さあ、主を起こす時間だ。
ソフィアは午前7時ちょうどにクリストファーの扉を開ける。ノックなどもうしない。たまに思い出したかのようにノックをするが、ほとんどはいきなりドアを開け放つ。
開けたと同時に、爆発音。
はて、扉で作動する爆弾を仕掛けた覚えはないのだが。
首を傾げつつ、ずかずかと主の部屋へ入っていく。
窓の外を覗くと、煙。
例によってクリストファーの結界により、敷地内には傷ひとつついていない。
やたら突っかかってくる教会は先日潰したはずなのだが、またどこかで恨みを買ったのだろうか。
煙が晴れるのを待って、窓を開ける。
門前に、2人。
修道女の格好をしている。一人は女。もう一人は子供だ。
女の方はよく知っている。リリスだ。
「あらまぁ」
と、暢気な声をあげるソフィア。
何を話しているかは聞こえないが、様子からするとどうやらリリスが子供に銃の撃ち方を教えているようだ。
なるほど。ここならば何ひとつ傷をつけることがない。すべてクリストファーの障壁が受けてくれる。実にすばらしい練習方法だ。
「おい、一体どういうことだ」
クリストファーも起き出し、この異常事態を窓から眺める。
「どうやら教会からの攻撃のようです」
うやうやしく礼をし、そう答える。
「そんなことはどうでもいい。あれは何だ?」
クリストファーが指した先にはリリス。
「姉ですね」
堂々と、はっきりきっぱり答えた。
「なぜだ」
「きっとまた元気に悪魔の屋敷に攻撃を仕掛けてきますよって言ったじゃないですか」
さすが我が姉。こんなにも早く態勢を立て直してやって来るとは。
「ちょっと挨拶して来ます」
「おい、こら、待て」
クリストファーの制止も聞かず、部屋を飛び出す。
コーナーも見事なバランスで駆け抜け、廊下を全速力で走る。
気持ちが身体を前へ前へと押していく。
玄関の戸を壊さんばかりに押し開く。
先ほどより、近くに映る二人の姿。
「おい、ソフィア。お前さんの姉貴がしぶとくまたやって来たぞ」
守衛のクルーガーがそう声をかけた。
はて、なぜ知っているのか。クリストファーはもちろん、他の誰にも話したことは無かったのだが。
聞き返そうにも、全速力すぎたために息は絶え絶え。
「お前、そういうところは鈍いよな」
クルーガーがニヤニヤしながらソフィアに告げる。
「隠してたってわかる。お前ら、何から何までそっくりじゃないか」
なぜだかわからないが、妙に納得がいった。
行って来い、とクルーガーが手で払う。
ソフィアは笑顔で頷き、再び駆け出す。
ソフィアがこちらに来るのを見て、リリスは銃を撃つのを止めた。それに倣い、子供も銃を下ろす。
門を隔てた内と外。見えない障壁に守られたこちら側とあちら側。
「結局、あそこに居座ることにしたの」
先に口を開いたのはリリスだった。
今まで無かった十字架。それが今、首にかけられている。
ソフィアは頷く。
「そう。それは良かった」
その表情は、笑顔だった。
「その子はどうしたの?」
リリスの元気そうな様子を見届けてから、先ほどから気になっていた子供に視線を移す。
「うちに転がり込んで来たの」
リリスは子供の頭を撫でる。
「せっかくだから、この子と二人であの教会を建て直すことにしたわ」
「あら、素敵ね。それはとてもいいことよ」
悪魔の従者が、教会の再興に目を輝かせて喜ぶ。
「だから今日は挨拶に来たの。人数は減ってしまったけれど、またここを襲撃させてもらうわ」
笑顔で宣戦布告するリリス。
それに笑顔で受けるソフィア。
「今日はそれだけ。じゃあね、元気でね。死なないように」
「それは私じゃなくて、姉さんの方よ」
ここにいる限り、決して命の危険は無い。人間に肩入れしすぎる悪魔のおかげで。
むしろ命を脅かされるのは、強大な力に守られていないリリスの方だ。
だが、リリスは首を横に振る。
「私は大丈夫よ」
それから眉根を下げ、複雑な表情で告げる。
「本当はスパイのつもりだったんだけどね」
悪魔と対立しているのは、教会組織だ。そこに居れば、あらゆる動きを知ることが出来る。ソフィアの命を脅かそうとする人間を、始末できる。実際、ソフィアに銃口を向けた者を、何人か撃ち殺してきた。
「でも、今回は貴女に守られちゃった」
照れたように微笑む。
「これからも守るよ」
もう守られてばかりの幼い自分ではないのだ。
ソフィアは力強くそう告げた。
「そう、それは楽しみね」
リリスの答えに、ソフィアは頷く。
障壁を隔てたこちらとあちら。
悪魔を選んだ者と、神を選んだ者。
「じゃあまたね」
二人は同時にそう言い、背を向け合う。
道は違えど、想いは同じだ。
そうしてリリスとソフィアは、ゴミの掃き溜めを駆け回る。クソみたいな毎日を、突き進む。
図太く、無神経に、大義を掲げて。
これでおしまい
バトンタッチ
「空も飛べない魔女」