-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第3話 第3区域
「オレンジを愛したリンゴとリンゴを愛したオレンジの平行線の日常」:#8


 

 部屋の中に雪崩れ込んだ影は、リリスに体当たりを喰らわせた。
 よろけ、尻餅をつくリリス。
 だが、いつまでも恐慌状態に陥っているリリスではない。すぐに銃口を向ける。リリスと影が同時に。
 そして、同時に、息を呑む。
 銃口を向けた相手が、敵ではないことに。
 リリスにとっても、影――ソフィアにとっても、決して銃口を向けてはならない相手。
 と、別の方向から足音。
「おい、無事か!?」
 中の状況も知らず、危険を察知することもなく、エンリケが無防備に部屋の中へと足を踏み入れた。
 中に入り、取り返しの付かない過ちに気づく。
 リリス以外にも、もうひとつの影。
「お前っ……!」
 ソフィアに銃口を向ける。
 乾いた音が重なる。
 その次は、人が倒れる音。
 ソフィアとリリスの銃口は、エンリケへと向けられていた。
 どちらの弾が当たったのかはわからない。わかっているのは、二人同時に、彼に向かって引き金を引いたという事実だけ。
 そして、二人同時に、銃が下ろされた。
 ソフィアは手を差し出す。
 リリスはその手を握り、立ち上がった。
 何も言わない。二人はただじっと見つめあっている。暗闇の中でも、お互いの顔はよくわかった。
 沈黙を破ったのは、リリスだった。
「ちゃんと食べてるの?」
 ソフィアは笑顔で頷く。
「ええ。三食きっちり豪華な食事を。姉さんこそ、ちゃんと食べてるの?」
 姉さん、と呼ばれたのが、妙にくすぐったい。それと同時に、まだ姉だと思ってくれていることが嬉しかった。
「もちろん。お金が無ければ奪えばいいだけだしね」
 久々に、穏やかに笑う。何年ぶりに、言葉を交わしたのだろうか。妙な感慨があった。
「もしかして、私以外の連中は全員殺しちゃった?」
「いいえ。トップは生かしてあるわ。ぶん殴って気絶させているだけ」
 あの衝撃音と断末魔はチアゴのものだったのかと理解する。わかったところで、彼がどうなろうと知ったことではないが。
「そう、じゃああの男、どこかへ持って行っちゃって。私、あいつ嫌いなのよ」
「奇遇ね。私も嫌いよ」
「気が合うのね」
「だって姉妹だから」
 そう言って、お互い笑う。
 ひとしきり笑った後、再び沈黙。
 ソフィアが目で訴えた。
 共に行かないか、と。
 だがリリスは、静かに首を横に振った。
 きっと、笑っていたのだろう。リリスはそう思った。鏡があるわけでもなく、無意識だったため確信は持てないが、おそらく自分は穏やかに笑っていたのだろうと思った。
 なぜ誘いを断ったのか、リリス自身はっきりとした答えは持ち合わせていなかった。
 あれだけ守り続けてきた唯一の血の繋がり。
 教会やギャングなどに所属し、悪魔へ攻撃を仕掛けつつも、妹の命を脅かす者を密かに排除していった。妹のソフィアに銃口を向けた瞬間、その者を撃ち抜いたことは何度もあった。
 傍で守り、共に生きるという選択。リリスは、そうすべきでないと思った。
 妹は悪魔を選んだが、自分はそれを選ぼうとは思わなかった。初めてソフィアが自分で選んだ道だ。自分の手で、掴み取ろうとした未来。ならばそれを守ってやるのが姉の役目ではないのだろうか。ただ、自分が傍にいては変われないのではないか。本当の自由を手に入れられないのではないか。
 だから、少し離れた位置で――。
 ソフィアは、頷く。
 彼女の表情も、憑き物が落ちたかのように、すっきりとしていた。
 ソフィアはリリスに背を向ける。
 リリスはその背を見送る。
「またね」
 不意に、そう零していた。
 ソフィアが立ち止まる。
 振り返り、笑顔で言った。
「ええ。またね、姉さん。たまには私にも、姉さんを守らせてよ」
 その言葉に、リリスは笑う。
 また幾度と無く顔を合わせ、しかし今までとは違い、いくつもの言葉を交わせるような気がした。







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