-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第3話 第3区域
「オレンジを愛したリンゴとリンゴを愛したオレンジの平行線の日常」:#6


 

 時刻は午前2時。
 眠っていた。
 しかし眠っているとは言っても、周囲の警戒は怠っていない。ほんの小さな物音でもすっと目が覚め、近くに忍び寄る気配があろうものならば、すぐに目を覚まして臨戦態勢を取ることができる。
 こんな場所で生まれ育ったからこそ、身についた技だ。ここでは、どんな時でも決して油断は出来ない。気を抜いた瞬間、喰われる。自分の身を守るのは自分しかいないのだ。
 この時も、その鋭すぎる危険察知能力が発揮された。
 特に理由も無く、ふと目が覚める。
 時計を見る。
 午前2時。
 夜明けまでまだまだ時間がある。だからといって、すぐに眠るようなことはしない。目を覚ましたからには、何かしら理由があるはずだ。
 リリスは、あたりの気配を窺う。
 すぐ近くでは人の気配はない。特に怪しい様子も無い。
 気のせいか。
 念のため、ナイトテーブルの引き出しから拳銃を取り出す。枕元に置いておけば、万が一何かあった際に役に立つ。殺られる前に殺れ。それがここでの常識だ。
 リリスは布団に身を沈める。もう一度眠りにつこうかどうか逡巡していると、事が成った。
 爆発音。建物が揺れる。
 どうやらリリスが目を覚ましたのは、これのためのようだった。
 拳銃を手に、身を起こす。飛び起きて外に出るような馬鹿な真似はしない。まずは状況の把握が先決だ。
 爆発音がしたのは、教会の正面入り口あたり。爆弾で門でもすっとばしたのだろう。となると、建物の中にまで攻め込んでくる。門や扉だけ吹き飛ばしてそのまま退散するというのも変な話だ。何かしらの目的、おそらくここに住まう人間全てを殺すつもりなのだろう。
 心当たりは、ありすぎるほどにあるから困る。
 リリスは壁に隠れつつ窓から外の様子を窺う。月明かりしかないため遠くまでは見えないが、人の気配はない。この窓周辺から中に攻め込んでくる様子はない。
 正面玄関は、フェイクだ。大きな音をさせ、人の注意をひきつけておいて、自分は他の場所から侵入。そして一人ずつ確実にこっそりと殺していく。
 と、再び爆発音。一度目よりも大きい。窓の外から見えていた外灯が消えた。電気を落とされたようだ。
 このままこの部屋に潜んでいてもいいような気もするが、それは気に食わない。こんな大胆なことを仕出かした者の顔を是非拝ませてもらおうか。
 リリスは部屋の扉を開け、廊下の様子を探る。
 足音から、何人かが下の階へ降りて行ったようだ。
 リリスも慎重にあたりを警戒しながら廊下へ出る。
 一発の銃声。
 それを皮切りに、何発も乾いた音が重なった。
 音が響いて、どこから発せられたものなのか定かではない。ただ、正面玄関の方向から発せられたものではなさそうだ。
 そうなると、もう敵は建物内に侵入しているということになる。
 何やら声が聞こえる。
 誰かが仲間に無事かどうかを呼びかけているようだ。
 馬鹿なことを。敵に自分の位置を知らせるようなものではないか。
 案の定、銃声。そして声は響かなくなった。
 気配と音を窺いながら、慎重に廊下を進む。
 相手はかなり手馴れている。無駄な弾を撃つことなく、確実に一人ずつ消している。
 誰か仲間と合流したほうが良さそうだ。
 もし冷静さを欠いている仲間がいれば、この隙に乗じて殺してしまおうとも考えていた。不用意な行動は、自分の身のみならず他の者の命も脅かすことになる。突発的な出来事に弱い人間は、足手まといだ。毎日が戦場のこの場所では、どうせ長くは生きられない。
 また銃声。次は何か大きな物音がした。家具でも倒してバリケードでも作ったのだろうかと思ったが、男の悲鳴が聞こえたため、誰かが鈍器で殴り倒されたのだとわかった。
 的確で素早い行動。もたもたしていると、成す術なくやられそうだ。
 近場のカルロスの部屋を目指して進む。
 扉は開け放たれていた。
 ある程度まで近づくが、暗闇の中これ以上はお互いにとって危険だ。敵と勘違いして同士討ちなど笑えない。
 リリスは小声で中に呼びかけた。
 すると、すぐに返ってくる。
「リリスか?」
 扉付近で敵を待ち構えていたようだ。
「無事で何よりだ。早くこっちへ」
 リリスは極力足音を立てず、素早く部屋の中へと身体を滑り込ませる。
「一体何なんだ、これは」
「それは私も聞きたいところよ」
 付近の警戒はカルロスに任せ、リリスは壁を背に一息つく。
 その間にも、何発かの銃声。悲鳴も聞こえるが、無視だ。
「まあ、心当たりはありすぎるほどにあるから、こうなるのは当然じゃないの?」
「はぁ?」
「あの男が裏でいろいろやってるのは知らないわけじゃないでしょ。昼間の妖魔も、錬金術師から買い取ったものだし」
「ちょっと待て。どういうことだ?」
「でも錬金術師だったらこんな回りくどいマネはしないでしょうし、襲撃者はおそらく人間ね。チアゴが恨みを買った人間であることには違いないんでしょうけど、他の教会連中か、金を騙し取った商人か、それとも売り払った奴隷が逃げ出して復讐しに来たのか……」
 心当たりがありすぎるので、これ以上はやめた。
 そろそろ潮時かもしれない、とも思った。あの男がトップに君臨する限り、こういったことは今後も増え続けるだろう。自分の身が危なくなる。命を落とす前に、ここから消えた方がいいのかもしれない。もちろん、チアゴを殺した上で。
 あの男は何をしでかすかわからない。危険すぎる。この混乱に乗じて殺してしまうべきか。あの子の命を脅かすようになるまえに――。
「脱出した方が良さそうか?」
 カルロスの提案に、リリスは頷く。
「その方がいいかもね。敵は一人ずつ確実に殺して回ってるようだし、さっさと逃げ出して夜明けを待った方が良さそうね」
 もう二度と戻ってこない方がいいだろう、とは言わなかった。彼には、ここしか帰る場所がないのだ。
「よし、わかった。俺が先に行く。お前は後からついて来てくれ」
「了解」
 カルロスが部屋の外へと踏み出す。
 廊下に出た途端、彼は銃を構えた。引き金を引こうとした。何を発見し、動いたのかはわからない。
 だが、次の瞬間、彼は吹き飛び、絶命した。
 リリスの目の前を何かがよぎったのが、風の流れでわかった。
 銃声は聞こえなかった。
 サイレンサーをつけたのか。それにしても、静か過ぎる。何の音もしなかった。
 一体何によってカルロスは吹き飛ばされたのか。銃か、ミサイルか。それとも妖魔なのか。
 暗闇の中で、判断のつかない、理解の及ばないものに遭遇し、身体がこう着状態となる。
 銃を握る手に、力が篭る。呼吸が荒くなる。汗が噴出す。
 勘が鈍った。
 だから、ギリギリまで気づかなかった。飛び出した影に。
 気づいた時には、もう遅かった。







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