-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第3話 第3区域
「オレンジを愛したリンゴとリンゴを愛したオレンジの平行線の日常」:#10


 

 これで最後。
 リリスはショベルで土をかける。
 表がすっ飛ばされた教会。自分以外、誰も生き残っていない。見事に全員死んでいた。さすが我が妹。ここまでくると、誇らしくなってくる。
 リリスは逃げ出すことなく、未だここに留まっていた。
 あれからひと眠りをし、夜明け前に目を覚ました。
 あれほどの騒動が起こっても、その後何事も無かったかのように眠りにつける図太さに自分自身驚いた。
 と言っても、警戒を怠っていたわけではない。ここぞとばかりに便乗して襲ってくる者がいないか、ぽっかり穴の開いた出入り口にはきっちり罠をしかけ、枕元にも銃を置き、万全の態勢で休息を取った。
 朝日が昇る前に起き、庭にせっせと穴を掘る。チアゴは別として、他の仲間には世話になったのだ。急ごしらえではあるが、墓ぐらい作っても罰は当たらないだろう。とりあえず遺体を埋め、墓石はまた後から建てるとする。
 遺体の収容にたっぷり時間を費やし、終わった頃にはとっくに太陽が顔を出していた。
 さて、忙しくなりそうだ。
 銃弾と血で汚れた内部はまだまったく掃除が出来ていない。爆破された門と扉も修復しなくてはいけない。それに、何があったのかと心配する近隣住民にも説明しなければならない。尤も、彼らの心配は、リリス達の身の安全ではなく自分達も巻き込まれないかどうかの心配なのだが。もし自分達の脅威になると思えば、遠慮なくこちらに銃口を向けてくるのだから困ったものだ。
 ひとまず墓作りはこれにて終了。次は表の掃除と吹っ飛ばされた扉の修復に取り掛かることにする。仕掛けた罠も取っ払ってしまわなければ、悪意の無い人間がかかってしまっては大変だ。
 表で作業をしていれば、近隣住民も事情を聞きに来るかもしれない。こちらから出向く手間も省ける。
 リリスはさっそく表へ向かう。
 妙に気分が良かった。心が軽かった。
 今までは組織が壊滅したならばさっさと姿を消して別の組織に取り入っていたのだが、今回はそういう気になれなかった。特にここが気に入っているわけではないが、離れようとは思えなかった。
 庭から表へ向かう。姿をそのまま晒してしまうようなことはせず、必ず建物に身を潜めて、あたりに危険が無いかを確かめてから。
 特殊な能力を持たない人間が、ここで長年生きていくためには必要なものだ。
 表の様子を窺うと、壊れた門の前に人影があった。
 子供だ。髪はぼさぼさで、顔がよく見えない。ぼろぼろの衣服を身に纏い、いかにも運悪くここに生れ落ちてしまった人間のようだった。
 しきりに教会内の様子を窺っている。中に入ろうとしているのだろうか。もし一歩でも前に踏み出せば、仕掛けた罠に引っかかって感電しそうな位置にいる。
「そこ、危ないわよ」
 気がつけば、声をかけていた。拳銃も握っていない。まったくの無防備。しまったと思ったが、幸いなことに狙撃されるようなこともなく、あたりに危険はない。おまけに子供も本当にただの人間の子供のようで、リリスの言葉にきょとんとしている。
 リリスはため息を吐く。
 どうやって今まで生きてきたのかわからないが、自分の身を守る術をまったく知らないようだ。無防備に自分の身を周囲に晒し、罠にさえ気づけない。
 放っておけば、簡単に死ぬだろう。
「そこから一歩でも中に入れば、罠にかかって死ぬわよ」
 愛想もクソもない表情で淡々と事実を告げると、子供は身を硬くし、一歩後ずさった。
 さて、どうしたものか。
 思案していると、
「ここ、教会?」
 恐る恐る、そしてたどたどしい口調だった。
 間近で見たのと、声からして、おそらく女の子だろう。
「神様にお祈りする。神様、助けてくれるって言ってた」
 少し聞き取りにくい発音。言葉を教えてくれる相手がいないのだろう。教育を受けていないのだから、当然読み書きなど出来るはずもない。それでも意思疎通が出来るほどの言語発達能力を見せるのだから、人間の適応能力はたいしたものだと感心する。
「お祈りしたい」
「お祈りしてどうするの?」
「神様に……神様が……?えーと……」
 どう伝えればいいのか、言葉を知らないのだろう。
 人畜無害。まだ何色にも染まっていない子供は珍しい。
 しょうがない。
「ほら、手」
 罠が感知するギリギリにまで手を伸ばす。
 子供は何の躊躇も無くその手を掴んだ。
 まったく、これで罠にまで引きずり込まれたらどうするつもりなのだろう。相手を疑うことを知らないし、警戒心が無いにもほどがある。
 リリスは力で引っ張り上げ、子供に罠を飛び越えさせる。
 こういう日常なのだ。やせ細った小さな子供を片腕で持ち上げる程度の腕力は身についている。
「ついて来なさい」
 そう告げて歩き出すと、その後ろを懸命に追いかけてくる。
 本当に無防備だ。放っておけば、近いうちに死ぬだろう。
 罠を避け、礼拝堂に案内する。ここでは銃撃戦は行われず、現状では唯一綺麗なままだった。少しだけ、血糊が撒き散らされていないことにほっとする。
 リリスが面倒がって掃除をしていない神の石像に、子供は駆け寄る。
 リリスにとっては忌々しいものでしかない。こんなもの、何の役にも立たない。
 けれど。
「綺麗」
 その子は、そうつぶやいた。
 この子にとっては、本物の神様と等しい価値を持っているのだろうか。
 もしかしたら、あの日。
 妹は、あの悪魔を、神か天使のように見たのかもしれない。自由な世界へと解き放ってくれたあの存在を。
「何をお祈りするの?」
「えーと……いろいろ?」
 小首をかしげながら、答えた。
 少ない知識の中からでは、やはり言葉は見つからなかったようだ。
「貴方、身寄りはいるの?保護者は?」
「身寄りって?」
「世話をしてくれる人。家があって、食事の用意をしてくれたり、洗濯をしてくれたり」
「いない」
 そうだろう。予想されていた答えだ。身寄りがあれば、こんなボロボロの身なりはしていない。
「どうして神様にお祈りしようと思ったの?」
「わからないけど、助けてくれるから」
 信仰心というやつなのだろうか。何も知らない、何もわからない幼子にも、そういったものがあるということに驚く。
 いや、こんな最低な日常だからこそ、救いを求めたのかもしれない。力に縋ったのだろう。神に。たとえ、悪魔でも。
 それを信仰心という言葉で片付けていいのか躊躇するが、そこに何かを見出し、必死にしがみつこうとする。
 なぜ自分がここを捨てず、未だに留まり続けているのか。
 答えが見つかったような気がした。
「貴方、ここで暮らさない?」
 子供は、酷く驚いた顔をした。きっと、今まで無条件に手を差し伸べられたことなど無いのだろう。
「……いいの?」
「ええ。ここは教会。迷える子羊たちを受け入れ、導くのが役割よ」
 ただし。
 導く先は、神の道ではない。信じるものは、神ではない。
「ここで教わるのは、神の栄光ではないわ。金と権力と武器を利用し、図太く生き抜く術よ。そして、自分の選んだ道を信じるの」
 妹が「悪魔」を選んだのなら、自分は「神」を選ぼう。
 一人でも生き抜く強さを手に、己が立てた誓いを守るための、都合の良い「神」を。
 おめでとう。
 リリスはそう言った。
「貴方は幸運なことに、何にも縛られていない。解放されている。生きるのも死ぬのも、何を選び取るのかも、全て貴方の自由」
 偽善だと罵られようがかまわない。こんな場所で、偽善でもあるだけマシというもの。
「私の信じる『神』なら、全て教えてあげられる」
 生きてさえいれば、必ず何かしらの答えを導き出せるのだ。今の、自分のように。
「さあ、貴方はどうする?」
 手を差し伸べる。
 それを、小さな手は握った。
 さあ、忙しくなる。
 まずは大慌てで建物内の掃除をし、一刻も早くこの子に教育を施さなければ。
 妹がこのことを知れば、何と言うだろうか。今度、報告してみようか。
 きっと、笑うだろう。笑って、応援してくれるかもしれない。
 けれども今までどおり、銃を向け合うのだ。
 あちらは「悪魔」。こちらは「神」。
 さて、教会を建て直そう。空を遮る十字架を、もう一度建てよう。
 心優しい悪魔もいるのだ。こんな都合の良い神を創り出してもかまわないだろう。
 なんせ、ここはゴミの掃き溜め。最低で最悪な日常が繰り広げられる第三区域。
 この日常を、ずんずん歩いていくのだ。
 地獄に堕ちるまで、精一杯に。






 





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