-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第四話:第四区域
「臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話」:最終節


 

 ただの変哲もない廊下。いつも通りの床。それを一歩一歩、感触を確かめるようにして歩く。
 いつもは何も思っていなかったのに、急にいろんな思いが込み上げてくる。
 忙しくドタバタと走り回った日もあれば、失敗して落ち込んでトボトボと歩いた日もある。おしゃべりしながら軽やかに歩いた日もあれば、疲れた体を引きずるようにして歩いた日もある。
 ダメダメ。
 私は軽く頭を振る。
 ちょっと泣きそうになってきた。
 この何の変哲もない廊下とも、もうすぐさよならだ。
 となりを歩くシュガ様。私の仕事用具をまとめた段ボールを持ってくれている。長年愛用していたものだから、仕事場が変わったとしても変わらず使っていきたかった。
 何百年と勤めたこの場所から新しい勤め先へと持って行くものは、シュガ様が持ってくれている段ボールと、私が持っている紙袋ひとつ。
「荷物は本当にこれだけでいいのですか?」
 いつものはきはきとした口調ではなく、少し柔らかい。ほんのちょっとでも寂しいと思ってくれてるのかな。だったら嬉しいな。
「はい、私物はほとんどありませんので」
 せいぜい電卓や万年筆程度のものだ。大きなものと言えば、通訳の時に使う辞書ぐらい。
「それにしても、アビーにしてはずいぶん急でしたね」
 第四区域に移ると決めたのは一昨日。あれから二日しか経っていない。
「はい。思い立ったらすぐに行動に移さないと」
 残念ながら私は強者の部類じゃない。ちょっとしたことで決心が揺らいでしまう弱者だ。いつまでもここに居たら、名残惜しくなってしまう。
 だから私は急いで荷物をまとめた。昨日一日で家の荷物を最低限必要なものだけまとめ、あとは全て処分する。そして今日は仕事場の荷物をまとめ、その足で第四区域へと赴く。
「他のみなさんにあいさつをしなくても良かったのですか?」
 確かに薄情かもしれない。でも。
「また会いに来ますから。永遠に別れるわけじゃありませんので」
 そう言って、気丈に笑う。
 本当はみんなと別れるのが悲しくなってしまうから。それが怖かっただけ。
 ただ、一人だけ、居る。思い残していることがひとつ。
 昨日も一昨日も会えなかったから、特別にシュガ様に呼び出してもらった。
 わけもわからずに呼び出された子がそこに居る。
「シキ!」
 その姿を見つけると、私は全力で駆け出し、タックルする勢いで抱きついた。
「うわっ!何この人!」
 少々潔癖症なこの同僚は、私の予想通りとてつもなく嫌がった。
 ハグをしてほっぺにキスをしようとしたけれど、両腕を突っ張って全力で拒まれる。そこまで拒否されるとちょっと傷つく。
「シキ、あのね!」
 引きはがそうとぐいぐい押してくる。手のひらで頬をぐりぐりされて、結構痛い。けど今はそんなの構わない。
「私、第四区域に行くことになったの」
「えっ!」
 腕の力が緩む。ここぞとばかりにぎゅっと抱きついた。
「何したの?」
 うんうん、そうだよね。第四区域って言ったら、普通捕まることを想定するよね。
 シュガ様が説明するかなって思ったけれど、何も言わない。私がシキにしがみついているのを微笑んで見ている。
 私の口から説明しなさいってことなんだろう。
「あのね、第四区域の領主様の補佐官として仕事することになったの」
「えーと、それはつまり……」
「つまり、今日でお別れになるの」
「えっ!?」
 ポーカーフェイスのシキが、眉尻を下げて悲しそうな顔をする。
 あ、良かった。私、嫌われてない。今までみたいに会えなくなって喜ばれたら、きっと立ち直れない。
「そんな、急に……」
 動揺してくれてるのが嬉しい。シキにとって私は、少なくとも嫌な奴というわけじゃなかったみたいだ。
「でも、大丈夫だよ。いつでも会いに来るから。遊びに来るから」
「それって、私も遊びに行ってもいいの?」
 シキからの思ってもみなかった申し出に、私は驚く。かなり驚いてた顔をしてたのだろう。シキが慌てて言葉を告げる。
「だってアビー弱いし、その、いじめられたりしないか、その……心配だし。嫌な奴とかいたら、私がやっつけて……」
 言葉の途中だったけど、私は思いっきりシキのほっぺにキスをした。それはもう、思いっきり。ぶちゅ~っていう音が聞こえてきそうなぐらいに。
 ぎゃあぁぁぁとシキが悲鳴をあげたけど、無視だ。涙目になりながらごしごしと頬をぬぐう。
 そんなに必死になられると、もっとキスをお見舞いしてやろうかと意地悪な感情が芽生えてくるけど、今はそれよりも大切なことを伝えなきゃいけない。
「大丈夫だよ。みんないい人達だったから。それに、遊びにならもちろんいいよ。大歓迎」
 それ以外なら、もちろんお断りだ。
 鬼の血が混じった彼女が遊び以外の理由で来るということは、最期をあの楽園で迎えてしまうということ。そんなの、絶対に嫌だ。そんなこと、絶対にさせない。
「シキ」
 そっと頬に手を添える。
「あのね、伝えたいことがあったの」
 そのためにシュガ様に呼び出してもらったのだ。
「これから離れ離れになっちゃうけど、遠くなっちゃうけど、それに、私なんかじゃ頼りないかもしれないけど、でも、困ったことがあったら、どんな些細なことでも相談に乗るから、ちゃんと言ってね。いつでも来て。いつでも呼んで」
 私の想いが伝わったのか、シキは少し顔を赤くして目を逸らしながら、ありがとう、とぽつりとつぶやいた。
 見た目は私の方が子供だけど、普段の言動も私の方が子供っぽいけれど、生きてきた時間は私の方が何百年も長いんだから、ちょっとぐらいお姉さんっぽいところ見せられたかな。
 それから、隙ありと再び頬にキスをする。またしても、ぎゃあと悲鳴をあげられる。ちょっと傷つく。まあ、シキの生まれ育った国ではそういう文化がないから仕方ないのかもしれないけど。
「私ね、強くはなれない。でもね、支えられることは出来るかもしれないの」
「うん」
「だから、行くね。私、がんばるから、シキもしっかりね」
「……うん」
 いっぱいいっぱい伝えたいことはあるけれど、今はこれで精いっぱい。残りはこれから伝えていけばいい。
 うん、これで思い残すことはなくなった。
 私は足を進める。
 シュガ様が荷物を持ってくれる。シキが見送りに来てくれる。他のみんなも、窓から手を振ったり見送りに来てくれたりして、口々にがんばってと応援してくれる。
 ああ、ダメ。泣きそう。
 私は奥歯をぐっと噛み締めて我慢する。門出に涙はふさわしくない。
 ずっと、弱かった。魔女狩りで町の人達を見捨てて逃げ出して、シュガ様に拾われてからはずっとその後ろに隠れて守ってもらって。
 ずっと弱かった。これからもきっと弱いままだろう。でも、少しでも役に立てるのがわかったから。また逃げ出すわけにはいかない。
 ラクシ様が迎えに来てくれている。
「もうお別れは済みましたか?」
「はい。永遠の別れじゃないんで、大丈夫です。また遊びにも来ますし」
 少ない荷物を車に乗せる。
「シュガ様」
 しっかりとハグをする。シュガ様も抱きしめ返してくれた。
 この人が居てくれたから、私は今まで生きてこれた。
「今までありがとうございました」
「第四区域でもがんばってください。貴女なら大丈夫です」
 大きく頷き、車に乗り込む。
 みんなとは手を振って別れる。
 車がゆっくりと進む。
 我慢していた涙がぽろぽろと零れる。
「本当に良かったのですか?」
「はい」
 自分でもびっくりするくらい強い口調だった。
 涙を拭う。もう溢れては来ない。
 今までたくさんの人達に守られて、支えられて来た。だから今度は。
「私が支えるんです。最期の楽園を」
 社会的に淘汰されるしかない、どうしようもなく妖魔でしかいられない彼らのために。
「夢を、与えるんです」
 妖魔から妖魔への、最期のプレゼントを。








これでおしまい



バトンタッチ
「正体不明の心」











 今回の更新にて、
 「DUMP! -ダンプ- 第四話:第四区域
  ~臆病な彼女の方が大々的に困頓として混沌を受け入れている話~」
 が完結しました。
 ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

 次のお話、
 「DUMP! -ダンプ- 第Ⅴ話:第Ⅴ区域」
 の連載開始については、詳細が決まり次第
 「DUMP! -ダンプ-」のトップページにてお知らせいたします。
 引き続きお付き合いいただければ幸いです…!











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