-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第四話:第四区域
「臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話」:第六節


 

 私はこのゴミの掃き溜めで生まれ育ちました。どの区域で生まれ、どういう経緯でそこに居たのかはわかりませんが、物心ついた頃には第二区域の孤児院にいました。
 ええ、本当にラッキーだと思いますよ。ご存知の通り、第二区域はゴミの掃き溜めの中で最も治安の良い区域ですから。他の区域だったら、おそらく私は生きていないでしょう。特別身体能力に優れているとか、特別頭が良いとか、私にはそういう特別な何かは一切ありませんから。至って普通の人間です。
 今でもそうですよ。妖魔に襲われれば、確実に死にます。ラタナさんに、たとえ冗談でも殴られれば死ねる自信がありますね。
 いやいや、それほど脆いんですよ、人間は。常々言ってますけどラタナさん、冗談やノリで肩叩いたりとかしないでくださいよ。貴方の馬鹿力だと骨折れますから。
 ああ、アビーさんの場合は大丈夫ですよ。見るからにか弱そうなんで、触れたら死ぬかもしれないって皆思ってるので気安く触れたりはしないはずです。ギリギリまで近付いてくるかもしれませんが。
 なるほど、体験済みですか。悪気はないんで許してやってください。
 それで、話を戻しますね。
 私は幼少期は第二区域の孤児院で育ちました。小さな孤児院でしたので、せいぜい10人ほどでしたね。
 やはりここは独特なのでしょう。幼くとも、ある程度察することが出来ました。そして自分が非常にラッキーであることも自覚していました。誰にも拾われることもなく、路地裏で死んでいく子供を目にすることもありましたから。治安の良い第二区域と謂えども、妖魔同士の争いや、人と妖魔のいざこざ、強盗殺人を繰り返す人間は珍しくありません。暴力の蔓延する場所では、人間の子供というのは非常に無力なんですよ。ですから、私達はひっそりと隠れるようにして暮らしていました。近隣の人と妖魔の善意を頼りにするしかありませんでした。
 そういった暮らしに、特に不満はありませんでした。院長先生も良い方でしたし、友達もいましたし、楽しかったですよ。
 10歳になる頃、私はとある夫妻に引き取られました。
 ええ、人間です。これも特に珍しいことではありませんでした。子供を亡くした夫婦が、寂しさのあまり孤児院を頼ってくることはありました。人と妖魔の夫婦もそうですね。子供を授かることが出来ればいいのですが、そうでない場合は孤児院から誰かを自分の子供として育てるということは間々ありました。外の世界でいうと、養子縁組というやつです。ああ、ご存知ですか?さすがですね。
 私の場合は商家でした。そこそこ大きい商売をしていて、人手を補うために引き取られました。
 やはりこういう場所ですから、見ず知らずの人間を雇うよりも、一から育てる方が信用できるということなんでしょう。私の他にも人間はいましたし、妖魔もいました。
 本当に私は運がいいんです。私を引き取ってくださった夫婦は、私を実の息子のように育ててくれました。奴隷のような扱いを受けることもなく、読み書きなどの基本的な教育を施してくれました。
 私も、あのお二人を本当の両親のように思っていました。立派に成長して、必ず恩を返そうと。
 あの頃は本当に楽しい毎日でしたよ。
 え?あ、もちろん今も楽しいですよ。そんな睨まなくても大丈夫ですよ、ラタナさん。新しい仲間と出会えて幸せですよ。
 それでですね、えーと、どこまで話しましたっけ?ああ、そうそう、それで、私はその方達のおかげで、何の能力も持たないのに無事に成長することが出来たんです。
 きっかけは、今から20年ほど前です。とある人と出会いました。
 うちは卸問屋なのですが、そこそこ大きいからなのか、いろんな人から店を開きたいという相談をよく受けるんです。それで私がその方を対応したのが始まりです。
 女性でした。
 そうです、こっ恥ずかしいのですが、私はその方と恋仲となりました。
 ちょっと、やめてくださいよ。からかわないでください。若かりし頃の恋愛話なんて恥ずかしいんですから。え、あっ、謝らないでくださいアビーさん。大丈夫ですから。それに、このことを話さないと。それが私がここに来た理由ですので。
 その女性は、何か商売を始めたいとうちにやって来ました。必死に貯めたお金を持って。
 びっくりしましたね。そんな簡単に大金を見せるなんて。悪徳業者なんてたくさんいるんですから。ですがそれがかえって好印象でした。私達は彼女に協力することに決めました。
 料理が好きとのことで、飲食関係はどうかと薦めました。いくら第二区域と謂えども夜は危ないので、日中のみ開店しているカフェテラスとか。自分が食べていけるだけのお金が手に入ればいいとのことでしたので。
 彼女は基本的な読み書きは出来たのですが、計算がちょっと……。ですから私が教えることになりました。商売についても。
 あー、もう、ラタナさん。いちいちからかってこないでください。そうですよ、そうやって開店準備を手伝ううちにどんどん親密になっていきました。
 彼女は非常に勉強熱心で、何事にもとても意欲的に取り組んでいました。そんな彼女に私も惹かれていきましたし、彼女も私に好意を寄せてくれました。
 ただ問題がありました。
 彼女は妖魔でした。
 別に人間と妖魔が恋仲になることはそう珍しいことではないんですけどね。だから当時の私も、そんなものは障害に成り得ないと思っていました。
 恋は盲目と言いますか、若かったと言いますか……。きっとうまくいくと信じていたんです。
 1年がかりで準備に取り掛かり、無事開店することが出来ました。
 店は大通りに面していて、かなり良い立地条件でした。つてを頼って、かなり評判の良い不動産屋と契約することが出来ましたので。
 客足は上々。私も時折手伝いに行くことがありました。
 本当に毎日が楽しそうでしたよ。ずっと続くと疑いませんでした。私も、彼女も。店が落ち着いたら、一緒に暮らそうと約束していたんです。
 店を開いて半年ほど経った時、事件が起こりました。大通りで、人間が殺されていたのです。その惨状からして、おそらく妖魔に喰われた。
 ご存知の通り、ここ「ゴミの掃き溜め」では日常茶飯事です。ですが治安の良い第二区域では、それは異常事態でした。そういったことは裏路地で行われており、人目につく大通りで堂々と行われることはほとんどなかったのです。
 「成れの果て」が現れたんじゃないのかという噂で持ちきりになりました。第二区域は妖魔でも穏やかな者が多いんです。争いを好みませんし。なので、人間妖魔問わず戦々恐々としましたよ。「成れの果て」は理性なんてものはなく、ただただ破壊するだけですから。
 その事件が起こったのとほぼ同時期に、彼女が体調を崩してしまいました。
 シュガ様やラタナさんにはないでしょうけど、力の弱い妖魔は人間でいう風邪のようなものを引くこともあるんですよ。え?それは体力の差と言いますか、妖力の差と言いますか、その違いじゃないんですかね?周りに怯えることもありませんし。そういう積み重ねじゃないでしょうか。
 だからと言って、人間のように死に至ることはありませんけどね。彼女もそうでした。2、3日寝込んだだけで、また元通り店を再開させました。
 1ヶ月ほど経ち、また人が殺されました。同じ手口です。食い荒らされていて、見るも無惨な姿だったそうです。
 さらに半月後、また人が殺されました。
 ここでようやく自警団が解決のために動き出しました。
 あ、第二区域には自警団がいるんですよ。外の世界で言う警察組織みたいな。警察はご存知ですか?あ、さすがですね。そうです、おっしゃる通りです。
 自警団は領主様に直接雇われているので、実質領主様が動いたと言っても過言ではないでしょう。
 それもそうですよね。店が立ち並ぶメイン通りで人間が惨殺されているのですから、動かざるを得ない状況でしょう。戦闘が得意ではない妖魔や人間が集まっていることですし、多くの者が四六時中怯えて暮らすことになりますから。
 そういった事件もあり、彼女は体調が悪そうでした。だから私も極力彼女の傍に居ようと、必死で時間を調整しました。
 その時は、深く考えていませんでした。事件のせいで彼女が怯え、体調を崩しているのだと。彼女を守ってやらなければぐらいにしか思っていませんでした。
 彼女から笑顔が消えた理由を、もっとよく考えるべきでした。
 3度目に人が殺された時です。
 私は彼女と一緒に暮らす決意をしました。やはり彼女は体調を崩していて、寝込んでいました。
 そして、見つけてしまったんです。部屋を掃除していた時、血まみれの彼女の服を。
 初めからわかっていたかと思いますが、ご想像の通りです。人を殺していたのは彼女でした。
 ただ、私は問い詰めることは出来ませんでした。何かの間違いだと信じたかった。
 けれどもまた人が殺されました。その時彼女は夜な夜などこかへ出かけて行きました。そして、血まみれで帰ってきました。
 もう疑う余地もない。私も彼女も、その事実に直面しました。
 彼女は泣き崩れました。自分がおかしくなっていくと。人を殺したくて仕方が無い。人を食べたくて仕方が無い。どんどん正気でいられなくなっていくと。
 それでも私は彼女の傍にいることを決意しました。何とか彼女を繋ぎとめようと。
 事態は悪化の一途を辿りました。寝込む回数が増え、正気でいられる時間がどんどん少なくなっていく。豹変し、人を殺しに外へ出て行こうとする。私は止めようとするのですが、所詮は人間の力です。妖魔に敵うはずなんてありません。
 私は必死で隠蔽しました。自警団が動いているのです。もし見つかってしまったら、彼女は殺されてしまう。
 そんなことを何度も繰り返しました。何度も、何度も。
 ある日、彼女はまた人を殺しに出かけました。私は家の中では止めきれず、追いかけました。彼女は適当な家に侵入し、そこに住む一家を惨殺してしまいました。
 人間を貪り食う彼女に対して、私はどうすることも出来ませんでした。
 そしてとうとう見つかったのです。見つかるのはもう時間の問題でしたから、いよいよその時が来たのだなとしか思いませんでした。私は、彼女と共に死ぬ気でした。
 必死で人間の血肉を啜る彼女を横目に、その方は私に問いました。彼女は大切な人かと。
 白髪の少女でした。オーラと言いますか、威圧感と言いますか、その方の持つ雰囲気は非常に独特で、一目で只者じゃないというのはわかりました。それがまさか第二区域の領主様だったとは。
 私は、彼女を殺すのならば自分も一緒に殺してくれと言いました。
 レイ様が悲しそうな顔をしたのを覚えています。
 レイ様はしばらく考え込むと、彼女と共に第四区域へ行けとおっしゃいました。
 当時の私はみなさんと同じように、第四区域はただの監獄としか思っていませんでした。人間や妖魔を拷問して楽しんでいると。あ、それは別に嘘じゃないですね。えっ?だってお頭、嬉々として拷問してるじゃないですか。
 とにかく、囚人はもちろんのこと、看守も極悪非道の集団だと思っていたんです。だからレイ様がおっしゃったことは、私達に対しての罰なんだろうと。
 私は大人しく従いました。親切にも第四区域まで送ってくださるとのことでしたので。
 彼女は、レイ様が眠らせました。レイ様が近付くと彼女は酷く興奮して威嚇していたのですが、レイ様が触れた途端に糸が切れた人形のように倒れました。初めは殺したのかと思いましたが、眠らせただけだったようです。死を司るというのは本当みたいですね。ちょっとぐらい誇張してるんじゃないかって疑ってたんですよ。本当に「領主」と名の付く方々は化け物ぞろいですね。
 移動中、車の中でいろいろ聞かれました。当然、私には話す責任がありますので、包み隠さず話しました。彼女の罪も、自分の罪も全て。
 レイ様に連れられて第四区域に着き、そしてお頭と出会いました。
 初めはやはり恐かったですよ。血に濡れた金棒持ってるんですから。自分もこれで殺されるんだなって思いました。でも、覚悟は決めていましたので、洗いざらいお頭に話しました。お頭は黙って私の話を聞いてくださいました。
 一通り話し終わった後、お頭は私に尋ねたんです。
 英語、スペイン語、中国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、もしくは四則演算できますか、と。
 私も今のアビーさんと同じ顔をしました。大罪の話の後に、なぜそんなことを聞くのかと。でもお頭は大真面目なんですよね。
 幸いなことに私は読み書きも計算も出来ましたし、スペイン語なら少しだけわかりました。そう答えると、うちで働かないかとスカウトされました。
 驚きますよね、普通。これだけ罪を犯して、だから拷問されて殺されるのかと覚悟してたら、いきなりスカウトされたんですよ。
 でも、それが私達二人のためだとおっしゃってくださいました。
 誰しも大切な人はこの手で守りたいと思っているはずです。でも傍に居続けることで、大切な人を苦しめている。そういう場合もあるのです。私が、そうでした。
 彼女は、力のない妖魔でした。刃物で刺されたり、銃で撃たれれば死んでしまうような弱い妖魔です。そんな妖魔の傍に、種族の違う人間の私が居続けました。価値観も寿命も、何もかも違うのに、決して分かり合うことができないのに、光明があると信じてしまった。
 現実は、そう都合よくいきません。その現実が、不安となって襲い掛かってくる。
 彼女は、精神的に死んでいったのです。力の弱い妖魔は、精神も弱い。そしてただの妖魔と変異してしまった。私が傍に居たために。
 私がここで働いているのは、贖罪の意味もあります。強くて弱い悲しい妖魔達に死を与えるためでもあります。
 なんか矛盾してますね。実は複雑なんです、心中としては。でも、知ってしまったからには、今までどおりに暮らしてなんかいけなかったんです。だからアビーさんも自分の目で見て、感じ取ってから決めてください。無理だと思ったらそれで構いません。もし何かしたいと思ってくださったのなら、どうか力を貸してください。
 あ、ちょうど着きましたね。ここが第四区域の最奥です。では、ようこそ。この監獄を造った目的へ。







inserted by FC2 system