-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第弐話:第弐区域
「終の棲家に辿り着いた野良犬の昔話」:其之終


 

「と、いうわけなんだ」
 全てを話し終える。
 未だに道中なのだが、あたしの話は旅のお供になったのだろうか。
 現在、移動中。シキが運転するバイクの後ろに、あたしはまたがっている。
 この原動機付き自転車は、先日あたしがシキにプレゼントしたものだ。もちろんメイドインジャパン。安心安全、高品質だ。ヘルメットもふたつプレゼントした。なぜふたつかって?あたしが後ろに乗ることを想定してだ。想定通り、役に立ってよかった。
 シキがどこに行こうとしているのかはわからない。もう第一区域を越えて、第二区域に入っちまった。
「マヨはさ、その段階に至るまで、レイ様が第二区域の領主様だって気づかなかったの?」
「うん。全然」
「鈍いんだか鋭いんだか、よくわかんないなぁ」
「そういうシキこそ、賢いんだか抜けてるんだか、よくわかんないじゃないか」
「うっさい」
 ミラー越しに窺うと、シキは恥ずかしそうな顔をしていた。
 普段は容姿に反してとてつもなく落ち着いてるけど、垣間見れるこういう仕草はなんだか微笑ましい。甘えてくれたりしたら最高なんだけど、シキの性格からしてないんだろうな。甘えるとしても、第一区域の領主様ぐらいか。ちきしょう、羨ましいな。もうちょっと時間が経てば、あたしもシキとそんな関係になれるだろうか。
「それで、どこ行くんだよ?まさか家まで送ってるとは言わないよな?」
「もうすぐ着くよ。この間、見つけたんだ。あ、ほら、あれ」
 シキが指したのは、店が立ち並ぶ一画。
 そのうちの一軒の前に、バイクを停めた。
 盗まれないように出来るだけ店のすぐ傍に寄せ、さらに鍵までつける。ヘルメットは持ったまま中に入る。
 こういうところ、ズボラなあたしとは違う。あたしだったらエンジンだけ切って、そのままにするだろうな。まあ、盗まれてもこの目があるからすぐに見つけられるって思ってるからだけど。
 店の出入り口には、暖簾が垂れ下がっていた。入り口両側には行灯もある。なんだかすごく和風のお店だ。
 シキは格子戸を開けて中に入る。あたしもその後に続いた。
「おおっ、ジャパニーズスイーツ!」
 あたしの目に映ったのは、ショーケースの中に入った大福や団子の数々だった。
 早速ショーケースに張り付き、目を輝かせる。
「好きだね、ジャパン関連」
「そりゃ母国だからな。酷い暮らしだったけど、やっぱり生まれ育った環境ってのはそうそう捨てられない。シキだってそうだろ?」
 家の中では靴を脱ぐようにしているし、ナイフやフォークよりも箸の扱いに長けている。主食はもちろん米だ。
「どうかな。私の場合、こっちで暮らした年月よりも向こうで暮らしてた年月の方が圧倒的に長いから、癖になって染み付いてるだけかもしれないし」
 そういえばそうだった。シキは見た目はせいぜい10代後半ぐらいにしか見えないが、実際はその倍以上は生きてるんだった。もしかしたらあたしより年上かもしれない。じゃあ、あたしより落ち着いてるのは当然なのかな。
「みんなこういう店好きそうだなーって思って、覚えておいた」
 みんなってのはレイ様達のことだろう。
 やっぱりシキは友達思いのいい奴だ。
「第二区域にはよく来るのか?」
「最近はね。探索しに来る。レイ様から通行許可証貰ったし」
「こっちに来た時はうちに寄ってくれればいいのに」
「ヤダよ。面倒くさい。つっこむのに」
「確かに」
 納得せざるを得ない。
 特にチキはやたらめったらシキに絡むからな。
 でもうちは来客には過剰サービスがモットーだし、しょうがない。うん、しょうがない。
 本当はみんな嬉しくてテンション上がってるだけなんだ。あたしも含めて。
 それよりも、今は目の前のお宝だ。
 みたらし団子いいなぁ。豆大福も捨てがたい。どれにしようか。あたし金持ってないけど、きっとシキが奢ってくれるはず。
 あたしがどれにしようか迷っていると、もうすでにシキは店員に注文していた。
「大福とみたらし団子と柏餅と葛きり餅と……」
「おいおい、そんなに食べるのか?」
「え?食べるでしょ」
 そう言うと、どんどん追加していく。
 かなりの種類を全て3つずつだ。
 そんな大飯食らいには見えないんだが。もしかしたら甘党なのだろうか。
 あたしも好きなのを頼めと言われたけど、そんだけあったらもういらないだろ。
 支払いを終えると、シキは満足そうに大量の餅を受け取った。
「じゃ、帰るよー」
 荷物をあたしに押し付け、自分はちゃっちゃとバイクにまたがる。
 嫌な予感がしつつも、あたしはその後ろに乗る。
 再び軽快に走り出すバイク。
「なあ、帰るんじゃなかったのかよ」
「帰るよ。でもその前にもうひとつ」
 やっぱり嫌な予感。だってこの方向は、あたしの家がある方向だ。
「そういえばさ、私はイク様だけ何の神様か聞いてなかったんだよね」
「ん、あ、おう、そうか」
 急に思ってもみなかった話題を振られ、反応が遅れる。
「薄々気づいてたんだけど、スイを目覚めさせてくれたのってイク様の力だよね?」
「あー……そういうことになるかな」
「私の怪我が常に全回復してたのもイク様の力だよね?」
「そうだな」
 イク様は生を司る神様だ。
 その力を利用しようとする者が出てくるから、あまり他言してはいけないことになっているが、シキは大丈夫だろう。レイ様自身がイク様と顔を合わせることを許可したんだ。直感的にシキが信用できると思ったんだろう。
「よくわかったな」
「マヨの話を聞いて確信した。人間を生き返らせることができるんだから、ちょっとやそっとの怪我を治すことぐらい簡単だろうし」
「簡単ってことはないぞ。イク様は超虚弱体質だから、力を使ったら自分もぶっ倒れる。貴重な御力なのだ」
「それなら尚更だ」
「何が?」
「お礼をしてなかったなって思って。だから今から八百万の神々の下へと向かいまーす」
「おい、あたしは今家出中なんだぞ!」
「知らん」
 酷い。
 たった一言で切って捨てやがった。
「だいたいプリン如きで家出とかあほらしすぎる。それをネタに、もっと豪華なもの作ってもらえばいいのに」
「そうか。その手があったか」
「アホだな」
「うっさい」
「まあ、そういうわけなんで、交渉のためにも帰るよ」
 シキはスピードを上げる。
 なんかうまいこと操られてる気がする。
 まあ、あたしとシキとじゃあ、圧倒的にシキの方が賢いし細かいところにまでよく気がつくから、あたしがうまいこと乗せられるのは当たり前なんだけど。
 どんどん家に近づいていく。
 なんだか緊張してきた。自分の家に帰るだけなのに。
 あんな啖呵切った自分を殴り飛ばしてやりたい。冷静になってみると、ほんとプリン如きで喧嘩とかあほらしすぎる。ほんと恥ずかしいわ。
 道覚えてないかと思ったけど、シキはしっかり覚えててくれた。
 道を間違えることなく、順調に近づいていく。
 ああ、本当に緊張してきた。何て言って帰ればいいんだろうか。
「いつも通りでいいんじゃないかな」
 シキが答えた。
「あれ?あたし、声に出してた?」
「いや、マヨはわかりやすいから。表情でだいたいわかる」
 なんだそりゃ。熟年夫婦か。
 でも、嬉しいかも。そうやって察してくれる友達ができたってのは、たぶんすごく幸せなことなんだろう。
「マヨのことだから、今までだってくだらないことで喧嘩して家出したことあるでしょ」
「いや、家出はないぞ。喧嘩して飛び出しても、きっちり夕飯までには帰る」
「あ、世話焼いて損した」
「えっ!?何でだよ!?」
 エンジン音で聞こえはしなかったが、シキが盛大なため息を吐いたのがわかった。
 何だよ何だよ。だってレイ様に、晩御飯までには帰ってきなさいっていつも言われてるんだもん。言いつけは守らなきゃいけないんだもん。
 必死で言い訳並べてみるが、返ってくるのは生返事ばかりだった。
 そうこうしているうちに、家にたどり着いてしまった。
 いつ見ても、でかい。しかも奇妙だ。
 門構えに玄関付近は純和風。けれどもその奥はレンガ造りになっていたり、時計塔があったりと、洋館のようになっている。かと思えば蔵があり、庭には綺麗に盆栽が飾られているけれど、テラスがあったりもする。和風と洋風がぐっちゃぐちゃになった豪邸。
 正直、遊びすぎたなと思う。たぶんレイ様も思ってるだろう。
 だからと言って、和風か洋風かに統一することはないだろうけど。おもしろいから。
 シキは門をくぐり、一人でずんずん入っていく。
 待ってくれよ、置いていかないでくれよ。
 あたしは慌てて追いかける。
 シキは律儀にもインターホンを押そうとしてたので、
「いちいち鳴らさなくても勝手に入っていいぞ」
 と言っておいた。
 泥棒が入っても、悪さしなけりゃ気にしない連中だ。それどころかお茶さえ出すようなフレンドリーさだ。勝手に入ったところで問題ない。
「じゃあ、遠慮なく」
 シキが玄関の引き戸を開ける。
 その直後だ。
 ドタバタと全力疾走の足音。しかも複数の。
 一番乗りは、イク様だった。
「マヨ!……と、シキもだ!」
 思いっきりジャンプ、そしてダイブ。
 イク様があたしとシキに抱きつく。
「もう!マヨの馬鹿!心配したんだからね!電話にも出ないし!」
 ああ、そういや充電切れてたんだった。そりゃ繋がらないわ。
 頬を膨らませるイク様に、すいませんと謝る。
 二番乗りは、イツカだった。
「お、お前なぁ!ちゃんと後で返すって言っただろ!なんだよ家出って、家出って!!」
 だんだんと地団太を踏む。ちょっと涙目だ。可愛い。
「あー……悪かったよ。腹減りすぎてわけわかんなくなってたんだよ」
 悪かった、と頭を下げる。
 冷静になってみれば、そんな激昂するようなことでもない。シキの言うとおり、くだらないことだ。
 あたしが謝ると、イツカはもじもじし始めた。
「いや、そんな……僕も勝手に食べたわけだし……」
 最後に小さな声で、悪かったよ、と言ったのがはっきりと聞こえた。
 普段は見た目どおり子供っぽいし、意地っ張りだけど、こっちが謝るとちゃんと謝ってくれるから好きだ。
 これで仲直りだよな?
 にへらと笑いかけると、イツカも恥ずかしそうに笑い返してくれた。
 仲直りが完了した頃に、レイ様とカガ、チキも玄関まで迎えに来てくれる。
 なんて声をかけようか。あれだけ盛大に喚いて出てきたんだ。思い返してみると、すげー恥ずかしいなあたし。
 どうしようか戸惑っていると、シキがあたしの腕を掴んでレイ様達に見せる。あたしの手には、さっき買った和菓子の袋。
「はい、お土産。マヨが迷惑かけたお詫びにって」
 おいおい、何言ってんだよ。それ買ったのはあたしじゃなくてシキだろ。
 そう言おうとして、睨まれる。
 あ、黙ってろってことか。
 ほんといい奴だな。あたしを立ててくれるなんて。
「いいの?ありがとう」
 レイ様が微笑んでくれた。やった。
 あとでちゃんとシキにお礼言って、お金もちゃんと返そう。
 レイ様が笑ってくれたら、気まずさなんて一気にどこかへ吹き飛んだ。やっぱりレイ様はすごい。レイ様ラブ。
「もしかしなくとも、あんた今日が何の日かわかってない?」
 チキの発言に、あたしは首を傾げる。
 何の日?何だろう。そもそも今日は何月何日だったっけ?
「やっぱり忘れてる」
 チキが呆れたため息を吐き出す。
「見たら思い出すだろ。ほら、さっさと中に入れ」
 カガがそう促す。
 本当に何なんだろう。
 あたしは促されるままに廊下を行き、リビングに足を踏み入れる。
 入った瞬間、理解した。
 テーブルには豪華な食事。和食洋食中華、いろいろごちゃごちゃになってるけど、どれもあたしの好きなものばかりだ。
 それから、ケーキ。ろうそくが立っている。
 そうだった。
 確か今日は――。
「今日は、マヨが私達の家族になってくれた日だよ」
 イク様が後ろからあたしを抱きしめてくれる。
 誕生日みたいなもんだ。
 あたしが自分の誕生日を知らないって言ったら、レイ様が今日にしようと言ってくれた。あたしがみんなと出会った数年前の「今日」。
 あたしが忘れてるのに、みんなはいつも覚えててくれる。いつも祝ってくれる。
 やばい。泣きそうだ。
「何のために僕が朝っぱらから甘ったるい匂いぷんぷんさせてたと思うんだよ」
 そうか。イツカはあたしのためにケーキを用意しててくれたんだな。
「冷蔵庫にはプリンもあるからな。お前、あの店のプリン好きだから、同じもの作ってやろうと思ったんだよ。ちゃんと後で返すって言っただろ」
「そうよ。私が何のために朝っぱらから床を磨いてたと思ってるのよ」
「ただの趣味だろ」
「そうだぞ。この俺が朝っぱらから何のためにパソコンに向かってたと思ってるんだ」
「仕事だろ」
 チキとカガのボケに、間髪いれずにつっこんでやった。
 ほんと相変わらずだな、こいつらは。
 まったく。
 自然と笑みが零れる。
「マヨ」
 レイ様があたしの名を呼ぶ。
 あたしは元気よく返事する。
 レイ様があたしにくれた名だ。これが、あたしの名だ。
「マヨ、おかえり」
 そうやって迎え入れてくれる。
 みんなが迎えてくれる。
 だからあたしは満面の笑みで言うんだ。
「ただいま」





 これでおしまい






 バトンタッチ

 「そばにあるのは神か悪魔か」








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