで胸が躍って仕方ありません」
恍惚な笑みを浮かべる。
怖ぇ、この鬼怖ぇ。見た目も中身もわかりやすいぐらいに鬼だ。
「ですから、子犬一匹見逃すくらい些細なことですよ。それに、もう制裁は受けたでしょう?」
左腕にはギプス、右腕も包帯ぐるぐる巻きで、顔にはいくつものガーゼ。ボロ雑巾の状態だ。
「罰を受けたのであれば、私がこれ以上何かをすることはありませんよ」
先ほどとは違って、優しく笑いかけてくれる。
あたしは無言で、軽く頭を下げた。
「だいたい、私達には承諾するしかないでしょう」
「まったくだ。俺達が許可しなければ、許可するまで暴れただろ?」
「うん」
正直にレイ様は頷いた。
ええっ、暴れるって、そんな。
申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちとが入り混じって、またちょっと泣きそうになってしまった。
「この犬っころを俺が貰ったとしても、有効活用できるとは思えん。俺だと宝の持ち腐れだ。レイちゃんならうまく使うだろう。他の連中も何も言わないはずだ」
「そうですね。クリストファーさんは信用がありませんが、レイさんだったら問題無いでしょう」
「おい、こら。一言多いぞ。ブチ殺すぞ」
「このわんこを有効活用して、治安を荒らす賊共をどんどん捕まえてくれることを期待してますよ。奴らにどんな責め苦を味わわせようか、今から考えるだけでぞくぞくします」
うわぁ、本当に怖ぇこの鬼。極力目を合わせないようにしよう。
「そういうわけで、こっちとしては問題なし。うちで暴れられても困るしな」
「子犬いじめても全然おもしろくありませんし」
「じゃあ貰っていっても構わない?」
「構わない。この犬っころに関しては、俺は一切手出しないことを誓う」
「誓いましょう」
許された。認められた。
ということは、これであたしはレイ様達と気兼ねなく一緒に暮らせるということだ。
「やったぁ!」
イク様が人目もはばからず、あたしに抱きついて喜んでくれた。
ちょっと怪我が痛かったけど、そんなことは今はどうでもいい。
あたしも嬉しかった。
これでみんなの家族になれた。