-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第3話 第3区域
「オレンジを愛したリンゴとリンゴを愛したオレンジの平行線の日常」:#4


 

 視線の先に、神が佇んでいる。神を模した石像。
 リリスははたきで適当に埃を落とす。
 所詮は信者ごっこだ。敬虔な信者ではない。衣食住がある程度保障されているのであれば、それでよかった。
 リリスは5年ほど前、この教会に転がり込んだ。
 その前はギャングに所属していた。他のギャングとの抗争で壊滅してしまったため、今度は趣向を変えて聖者の真似事をしてみることにした。というより、懐かしさというものもあったのかもしれない。
 物心つく頃から、リリスは教会にいた。
 なぜ教会に拾われたのか、両親はどうしているのか、一切わからない。ただ自分には5つ歳の離れた妹がいるということだけわかっていた。
 その妹も、本当の妹かどうかはわからない。わからないが、目鼻立ちが似ているため、おそらく本当に血の繋がった妹なのだろう。
 幼いながらも、妹を守ろうと思った。
 リリス達が育った教会は名ばかりのもので、幼子を拾ったり時には誘拐して、兵士として育て上げ、そしてギャングや別の教会など兵力を欲している場所へ売り飛ばす腐った組織だった。
 だがリリスは思う。拾われた先があの教会で良かったと。
 生きる術、戦う術を叩き込まれた。武器の扱い、爆弾や毒の作り方、食べられる生物と食べられない生物の判別、スリやピッキングの技術まで、全て叩き込まれた。訓練は厳しく、扱いは奴隷のようだったが、そのおかげで今でもしぶとく生きていられる。
 中には脱落し、死んでいく仲間も少なくなかったが、リリスと妹の適応能力は高く、組織が望む戦士へと成長していった。
 今、あの教会はもうない。
 潰れてしまった。
 潰されたのだ。あの悪魔に。そして、唯一の血の繋がりは――。
 ため息ひとつ、リリスはそこを後にする。
 神にくれてやる信仰などない。故に、この石像を綺麗にしてやる気などない。むしろ殴りつけて罵ってやりたいぐらいだ。
 神は無視をして、次なる掃除場所へと移動する。
 と、説教壇にチアゴが立っていた。
 誰も席にはついていない。これから説教を行う予定もないはずだ。
 まあ、何をしようと構わない。
 リリスは手にした雑巾で、信徒用の座席を磨きだす。
「お前は妖魔は恐くないのか?」
 磨きだしてすぐに、チアゴが尋ねた。
 リリスは手を止めず、答える。
「そこまで恐くはないですね」
「なぜ?」
「妖魔も死にますから。死ぬのであれば、殺せます」
「なるほど、頼もしいな」
「戦い方は全て叩き込まれましたので」
「今までに妖魔を殺したことは?」
「あります。4、5匹は殺しています」
「では、妖魔を使ったことは?」
 リリスは手を止め、チアゴを見る。
「使う、とは?」
「使役するということだ」
 チアゴはそれを見せる。人の手ほどの大きさの、長方形の紙。それにはびっしりと何か紋様が書き込まれていて、ただの紙切れではないことが窺い知れる。
 リリスは思考する。
 妖魔の使役。紙切れ。錬金術師。ホムンクルス。キメラ。
 すぐに一本の線となる。
「なるほど、使役ですね。錬金術師が作った被験者というわけですか」
「お前は頭の回転が早いな」
「それをどうするつもりですか?」
「どうもしないさ」
 チアゴはあろうことか、その紙切れを破り捨てた。
「……いいのですか?契約の証だったのでは?」
「ああ。奴は理性を無くして暴走する」
「傍にエンリケがいますよ?」
「あれも優秀な兵士だ。ちゃんと逃げて帰ってくるだろう」
 チアゴは説教壇から降りた。そして聖堂から出て行く。
 リリスはその背を見送ることもなく、再び掃除を再開した。ただ、思考はやめない。
 目的は、あの悪魔をおびき寄せることだろうか。
 いくら悪魔と言えども、一応は領主なのだ。領地が大規模に破壊されるのは好ましくないはず。場を治めるために出てくるしかないだろう。
 そうやって姿を現すのを、チアゴは確認したかったのかもしれない。
 錬金術師から妖魔を買い取る。暴れさせる場所をあらかじめ用意し、こちらも事前にスタンバイしておく。妖魔を暴れさせ、悪魔がやって来たところを集中砲火、といった作戦でも考えているのだろう。
 果たしてそんなもので倒せるのだろうか。疑わしい限りだ。むしろ考えが甘いと言える。
 そして、リリスの鋭すぎる感覚が、危険を察知し始めた。
 もしこの男が錬金術師の甘言に唆され、妖魔やましてや成れの果てなどに手を出そうものなら、ここにはいられなくなる。さっさと逃げ出さなければ、自分の命が危なくなる。
 逃げたと知れば、チアゴは必ず殺しに来るだろう。リリスの顔は他の教会や商人達にも広く知れ渡っている。金をばら撒けば、簡単に情報は集まる。ならば、第三区域を出て、他の区域で暮らすか。それが一番良さそうだが、できない理由がある。
 この第三区域から離れられない。あの悪魔がいる限り。
 聖堂の掃除が終わる頃、急に騒がしくなる。
 けたたましいブレーキ音。それから激しく開け閉めされる扉。こつこつと行儀の良い足音はしない。どたばたと慌しい足音だ。何やら喧騒も聞こえてくる。
 帰ってきたか。
 リリスは掃除の手を止め、騒がしい原因へと向かう。
 部屋へ向かうと、チアゴがエンリケを落ち着かせているところだった。
 これも予想通りだ。
「結局、あの妖魔は我々の期待に応えられるほどのものではなかったというだけだ。友人の紹介だから、ちょっとは見込みのある妖魔だとは思ったんだが」
 すらすらと嘘を並べていく。これも予想通り。
 この男は危ない。もう半分以上は闇へのめりこんでしまっているのだろう。
 厄介なことになりそうだ。
 じわりじわりと自分の周りが包囲されているような気分に陥る。
 こんなことにかまけている暇はないのだが。
 風が窓を叩く。
 まるで不安を煽るかのようだった。







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