-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第四話:第四区域
「臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話」:第八節


 

 あ、そろそろ落ち着きましたか?
 いえいえ、謝らないでください。こちらこそいきなり強烈なものをお見せして申し訳ありません。ですがあれを見ていただかないことには、第四区域の意味がわかりませんので。
 あと、彼女のことについてはラタナが私から話せと言うので。まあ、隠し立てするようなことでもないので別にどうってことないですよ。
 その辺でうろちょろしてる方達は気にしないでください。いつもさっさと帰ってくれないんですよ。我が家の如くくつろいでから帰るんです。ご飯までたかる始末でして。
 だからアビーさんも気にせずくつろいでください。どうぞ、紅茶も飲んでください。ケーキもまだまだありますので。ラタナ、貴方は遠慮しなさい。お客様優先です。
 あ、これ気になります?ただの金棒ですよ。みなさんが鬼だ鬼だとおっしゃいますので、それらしい演出をしているんです。
 私は自分から鬼だと名乗り出たことはありませんよ?自分が鬼だという自覚もありません。ですが他の方々の認識は鬼ということなので、だったら鬼っぽく振舞おうと思いまして。これでもちゃんと聞き取り調査したんですよ?鬼はどういう格好をしているのか。さすがに虎柄のパンツ一丁はただの変態ですので、服は着ていますけど。あ、でも下着は出来るだけ虎柄なんです。見ます?あ、そうですか。
 金棒が怖いのなら見えないように隠しておきます。カーターもこれ恐がりますよね。
 そりゃそうですよ、これで殴るんですから当然血はつきますよ。殴る以外に何に使うんですか。杖にしては重すぎるでしょう。
 それで、一応私は鬼ということになっているので、金棒はいつも持ち歩くことにしているんです。でも今はこれは隠しておきましょう。
 実際のところはよくわかりませんが、とりあえず私は鬼ということにしておいてください。まあ、自分がどうやって生まれたのかなんて答えられる妖魔はいないでしょうね。
 ああ、でもレイさんは混沌から生まれたそうですけど。混沌から生まれるって意味わからないですよね。あ、ちょっとチキさん、睨まないでください。
 そういえばチキさんは棒から生まれたんでしたっけ?……ぷっ……。
 あ、すいませんすいません、冗談です。怒らないでください。可愛いデーモンジョークです。茶化した私が悪かったです。もう二度と貴方達とやり合う気はありませんよ。
 え?ええ、そうですよ。ここを統治する今の形を取る前に、ちょっとスカウトしに。私達の求愛に応えてくださって良かったです。あからさまに嫌な顔しないでくださいよ。ちょっと傷つきます。
 えーと、何の話でしたっけ?ああ、そうそう。あの檻で捕まってる妖魔達のことですね。
 さっき見たあれは、私の片割れです。残念ながら恋人とかそういう甘ったるいものではありません。家族と表現すればいいですかね。姉というか妹というか、気がつけば一緒にいました。だからいつも一緒に行動していました。ごく自然に。
 二人でふらふら彷徨って、ここ、掃き溜めに辿り着きました。当時は、いいところがあったもんだとしか思っていませんでした。気兼ねなく過ごせましたので。
 まあ、やたらと絡まれましたがね。誤解されてる気がするので言っておきますが、返り討ちなんてしてませんよ。そりゃちょっとはやり返しますけど、命まで刈り取るようなことはしていません。ごく一部を除いては。
 そのごく一部は、まったく言うことを聞かない妖魔ですよ。今はかなりマシになりましたけど、昔はかなり酷かったですから。他人様に迷惑をかける輩が多かったので、見かけたら張り倒していました。
 ああ、そんな恐がらないでください。むやみやたらに殴ったりしませんよ。自分で言うのもなんですが、根は優しいんです。ほら、その証拠にカーターはちゃんと五体満足で生きているでしょう?
 では本題を進めましょうか。話は私が領主となる前まで遡ります。
 私達はただ気ままに暮らしていました。迷惑な輩を見かけては叱り飛ばし、絡んでくる連中は殴り飛ばし、そうやっているうちにラタナみたいに私のことをお頭と呼ぶような連中にまとわりつかれました。無害なので放っておきました。迷惑をかけるようなことさえしていなければ別に構いませんよ。
 私がなぜ口うるさく迷惑をかけるなと言っていたかと言いますと、すぐ傍に迷惑をかける存在がいたからです。ええ、そうです、彼女、シサラのことです。
 先ほども言いましたが、私は根は優しいんです。良識があると言った方がいいですかね。彼女にはそれがありませんでした。無邪気に目の前の者を殺す。
 相手が絡んでくる場合は言わずもがな、普通に話をしていたのに、何が気に入らなかったのか次の瞬間に殺す。私の片割れですから、力は相当なものですよ。
 私は善で、シサラは悪。そういう感じです。もしかしたら私達は元はひとつだったのかもしれません。それがどういうわけか、何かの拍子に分かれてしまったのかもしれませんね。
 当初はそう頻度は多くありませんでした。気にはなりますが、特に気にならない程度です。ここに流れ着いた時も、そう酷くはありませんでした。
 ここで気ままに暮らし、顔見知りも多くなってきた頃です。
 シサラの様子がおかしいとか、そういった前兆はありませんでした。明るく、楽しそうに、殺す。
 とうとう狂ったかと思ったのですが、どうもそれも違う。受け答えは正常です。記憶を失ったりしていません。自分の行いも理解しています。シサラは紛れも無く正気です。正気のまま、殺戮を繰り返すのです。
 止めるこちらも必死ですよ。なんせ力は私と同等ですから。本気でやり合えば、あたりは消し飛んでしまうでしょう。ですが、幸いなことにかろうじて私の言うことは聞いてくれました。
 そうなった原因は、妖魔だからとしか言いようがありません。
 シサラは、私以上に妖魔でした。ここに流れ着き、数多くの妖魔に触れたことで箍が外れたのでしょう。数多くの妖気に中てられた、と言った方がいいのかもしれません。
 シサラは成れの果てではありません。なりかけているわけでもありません。最低限のルールさえ守れない、この「ゴミの掃き溜め」でさえも生きていけない妖魔だったのです。
 そんな折に、ラタナがシュガさんとセリスさんを連れて来ました。
 ラタナは私のことをお頭お頭と言ってよくまとわりついて来ましたからね。初対面の方に誤解をさせてはいけないと思い訂正させてもらったのですが、どうも外堀を埋められていたようでした。いつの間にか私は数多くの妖魔を束ね、広い領地を有している強力な妖魔ということになっていました。こちらの方が驚きましたよ。まったくそんなつもりなんてありませんでしたから。周りはやけに顔見知りばかりだな、と。礼儀正しくなっていたので、改心したのだとぐらいにしか思っていませんでした。私をリーダーとして見ているなんて思いませんよ。
 シュガさんとセリスさんもあの時は驚いていましたね。認識の違いではじめは話がかみ合いませんでしたし。
 ああ、シュガさんはアビーさんに話したのですか。そんなに可笑しかったですか?ああ、セリスさんまで……。
 えーと、まあいいです。話を進めますね。
 シュガさんとセリスさんが話をしたいとのことで、わざわざ私の元までいらっしゃいました。見目麗しいお二方にお願いされては無碍には出来ませんからね。
 お二人の話は、簡単に言うとこうでした。ここを統治して、もう少しマシな形にしたい、と。
 正直、嫌だなって思いました。統治するには、他の妖魔達と争わなくてはならないでしょう。私は調子に乗っている妖魔を虐げて苛めるのが好きなのであって、争いは好きではないのです。
 ですが、おっしゃることはよくわかりました。完全に統治する、支配するということはここでは不可能です。だからこそ誰かがトップに立ち、最低限場を治め、外の文明を取り込んでいかなければ、妖魔達の争いは激化するばかりです。実際、月日が流れるにつれ、そうなっていました。
 力の強い妖魔はそれでいいでしょうが、ここには力の弱い妖魔も流れ着くのです。弱い妖魔は殺されるしかなくなります。それに、顔見知りの者達がいなくなってしまうのも寂しいですし。
 断ろうと思いました。けれど、そうできませんでした。シサラのことがありましたから。
 私はシサラを止めなければなりません。
 一晩考え、私はその話を受けることにしました。数多くの妖魔を束ねていることになっていますし、領主という形に納まっても構わないでしょう。今更というやつです。
 ただ、条件を出させてもらいました。私が領主となる代わりに、私が統治する場所は監獄にします、と。
 理由は、シサラがいたからですね。
 他の領主達が話し合って決めた統治の形。基本的には放任。弱肉強食には目を瞑ること。外の文明文化を取り入れるのは領主が行う。シュガさんはこの地の貨幣経済をうまく回していますし、クリストファーさんは貿易を行って外の世界の物資を仕入れています。無論、法律なんてものはありませんし、我々も創る気なんてありません。本当に最低限のルール。あまりにも多くの人間や妖魔を殺さないこと、街を破壊しないこと、たったそれだけです。
 シサラは、決してその形に納まらないと、私は確信していました。彼女は殺戮と破壊を楽しみます。正気のまま、あらゆるものに対して力を振るう。そしてそれは更に酷くなる。
 私は、シサラを閉じ込め、眠らせることにしました。私の片割れですが、仕方ありません。遅かれ早かれこうなっていたことでしょう。
 シサラを封じるためには他の方々の協力は不可欠です。閉じ込める監獄も。
 レイさんが最後のメンバーとして加わった後、私は実行に移しました。
 シサラは、ただ笑っていました。
 彼女もこうなることはわかっていたのでしょう。
 みなさんにも手伝っていただき、シサラを封じました。
 楽に、とはいきませんでしたよ。力量は私と同じですし、箍が外れてしまってますからね。なかなかに大変でした。
 封じた後は、先ほどのように定期的に食事を与えています。
 ああ、先ほどのあれは、人間ではなくホムンクルスです。培養液で作られた人間のようなものですから、心がありません。以前は外の世界で厄介払いされた人間を食べさせていたのですが、ここ数百年でホムンクルスに変えました。そちらの方が都合が良いのです。
 与える餌には特別な呪法を施しています。簡単に言えば、毒です。一度の摂取で殺せるほどの毒はありませんから、徐々に蓄積させて弱らせていくのです。弱らせて、やがて死に至ります。自然に、眠るように。
 この措置はシサラだけではなく、第四区域の最奥に閉じ込められている全ての妖魔も同じです。
 なぜそんな回りくどいことを、という顔をしていますね。アビーさんはわかりやすくていいですね。
 私が妖魔だから、というのが答えです。
 シサラは、シサラだけでなく、この最奥で封じられた妖魔達は幸せな夢を見ていることでしょう。痛みもなく、時間の感覚もなく、夢の中を漂っています。幸せな夢を見続け、死んでいくのです。
 妖魔から妖魔への、最期のプレゼントです。
 どうしようもなく妖魔でしかいられない彼らへの。
 力を持った者の責任だと思いませんか?
 だから私はここを治めることにしました。
 彼らの、最期の楽園にするために。







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