-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第四話:第四区域
「臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話」:第五節


 

 オチが酷い。
 キラキラとした笑みで語り終えたラタナに対して真っ先に思った言葉。
「オチが酷いです」
 臆病なアビーが決して口に出すことは出来ないことを、シュガは臆面もなく発した。
 さすがシュガ様。心の中で拍手する。
「というか、途中から内容が酷いです」
「え?え?」
 ラタナは不思議そうに、シュガとアビーの顔を交互に見る。
「うちのお頭、凄いでしょう?」
 何がダメだったのかわからない様子で、ラタナが問いかける。
 確かにすごい。その強さはまさに鬼。実際種族は鬼なのだが、鬼の中の鬼だ。だが、そこじゃない。
 恐怖しか感じませんでしたとは、とてもじゃないがこの状況では言えない。
「結局殴り飛ばしたり殴り飛ばされたりの話じゃないですか」
「だってシュガ様、俺みたいな妖魔に高尚な話なんて出来るわけないでしょう?」
 至極尤もだ。
 アビーだけでなく、シュガも納得してしまった。
「お話中、失礼します」
 微妙な空気となってしまったこの状況を変える天の助けか。
 声のした方へ振り向くと、そこには中年の男性がいた。見た目は人間と全く変わりがない。
 ここに来てようやくまともな人に出会えた。アビーは密かに感激する。
「お頭は?」
「奥にいらっしゃいます。お客様をお通ししろとのことです」
「ふーん。じゃあ俺もついて行ったほうが良さそうだな」
「そうですね、お願いします。私一人では何かあった時に対処しきれませんから」
 武闘派ではないのだろうか。それなら尚更、安堵を覚える。
 喧嘩上等の元荒くれ者ばかりだと身が持たない。そういう者ばかりだけではないとわかれば、それだけで安心感がある。
 背の低いアビーからすればほとんどの者を見上げる形になるのだが、この男性も背が高く、例に漏れずアビーが見上げる形となる。
 話しかけようかどうか迷っていると、男が先に口を開いた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね」
 そう言って、アビーに会釈する。
「はじめまして。カーターと申します。種族は人間です。以後お見知りおきを」
「あ、あの、アビーです。一応魔女です。よ、よろしくお願いします」
 緊張の中、懸命に言葉を紡ぎ出す。ここに来て、ようやくまともな人に出会えた。それだけで胸が一杯になる。戦闘特技のないアビーにとっては人間も十分脅威なのだが、カーターにはそれが感じられなかった。
「よろしくお願いします。では、こちらへどうぞ。お頭がお待ちですので」
 名残惜しそうな視線を背中に一身に受けながら、揃って部屋を出る。
 少しほっとする。だが油断は出来ない。シュガから離れないように、至近距離を歩く。
 慣れた様子で、カーターは他の者から一歩ほど前へ出て先を進んで行く。
「あー、そっか。初めからカーターに案内させりゃ良かったなぁ」
 物腰柔らかなその姿に感心しつつ、ラタナは悔いた。
「またお客様を恐がらせたんですか?」
「恐がらせるつもりはねーよ。うちはお客様はウエルカムなんだ。イメージ向上作戦中だし。ただガサツすぎて恐がられるだけだ」
「ダメじゃないですか」
「よし、カーター、名誉を挽回してくれ」
「そう言うなら、もうちょっとマナーを学びましょうよ」
「うるせぇ。妖魔を甘くみるなよ。100年かけてようやくこれだ」
「ダメじゃないですか」
 テンポの良いやり取りに、アビーも少しばかり笑顔が零れる。
「すみませんね、うちは乱暴者が多くて。ですが、そうじゃない者も2、3人ほどいますので安心してください」
 たった2、3人しかいないことに絶望すればいいのか、2、3人は確実にいることに安堵すればいいのかわからない。
 廊下の突き当りを曲がる。その先は廊下が数メートルほど続いただけで、鉄のドアによって遮られている。
「ここから先が、本当の第四区域です。この建物は、お客様用みたいなものです」
 説明しながら、カーターがドアを開ける。
 差し込む太陽の光に少し目を細めつつ、切り取られた風景を目に映す。
 至って普通。土があり、木があり、家があり、空がある。アビーが暮らしている風景と、特に変わりがない。
「どうぞ」
 まずカーターがドアを支えながら外に出る。次にシュガが、それから恐る恐るアビーも土を踏みしめる。一番最後にラタナだ。
 居住区にしか見えない。普通の家。どうやら店もあるようだ。畑もあり、誰かが作物を育てているのだろう。街路樹と、道に沿って置かれた植木鉢には色とりどりの花が咲いている。治安の良い居住区にしか見えない。
 ただひとつ。一見平和な住宅地のその先に、張り巡らされた金網と有刺鉄線。
「ここは我々職員の居住区となってます。生活必需品が買える店もありますので、他の区域に行かなくても不自由はありません」
「行きたくなったら行ってもいいですよ。他の区域に行っちゃいけないなんて決まりはないんで」
 カーターの説明に、ラタナが付け加える。
 第四区域に篭らなくてもいいというのは好ポイントだが、まったくもって意味を成さないことにアビーは肩を落とす。いつでもシュガに会いに行けたとしても、アビーにはそれを実行する勇気もなければ強さも無い。一人で遠出をするなど、襲ってくださいと言っているようなものだ。
「必要なら武闘派の皆さんが護衛についてくれますよ」
 アビーの心配に気づいたカーターが、そう声をかける。
「私も他の区域へ外出する時は、誰かについて来て貰いますから」
「お前は弱っちいからな。しっかり見張っておかないと、すぐ妖魔の餌食になっちまう」
「うちには頼もしい護衛がたくさんいますので。意外と面倒見もいいんですよ」
「意外じゃなくて、常に面倒見はいいですよ。護衛だけじゃなくて、生活のあらゆる場面でがっちりとサポートしますから」
 ずいっとカーターを押しのけ、ラタナがここぞとばかりにアピールする。
 だから是非うちに来てください、と。
 そのアピールにカーターも乗っかる。
「嘘ではありませんよ。アビーさんが望めば、思い描いたとおりの家も建ててくれるでしょうし」
「そうですよ。なんなら第三区域の領主様と交渉して、外の世界の最新の家具家電も揃えますから。欲しいものがあれば遠慮なく言ってください」
「えーと……その、検討しておきます」
 今のアビーではそれが精一杯の返答だ。
 それでもラタナは太陽のような笑顔を見せる。シュガの後ろに隠れられた当初に比べ、大きな進歩だ。マイナスからゼロになっただけなのだが、ポジティブシンキング。陽気さがうりの第四区域だ。周囲には一切認知されていないが。
 大きな通りに面して、食料品や日用品、衣料品などの店が並んでいる。ここから一歩も外に出なくとも、不自由なく暮らしていけそうだ。
 しかも欲しいものはわざわざ第三区域の領主と交渉してまで手に入れてくれる優遇っぷり。頼もしい護衛もつくときた。あれ?もしかして今よりも遥かに良い暮らしになるのでは?慣れてしまえば快適な生活が送れるのではなかろうか。
 ラタナの陽気さにあてられたのか、アビーの思考も明るくなる。
「こういったお店の管理はどなたがされているのですか?他の区域から商人が出向しているとかですか?」
 気持ちが前向きになったことつられて、アビーが疑問を口にする。
「いえ、ここにあるものは基本タダですよ。ここの職員は全員家族みたいなものですから、お金は取りません」
 あれ?もしかして本当に快適な暮らしなのではなかろうか。
 ここにきて初めて気持ちが揺らぐ。
 穏やかな居住区を横目に、アビーが本気でここでの暮らしを考え始めた頃、あっさりと頭上高くまでそびえ立つ金網と有刺鉄線の前に到着した。
 第四区域の住人はそう多くは無いのだろう。アビーの見立てでは囚人が9割、看守である職員が1割程度。居住区に立ち並ぶ家の数を見ても、100人もいなさそうだ。もしかしたら慢性的な人手不足なのかもしれない。
 金網と有刺鉄線の隙間から、中の様子を窺う。
 通り道以外は腰辺りにまで育った草が茂っており、視界が悪い。ところどころ屋根が見えるが、見えた部分から察するに、相当古く、廃屋と化しているのが想像できる。
 草が刈り取られた道の先には一体何があるのか、ここからではまだわからない。
「ここから先が収容地区になります」
 金網の一部を切り取って作られた簡単な扉。
「……大丈夫なんですか?」
 いくら有刺鉄線を張り巡らしているとはいえ、外で散々暴れて手がつけられないがために強制的に収容された妖魔達だ。こんな簡単な檻など、あっさり破ってしまいそうなのだが。
「大丈夫ですよ。ここにいるのは、お頭やラタナさん達に言わせれば、力の弱い妖魔ですから。この金網も特別な呪法が施されたものですから、力のある妖魔でなければ破ることは出来ません。人間は言わずもがなです」
「え?人間もここにいるんですか?」
「ええ、うちは人も妖魔も分け隔てなく受け入れる監獄ですから。基本は放し飼いですけどね」
「は、放し飼い……?」
「妖魔も人間も、区別することなくこの中に放り込んでいます。人間は、外から依頼を請けた場合ですね。シリアルキラーや狂信者、テロリスト、そういった類の者達を迎えに行き、強制的にここへ連行します」
 想像してみる。
 他者を殺し、傷つけ、暴れまわった結果、政府直々に収容してほしいと依頼される。それを受け、たとえばラタナがその国へ赴く。その人物の居場所は容易に特定できる。なんせ国がリークしているのだから。銃で抵抗しようが、ラタナにはそんなものは効かない。銃弾など痒いものだろう。刃物も弾き、腕力など到底敵いはしない。指定された人物だけを捕まえ、縛り上げてここに連れてくる。そして、手のつけられない妖魔がたむろする檻の中に放り込まれる。確実に殺されるだろう。強制収容された妖魔からしてみれば、人間は餌だ。
「あの、それって人間は……」
「ええ、すぐに殺されますよ。ただの人間が妖魔に敵うはずなんてありませんから」
 人間は、何を思うだろうか。今まで散々殺してきた。好き勝手に狩ってきた。それが、今度は狩られる側となる。絶対的な力の前に成す術も無く。
 絶望に打ちひしがれるだろうか。恐怖に震えるだろうか。その時になってようやく、被害者の気持ちが理解できたのだろうか。
「うちは閉鎖的なイメージが強いかもしれないですけど、意外にも外との交流が結構あるんですよ。世界各国から依頼されるわけですし」
「そうなんです。だから優秀な事務官さんが必要なんです」
 再びラタナのアピールタイム。
「俺達は肉体労働なんで、頭の方はさっぱりなんです。他の言語なんてさっぱりわかんないですし、読み書きだって怪しいんです。頭脳派がいてくれないと、回らないんですよ」
「で、でも私はそんな、前任者の方の変わりが務まるかどうか……」
「大丈夫です。俺達もしっかりサポートしますんで」
 任せてください、と妖魔の癖に太陽のような笑みを見せる。
 アビーはなんだかこの笑顔に弱い。
「立ち話もなんですので、先に進みましょう。ラタナさん、お願いします」
「おう、任せろ」
 術がかかっているからだろうか、簡素な扉には鍵などかかっていない。その扉をあっさり開け、カーターに代わりラタナが先頭に立つ。
 アビーも恐る恐る続いた。
 風ではなく、がさごそと音を立てる茂みに、アビーの心臓が跳ね上がる。
「何か気になるものがあったとしても、俺から離れないでください。アビーさん、すぐ食べられちゃいそうなんで」
「絶対離れません」
 即答した。
 離れるどころか、密着してもいいぐらいだ。
 と、パキリと枝を踏みつける音がアビーの耳に届いた。
「ひっ!!」
 思わず目の前のラタナの背中にしがみついてしまう。
「そんな恐がらなくても大丈夫っすよ。ここいらの妖魔は弱っちいんで、たいしたことないです」
「それはラタナさんだからですよ!」
 ラタナの背中にしがみついたまま反論する。
「ああ、そうだ。ちょうどいい。アビーさん、次の建物に入るまで、そのままラタナさんにくっついていてください」
「えっ?ど、どうしてですか?」
 カーターの指示に、ラタナも不思議そうな顔をする。
「あー、なんと言いますか、一応掃除はしているものの、そう綺麗にはならないんですよ。ですからゴミが落ちてる可能性もありますので」
「そうか、腕とか足とか頭とか、わかりやすいのは見つけやすいけど、肉片なんかは見つけにくいからなぁ」
「せっかくオブラートに包んだのに、どうしてはっきり言っちゃうんですか」
「あっ、しまった」
「何も聞いてないです。絶対離れませんし、目も瞑っておきます」
 アビーはがっしりラタナにしがみつく。足は完全に浮いてしまっているが、アビーの小さな身体などラタナは意に介さない。
 雄たけびのようなものや、すぐ近くで草の擦れ合う音が聞こえてきたが、無理やり何も聞こえていないことにする。
 大丈夫大丈夫、ラタナさんがいるし、何よりシュガ様がいる。そう自分に言い聞かせ、恐怖に打ち勝とうとする。
「そんなに恐がらなくても大丈夫ですよ。ほら、すぐそこの倉庫に車がありますので、それに乗っていきますから」
 恐る恐る目を開けると、カーターの言うとおり、周りの景色から浮いている倉庫があった。
 レンガ造りの強度がありそうな倉庫だ。カーターの話によると、この倉庫も特別製で、いくら妖魔が襲い掛かったとしても全て弾き飛ばしてしまい、傷ひとつつけられないそうだ。
 中にある車も特別製なのだろうかと期待したが、それは何の変哲も無い普通の車らしい。
「あの、危なくないですか……?」
 助手席に座ったアビーは、運転席のカーターに尋ねてみた。
「大丈夫ですよ。車のスピードについて来られる妖魔はここにはいないですから」
「で、でも、もしタイミングよく攻撃とかされたら……」
「その可能性はありますけど、シュガ様もラタナさんもいますので、特に問題ないと思いますよ」
 アビーは縋るような目つきで、後ろに座るシュガを見る。
「大丈夫ですよ。私がついていますので、安心してください」
 にこりと微笑むシュガ。ちょっとだけ癒された。
「では行きますよ」
 自動でシャッターが開き、車が発進する。
「あ、もし恐いようでしたら目を瞑っていてください。先ほどもいいましたが、ゴミが落ちているかもしれませんので……」
 カーターは苦笑しながらそう告げた。
 発進して間もなく、得体の知れない雄たけびが聞こえてくる。それから、人間のような悲鳴も。
 アビーは身を硬くする。
 人間のカーターはこの状況をどう受け止めているのだろうか。同胞を、妖魔共の餌として差し出してるのだ。慣れてしまっているのだろうか。
 疑問に思った。
「あ、あの」
 緊張しつつ、小さな声で話しかける。
「はい、何ですか?」
 無事カーターの耳に届いたようだ。
「そ、その、どうしてカーターさんはここに勤めるようになったんですか?」
 ラタナのような妖魔ならともかく、カーターは人間なのだ。まずここに辿り着くのさえ困難だ。ここに来るには、治安の悪い第三区域か第五区域を通らなければならない。さらには、外ではイメージ最悪の第四区域に来ようと思う人間などいないはずだ。ならば、自分と同じくスカウトされたのか。
「えっと、参考までにお聞きしたいのですが……」
 無理にとは言いません、と最後につけておく。
「ああ、まあそれもそうですね。もしかしたら、共に働く仲間になるかもしれないですし」
「そういえば俺もお前がここに来た経緯を聞いたことがない」
「あれ?話しませんでしたっけ?」
「ざっとは知ってるが、詳しくは聞いたこがない」
「では、そうですね。せっかくですので、ラタナさんも聞いていってください。私がここに来た経緯を」







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