-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第四話:第四区域
「臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話」:第二節


 

 あの当時この掃き溜めにあったのは、同盟のようなものでした。まだ統治の形も何も決まっていない状態でした。
 私は初期の頃にその同盟に加わりました。
 私もあの当時、少しばかりですが土地を治めていました。統治者がいないので、弱者は命を奪われるしかなかったのです。ですから、私は私が出来ることを始めました。
 力の弱い者達を積極的に助けるようにしました。
 どちらかというと、私は強者の部類に入るでしょう。戦えば、負けることはないと思っています。
 背後に私がいるとなれば、暴力的な者も迂闊には手を出さないだろうと考えました。
 それは、ある程度は合っていました。私の周りで無慈悲に命を奪われる者は少なくなっていきました。しかし、完全になくなるということはありません。それは今も同じです。
 本当に歯痒く思います。もっと私が強ければ、と。
 ああ、すいません。つまらないことを話しました。
 私のもとを訪れたのは、アル様とアーヴィング様でした。ええ、第七区域の領主様と第六区域の領主様です。
 正直に言いますと、はじめは土地を奪いに来たのかと思いました。アル様もアーヴィング様も名の知れた方でしたから。
 ところが、お二人は「話をしたい」「とにかく話を聞いてくれ」とのことでした。
 ええ、もちろん受けましたよ。警戒はしましたが、私は二人を信じることにしました。暴力ではなく話し合いで解決できるのならそれに越したことはありません。
 あの時、私はアル様とアーヴィング様を信じて良かったと心底思います。
 でなければ、今私はここには居ないかもしれませんから。
 え?そうですか?あの時一度追い返したとしても、また私を誘ってくれたのでしょうか?お二人に聞いてみなければわかりませんが、もしそうだとしたら嬉しいですね。
 話を戻します。
 アル様とアーヴィング様から持ちかけられたのは、手を組もうという内容でした。所謂、同盟というやつですね。
 ええ、信じました。こちらとしても願ってもないことです。危険だとは思いませんでした。
 そうですね、その理由は、アーヴィング様が約束をしてくれたからです。
 彼は私に約束しました。もう二度と人を殺さないと。
 知ってのとおり、アーヴィング様は吸血鬼です。人を殺してその血を得ていたのですが、手を組んでくれるのならもう人は殺さないと私に誓いました。
 死活にかかわることなので、私もさすがにそれはどうかと思ったのですが、遺体から血を得ればいいとのことでした。自らの手を下さなくとも、病気や事故で亡くなる方はたくさんいます。そういった人達から血を抜き取ればそれでいいと。
 それに、毎食血液を摂取しなくともいいそうですよ。数日に一度、少量摂取すればそれで十分だそうです。今は輸血パックがあるから便利ですね。
 よくわかりませんが、アーヴィング様が特別なんだと思います。あの方は十字架も日光も流水も銀も、特別苦手としていませんから。
 ええ、私もそう思います。きっとアーヴィング様は、吸血鬼ではない別の何かだと。本人はそれでも自分は吸血鬼だと言い張ってますが。
 そのアーヴィング様が死活にかかわるようなことを約束してくれたのです。ならば私もそれに応えなくてはいけません。アル様も、無意味に他者の命を奪わないことを約束してくれました。
 おそらく、お二人とも私のことをあらかじめ調査していたのでしょう。私がどんな性格なのか、何をしているのか、そして何を持ちかければ説得できるのか。そこまで真剣に考え、私の力が欲しいと言ってくれるのならば、決して無碍にはできません。
 だから本当にすぐ同盟を組むことが決まりました。お二人の真剣な眼差しを見れば、疑う余地などありません。
 みなさんもきっと、飽き飽きしていたのでしょう。奪い合うことしかないこの世界に――。
 それから何度も話し合いを重ね、あと数人、力のある者と手を組み、今よりもほんの少しでも正常な世界に近づけていこうと決意しました。
 次に仲間となったのが、セリス様です。第五区域の領主様です。
 セリス様は自分の領土を持っていたわけでも配下がいたわけでもありません。気の合う方たち数人と身を寄せ合って暮らしていました。
 彼女達は襲い掛かる火の粉を振り払っていただけでしたが、その強大な力故に、他の妖魔達は近づくことさえ出来ませんでした。
 その噂を聞きつけ、私達は会いに行きました。
 攻撃を受ける覚悟はしていたのですが、すんなりと彼女に会うことが出来ました。こちらが攻撃する意思がないと見受けると、彼女達は歓迎してくれました。
 今後のこの世界の統治の形を話し、手を組んでくれるようお願いしました。
 ええ、結果は見ての通りです。セリス様も我々の考えに賛同してくださいました。
 セリス様もあの当時の現状には嘆いておられました。ほんの少しでもいいから、今よりも争いがなくなってほしいと。
 私達は何度も話し合いを重ね、具体的な案を煮詰めていきました。そして各区域を設定して領主を据えるという形に落ち着きました。アル様にアーヴィング様、私に、セリス様達のうちの誰か一人。
 それにはセリス様が代表して請け負ってくださることになりました。
 え?ええ、そうですよ。あそこはセリス様が主というわけではありません。みなが対等に生活しています。そうですね、今で言うシェアハウスみたいなものでしょうか。あ、シェアハウスはわかりますか?ええ、そうです。さすが物知りですね。
 その後、もう少し仲間を増やしたいとの意見が一致したので、新たに手を組んでくれる方を探しました。
 そこで、クリストファー様が仲間に加わってくださりました。
 ああ、はは、酷い言われ様ですね。あの方は誤解を受けやすいですが、心根の優しい方ですよ。争いはもうこりごりなんだそうです。今までさんざん争いごとを繰り広げてきた反動か、平和主義に転換したそうです。
 ええ、確かに悪魔なのに変ですね。でもあの方は、人を愛しすぎた故に堕ちてしまった方です。従者の方もみなさん人間ですし。
 私がクリストファー様に初めてお会いした時も、特にこれといった悪さはしていませんでしたよ。領土争いを繰り広げているということもありませんでしたし。本当に驚くほどひっそりと従者の方たちと暮らしていました。
 その次に、ラクシ様です。
 私は早い段階で円卓会議のメンバーに加わりましたが、ラクシ様の参入は遅かったのです。
 一番最後は第二区域のレイ様です。今もですけど、あの方は引きこもりがちなので、本当に苦労しました。
 説得したというより、レイ様が折れた形になりましたね。何度も何度も、入れ代わり立ち代わり押しかけましたので。
 どうして、ですか……。やはりあの頃の私達は、何よりもこの土地一帯を平定する力が欲しかったのです。そのためにはレイ様の力が必要不可欠でした。
 ええ、そうです。その噂どおりですよ。死を司る神。
 理性を持たず、暴れることしか出来ない妖魔には、力で押さえつけるしかなかったのです。今もそうですね……悲しいことに、何も変わっていません……。レイ様には嫌な役目を押し付けていると思っています。あの方は、本当に争いを好まない方なので……。
 ですが、だからこそ、私達にはレイ様が必要だったのです。力を誇示せず、むしろ力を使うことに消極的。そんな優しい方と手を組みたかった。
 前後しましたが、話をラクシ様に戻しますね。
 ラクシ様の説得は、私とセリス様が行いました。
 先ほども言いましたが、ラクシ様は広い領土を所持していました。しかもちゃんとした組織になっていましたので、理解を得られなかったら戦うことになるのではないかとの懸念がありました。私もそれなりの覚悟をしていました。
 いいえ、争いにはなりませんでしたよ。
 はじめはラクシ様に会うことすらできず、門前払いを受けました。ああ、言っておきますが、部下の方たちと争いになるようなことはありませんでしたよ。なんでも、無意味に暴れると制裁を喰らうとのことでして。
 厳しいと言うより、教育が行き届いていたのでしょう。部下の方たちもラクシ様のことを敬愛していましたし、他の妖魔に領土を取られないようにしっかり守っていました。
 その統率力はやはり目を見張るものがありましたね。ですから、ぜひ仲間になっていただきたいと、私達は何度も足を運びました。
 ラクシ様のもとに集まる方は、陽気な方が多いですね。あの頃からそうでした。ラクシ様に取次ぎをお願いしている間に、部下の方たちとはずいぶん仲良くしていただきました。セリス様は、ラクシ様よりも先に部下の方たちの説得に成功していましたね。
 ええ、外堀から埋めてしまえという作戦です。
 セリス様の顔見知りもいたらしく、案外あっさりと取り込めてしまえたようですよ。
 それが功を奏したのか、ようやくラクシ様に会うことが出来ました。今でも鮮明に覚えていますよ。本当に衝撃的でしたから。
 ああ、すいません。ちょっと思い出し笑いをしてしまいました。
 ええ、そうですよ。衝撃的と言っても、笑い事です。
 部下の方たちが、ラクシ様のもとへ私達を案内してくださりました。
 みなさんはラクシ様のことを、「兄貴」だとか「頭」だとか、思い思いに呼んでいました。ですから、あの時は私達もラクシ様の名前を知らなかったのです。そしてそれは部下の方たちも同じでした。
 私達を連れて行ってくれた方は、ラクシ様のことを「お頭」と呼んでいました。
 ラクシ様は、私達を見て開口一番、こう言いました。
 「また貴方ですか。私は誰一人として貴方達を子分にした覚えはないですよ」と。
 そうです。つまりあの方達は、勝手にラクシ様の部下になっていたのです。勝手にラクシ様を主と崇め、勝手に自治組織を形成し、勝手に自分達の領土を築いていったのです。当の本人、ラクシ様の与り知らないところで。
 おかしいでしょう?私もセリス様も、これには面食らいました。広い領土を所持している統治者だと思っていたのに、実際は気の向くままにひっそりと暮らしていただけでしたので。
 「貴方は多くの妖魔を従え、広い土地を支配しておられるのではないのですか?」
 そう尋ねると、今度はラクシ様が驚いていました。そんなことになっているとは、と。
 思い当たる節がなかったわけではないそうですよ。自分の周りには顔見知りしかいなくなっていたり、妙に丁寧に接されるとか、時には相談されたりなど。
 ラクシ様は丁寧な方なので、邪険に扱わずみなさんに平等に接していたら、いつの間にかそういうことになっていったようです。本人は認めていませんでしたが。
 それはやはり徳というものでしょう。実際に会って話をしてみて、この方に是非仲間になっていただきたいと思いました。
 私とセリス様は、必死に説得を試みました。ええ、必死です。断られたくありませんでした。共に手を取り合うのなら、やはり信頼できる方がいいじゃないですか。
 ラクシ様は、はじめは良い顔をしてくれませんでした。ですが、私達の言葉に真剣に耳を傾けてくれました。
 一通り話し終えると、ラクシ様はおっしゃいました。
 一晩、考える時間をください、と。
 たった一晩でいいのですか、と私は聞き返しました。
 ラクシ様は、いくら悩んだところで答えはふたつしかないのだから、それで十分です、と。
 翌日、私はセリス様と共に、再びラクシ様のところへ訪れました。
 答えは「はい」でした。
 しかしその「はい」には条件が含まれていました。
 それが、今の第四区域です。
 ラクシ様が出した条件、それは手に負えない妖魔や人間を収容する一画を作るというもの。そしてその管理を全てラクシ様が行うというものでした。
 なぜそのような条件を?
 そうですね。私もはじめは不思議でした。ですが、すぐに理解できました。
 アビー。安住の地を求めてここに辿り着いた、もしくは強制的に住まわされた妖魔や人が、普通に暮らしていけると思いますか?人種も種族も、何もかもが混ざり合った状態で、暮らしていけると思いますか?
 ……ええ、そうですね。いくら私達が統治の形を取ったとしても、やはり弱肉強食は取り除けません。人も妖魔も、弱いものは淘汰されます。命の保障があるのは、強者だけです。残念なことに、ここでは力が全てです。暴力的な力、精神力、頭脳、そういったものが強くなければ生きていけません。これだけさまざまなものが交じり合った中、消えてしまいそうな砂粒だけを取り出して保護するためのルールは作れないのです。あまりにも多種多様過ぎて、あまりにも各々の能力の差がありすぎて、認識を統一することができません。
 だから私達も弱肉強食の世界を容認しています。毎日罪のない弱きものが殺されていても、黙認するしかありません。
 暴力により殺されるものが多数を占めていますが、精神的に死んでいくものも少なくないのです。
 力のあるものが、弱きものへ与える影響は、何も目に見えるものばかりではありません。
 先ほど、レイ様は引きこもりがちだと私は言いました。レイ様は死を司る神です。弱きものが彼女の傍にいると、どうなると思いますか?
 そうです、貴女の想像通りです。死へと吸い寄せられてしまいます。だからあの方は、極力表舞台には出ないようにしているのです。それは他の方も同じです。セリス様は本来おしゃべりで社交的な方なのですが、力の弱い妖魔や人間とは極力会話をしないようにしていますし、クリストファー様も用事がない限り外出は控えています。あの方は特に人間を惑わしてしまいますので。
 そしてラクシ様は、そういった形とはまた別の方法を取りました。
 あの方はあの方なりに守ろうとしたのです。
 何を、かはラクシ様と直接話してみるといいですよ。私なんかが語るより、よほどいい。
 ああ、ちょうど着きましたね。
 やはり議事堂を突き抜けると早いですね。襲われることもありませんし。
 先ほどの話を踏まえ、ラクシ様がどういった方なのか、貴女の目で確かめてみてください。







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