舞台は異世界。ある日学校で起こった事件を解決するため、2人の女学生・シャンテとタトラが学校内を奔走する、ドタバタ学園ファンタジー。※完結済。
水力発電所の発電室に繋がるドアは、蝶番が外れて部屋の外側に倒れこんでいた。
その上を特大サイズのワームが窮屈そうになりながらも、我が物顔で行き来している。
やはり老朽化していたドア一枚など、丸々太ったワームの障害にはならなかったようだ。
私たちは扉に詰まりそうなワームが扉から離れたスキに、素早く発電室に滑り込んだ。
そこは縞鋼板の張られたある程度広い空間が広がっており、薄暗い非常灯に照らされていくつもの発電機の頭がのぞいていた。
この発電所は普段、専用のコンピュータが管理しているだけで、人が常駐している訳ではない。
そのため、見学などのため施設に明かりを点けるには一度管理人室まで行き、そこにある操作盤で施設の電気を点灯しなければならない。
その管理人室はと言うと、正面玄関を入ってすぐの所にあるのだが、私たちが入ってきたのはほぼ裏手に位置する連絡通路で正面玄関まではかなり遠かったりする。
この水力発電所は学校の裏山の山裾あたりにつくられているのだが、正面玄関はその山道に面した方角に作られている。
そしてそちらは研究棟の真反対に位置しているのだ。
そのため、わざわざ正面に回るのが面倒なので、多くの先生・生徒はすぐに発電所に入れる研究棟からの連絡通路を使うことが多いわけだが、例にもれず私たちもその経路をたどっているので、正面玄関までは正直遠い。
ただでさえ面倒な道のりにワームの大群という障害まで加わった今、管理人室まで行って電気を点けるという意見は、もはや誰の口からも出てこない。
当然かと思いながら、明るさが足りないのはご愛嬌…と、薄暗い地下の施設をとぼとぼと歩くことになった。
「うーん…ある程度慣れた場所だから暗いだけならかまわないんだけど、こうもあちこちでワームが蠢いてるとやっぱり気味が悪いね…」
タトラが思わず弱気発言をする。
「あははは。でもまだ正体が分かってるだけマシだよ。正体が何だか分からないものほど恐ろしいものはないからねぇ。この前の野外実習の事を思い出せばこれくらい…」
「ああ…"ドキッ☆真夜中に挑む猛獣だらけの魔法生物カンサツアー"ね…」
私はここ一番の渋い顔に苦笑いを浮かべた。
傍で聞いていたロシェは、それはもう心底胡散臭いと言わんばかりの顔をしていた。
私はロシェの表情を噛み締めつつ、そのツアーの事を思い出し始めた。
まず、この冗談のようなネーミングに私たちは騙されたのだ。
仮にも授業の一環だというのに、恐ろしいことにこの名前がそっくりそのままカリキュラム名だったのだ。
軽いノリで聞いていた私は、いつものように師匠の冗談だと思っていたのだから、実際にツアー内容が決定してしまった時は驚きのあまり声を失ったほどだ。
もちろん、タトラも絶句していた。
止めたヒトはいたのかもしれない。
けれど、それでもこの名称を受け入れてしまった学校は、やっぱりどこかおかしいと思う。
まさかこの学校の名前が"摩訶不思技術学校"だからとでも言うつもりなのか。
次に恐ろしいのが、そのネーミングがカリキュラム内容を鮮明に解説しているところだ。
そもそもこの実習は魔法生物学の授業の一環で、実際の魔法生物を観察するのが目的なので、"真夜中に挑む"必要も"猛獣だらけ"である必要も一切ない。
その証拠に前年度の魔法生物学の実習は、大陸の中心都市にある「魔法生物園」の見学ツアーだったのだ。
では何故私たちの年度に限り、そんなツアーになってしまったのか。
これには大まかに3つの理由があった。
ひとつは学級の人数が極端に少なかったために予算が余っていたこと。
ひとつはその人数の少なさゆえに、多少の無理がきいたこと。
最後のひとつは信じがたい事だが、学校側にそのムリを押し通せるほどの力を持っていたらしい師匠の存在だった。
結論から言えば師匠の言い出した我が侭だった訳だが、それがまかり通ってしまったのだからとんでもない。
色々と謎の多い師匠ではあるが、これもそのひとつだった。
かくして私たちは、この聞くからに不安を煽るタイトルを冠したツアーにご招待されてしまったのだった。
ところで師匠がそこまでしてこの実習を実現させたかったのは、世にも珍しい魔法生物"フロウライト"見たさゆえにだった。
このフロウライトという生物は、未だ未開拓の地とされている孤島のある地域にしか生息していない。
そしてその孤島には実に多種多様な猛獣たちが生息しているのだ。
真昼間でも恐ろしげな場所だというのに、タイトル通りに探索を行うのは夜だという。
私は島に着いてから、来る前に全力でこのツアーを拒まなかった自分を激しく恨んだものだった。
しかし、そんな私の不安をよそに、ツアーは思いのほか順調だった。
私やタトラがほんの少しの物音にびくびくする中、師匠はひとり物怖じひとつせず道を切り開いていく。
一度森の中で猛獣と鉢合わせしてしまった時なんて私は死を覚悟したぐらいなのに、その時だって師匠は顔色ひとつ変えずに私たちを連れて猛獣の横を通り抜けていった。
何がなんだか分からなかったが、その時だけは師匠がこの世で一番格好いい人に思えた。
ついに目的の場所に辿り着いた私たちは、そこに広がる景色を見て、ただただ呆然とするばかりだった。
少し森が開けた場所にある小さな水場を中心に、大小さまざまな光がふわりふわりと漂っていたのだ。
その光は景色に滲んでいくような淡い色あいで、強く、弱く輝いていた。
そして目を凝らしてひとつの光の側をよく見ると、虫とも動物ともつかない掌サイズの生物が光の玉を作り出しては次々に空中に浮かべていることが分かった。
これがフロウライトなのだろう。
この景色を眺めている間だけは、私たちは周りが猛獣だらけの危険地帯だということを忘れていたと思う。
思う存分幻想的な光景を堪能した後、師匠はフロウライトの作り出した光の玉を幾つか瓶詰めにしているようだった。
このまま、この満足感だけにひたって帰ることが出来たらどんなによかった事か。
しかし、世の中とは無情なもので、ここまで来た道を逆に辿らなければ帰ることは出来ないのだ。
私たちは再び闇の森を何かの影におびえながら、抜け出さねばならなかった。
帰り道はぼんやり空が白んできていたので、行きの道のりよりは恐怖は薄かったのだが。
その時の恐怖に比べれば、今の薄気味悪さなどぬるいものだった。
場所は学校、相手はワーム。
その気になればすぐに助けを呼ぶことも出来る環境だ。
変な勇気が湧いてきた私の足取りに、もうためらいはなくなっていた。
私たちはしばらくの間、"蓄電室"に向かって歩いていた。
水力タービンによって作られた交流の電気を、直流に変換したあと溜めておく場所だ。
ワームが成虫になるほどのエネルギーが蓄えられている場所と言えば、ここしかないとの満場一致の意見だった。
いよいよワームの成虫のもとへたどり着くのか?
期待、不安、そして何よりも好奇心をうずかせながら廊下の角を曲がると、破れたドアを踏みつけて次々に廊下へ乗り出してくるワームたちの姿が目に入った。
私たちは間違いないと言わんばかりにお互いに目配せをすると、足早にドアに向かって行った。
「行こう!」
「待って、まだ心の準備が…」
「そんな暇ないって」
バタバタと足音を荒げて思い切り部屋に乗り込む。
すると、そこには期待を裏切らない大きな翅を持ったワームの成虫、モスが佇んでいた。
「おおー!!いかにもボスって感じ!」
全長5メートルほどもありそうな特大の蛾を見て、シャンテが言う。
「お前なんか喜んでないか?」
「え?そんなことないけど…でもこれからアイツと戦うのかと思うと嫌でも気合が入っちゃうよ」
「…なんか、頼もしいな」
苦笑するタトラの横でロシェが一歩足を引く。
「言っとくけど君のことも頼りにしてるんだから頑張ってよ?」
「頑張るったって…あ、おい!」
突然シャンテが身を乗り出して、銃口をモスに向ける。
モスは次々に卵を産み落としていて、こちらの動きに気付いていない。
「こっちには強力なブキもあるし、先手必勝。総攻撃だね!」
言いながらシャンテはすでにトリガーを引いていて、ショット-ボムのチャージを始めていた。
「お前っ…!まだ何の作戦も立ててないのに何やってんだよ!」
「ロシェこそ何言ってるの!モスはまだこっちの動きに気付いてないんだよ?このスキにドカンと一発かませばきっと一気に片がつくって!…お、そろそろいける?」
そう言ってモスに向けた照準を微調整すると、シャンテはトリガーから指を離した。
すると、銃口に集まっていたエネルギーの塊が一直線にモスに向かった。
それがモスにぶつかると小さな爆発が起こった。
同時に反動で思い切り後退したシャンテの体をとっさにロシェが受け止める。
「上手くいった…?」
3人は煙の向こう側に目を凝らす。
煙幕が晴れてきた先を見て3人は目を見張った。
「げっ!」
「全然効いてないじゃないか!」
「そっか、あの翅…帯電してるから電圧を使って爆発の衝撃を打ち消してるんだ…!」
「嘘でしょ!?」
モスの体には焦げ痕ひとつついていないように見えた。
それに加えて今の攻撃でこちらの存在に気付いたモスは、卵を産む作業をやめて臨戦態勢に入ったようだった。
「それじゃあ銃器しか持ってない俺たちにはどうしようもないんじゃ…」
モスはギギギと気味の悪い音を出しながらこちらに向き直ってきた。
その翅にはバチバチと電気が走っている。
「お前…この状況どうするつもりなんだよ…」
ロシェが恨みがましい目でシャンテを見る。
「こうなっちゃったものは仕方ないじゃない…!とにかく逃げながら何か対策を考えてみる!」
「きゃっ!?」
勢いよく立ち上がったシャンテがぐいとタトラの腕を引く。
すると、今タトラがいた場所にバチッと音を立てて細い電気の筋が走った。
3人は気持ち青ざめながら、入ってきた扉に向かって走り出す。
「とにかくこの部屋を出よう!」
「急いで!あ、あと各自自分の身は自分で守ること!」
「ひぇええ簡単に言わないでー!」
入ってきた時よりも派手な音を立てて、3人はバタンバタンと駆けていく。
ところがもう少しで扉にたどり着くという所で、扉まわりに異変が起こっていた。
モスが電気を撒き散らしたせいで、その電気を求めて廊下のワームが戻ってきたのだ。
おかげで入り口には大小のワームが詰まってとても出入りできる状態ではない。
「やばいやばい戻って!」
「戻れないってモスかなり近付いてる!」
「ああもう!!俺が時間稼ぎするからお前ら何が何でもその扉開通させろよ!」
「ロシェ!?」
そう言うとロシェは単身モスに向けて走り出す。
幸い床を這うモスの動きは鈍いので、上手く横をすり抜けてモスの後ろに回ったロシェは、ハンドガンを打ち込んでモスの気を引いた。
全く傷は受けていないものの、モスはのろのろと180度方向転換すると、シャンテたちに背を向けてロシェを追いかけ始めた。
それを見てシャンテはタトラに言った。
「今のうちにボムでこの扉付近を吹っ飛ばすね。タトラはロシェの様子を見て必要なら援護したげて」
タトラは頷くとライフガンを構え、ロシェの方に向き直った。
シャンテは数メートル先のワームの詰まった入り口に照準を合わせ、ライフガンのトリガーを引く。
銃口のエネルギー球が十分に大きくなったのを見計らい、トリガーから指を離した。
扉周りで小爆発が起こる。
ワームどころか扉の輪郭まで吹っ飛んでいたが、とにかく通り道は確保した。
「ロシェ、開いたよ!!早くしないとまたワームが集ってきちゃうから急いで!」
「分かった!」
とは言うものの、先ほどよりも怒っているのかモスの体に帯びている電気の強さが増していて、横をすり抜けるのが難しくなっているようだった。
「タトラ、援護援護!」
「ああっ、そうか!!」
言われてタトラが慌ててトリガーを引く。
しかし対象と離れすぎているせいかまるで効果がなく、モスの気を引くことも出来ない。
「とっ…届かない!?」
「いや…届いてるみたいだけど効いてないんだよ!タトラ、入り口にワームが集らないように見張ってて、行ってくる!」
「シャンテ!」
シャンテは一目散にモスに向かって駆けていく。
そしてライフガンのカートリッジをショット-シェルに付け替えてから、モスの電気を肌で感じられるほどに近付いてその背面に弾丸を撃ち込んだ。
今度はモスが背中をぴくりと震わせる。
手応えを感じたシャンテは続いて二撃、三撃と加えていく。
するとついにモスの興味がシャンテに移り、モスがこちらへ向き直ろうとした。
「ロシェ!今のうちにあっちから回って!」
シャンテが声を上げると、モスの向こうからわかったと返事が聞こえた。
それを確認すると、シャンテもモスに背を向けて全力で入り口に向かって走り出した。
とにかく早く!
それだけを頭に置いて入り口に向かうのだが、中々上手く運ばない。
「シャンテ、危ない!!」
タトラが叫ぶ。
走ったままちらりと背後を振り返ると、モスがこちらに向けて構えをとっていた。
シャンテが咄嗟に体を左方に振り切ると、足元の床が少し焦げ付いた。
「やばっ…!」
それを見たシャンテは寸の間怖気づき動きが止まってしまう。
そのスキをモスは見逃さず、容赦なく電気を飛ばして追撃してくる。
シャンテは横へ横へと転がるように逃げてしまい、気付けば壁際に追い詰められていた。
「シャンテ!!」
ついに電気の線がシャンテをかする。
思わずタトラが飛び出そうとした瞬間、誰かがその肩をつかんでタトラをとめた。
「えっ?」
驚いてタトラが振り向くと、そこにはのほほんと笑顔を浮かべたマーリオ師匠がいた。
なにやら天体望遠鏡を思い起こさせる大きな機械を担いでいる。
「師匠!」
「いや〜お待たせ、なんて悠長なことを言ってるヒマはなさそうだね。タトラ、下がっていなさい」
そう言うと師匠は機械を足元に置き、ホルスターに挿していた銃身が40pほどもある銃を取り出し、流れるような速さで照準を定めてトリガーを引いた。
白い筋が流れたかと思うと、モスがキィーッと甲高い声をあげ、その頭部にはトリモチ状の物体がまとわりついていた。
「シャンテ、動けるかい?」
師匠が大声で問いかけると、シャンテは大きく頷いてみせた。
そしてやっとという体で立ち上がると、早くはないもののしっかりとした足取りで歩く。
途中でロシェが合流してシャンテを支えながら歩いてくると、2人はなんとか入り口の前のタトラと師匠のもとへとたどり着いた。
「タトラ、これを使ってシャンテの応急処置をしてあげなさい。ついでにその子、ロシェも怪我してないか見てあげて」
師匠はタトラに救急道具の入った袋を渡すと、順に3人の顔を見やった。
ロシェだけが師匠と目が合ったとたん不機嫌な顔になり、目を逸らした。
そうこうしている間にもモスは前足を使ってトリモチをはがそうともがいている。
「それじゃあ今のうちに一気にカタをつけちゃおうか」
師匠はそう言うと先ほど足元に置いた大きな機械を再び肩に担ぎ、今度はベルトで固定した。
どこか見覚えがあると思ったら、どうやら講堂で組み立てていたものはこれのようだ。
そしてどこからともなく取り出した青白く光る15pほどのシリンダーを機械の筒状の部分にはめ込むと、機械を作動させたようだった。
機械は低い唸り声を上げている。
淡く、青白い光を帯びているのは、動力源が魔法生物の生態エネルギーか何かだからだろう。
外から見えるだけでもガラスで出来た幾つかのシリンダーにそれぞれ異なる色の液体が入っていて、その量を調整するためにかあちこちに管がめぐっていた。
師匠は数個あるメーターを見比べながら、ツマミを調節している。
傍から見ているだけでは師匠が何をしているのかさっぱり分からなかった。
しかし、しばらくすると師匠の手が止まる。
そして満足げにひとり頷くと、何らかの操作をして機械から何かを発射した。
その際部屋が強い光に包まれたので、3人は一瞬視界を失った。
しかし、光はすぐに消え、視界は回復したので、3人は白い煙をあげてガチガチに固まったモスの姿をすぐに見つけることが出来た。
「師匠、あれは…?」
シャンテが思わずたずねる。
「ふっふっふ。スゴいでしょ?この機械を使って液体窒素を魔法の膜でコーティングしたものを発射したんだよ!これが命中すれば大抵の生物はひとたまりもないね!」
その言葉にシャンテとタトラは唖然とする。
「ただ、今の段階じゃ装置の造りが大袈裟すぎて持ち運びに不便なんだよね。しかも操作にクセがあるから万人向けとも言えないし…まだまだ改善の余地アリだよ」
一仕事終えて早速自作魔導器のダメ出しに入る師匠を見て、シャンテとタトラは失笑してしまった。
自分たちが懸命に足掻いてどうにも出来なかった事態をものの数分で収めてしまう。
悔しいが師匠はやはり師匠なのだと、それから今はまだ適わないものの、いつかは師匠のように魔導器を自在に操れるようになってみたいと、シャンテは改めて感じていた。
「さて、最後の仕上げは愛する弟子たちに譲ってあげよう。シャンテ、ショット-ボムのエネルギーはまだ残ってる?」
「え?あ、はい、あと1発分ぐらいなら…」
「よろしい。じゃあその最後の一発、ぶちかましてやりなさい!」
シャンテは師匠の言葉に頷くと、ライフガンのカートリッジをショット-ボムのものに取り替え、トリガーを引いた。
そしてトリガーから指を離すと同時にエネルギー球が凍ったモスに向かって飛んでいく。
小さな爆発が起こるとその衝撃で、モスは跡形もなく粉々に砕け散った。
「これでもうあのモスが復活することはないね。一件落着だ」
「…はい!」
シャンテとタトラは師匠の言葉に頷いた。
モスを倒したのでこれ以上ワームが増えることがなくなり、事態は時間と共に収拾していった。
事件発生から一週間もする頃には学校には日常が戻っていて、通常通りに授業が行われるようになっていた。
相変わらず人数の少ない魔技術学科では、シャンテとタトラとマーリオ師匠が和気藹々と日々を送っている。
ただ、前と少し変わったのが放課後の様子だった。
先日の事件で知り合った純機工学科のロシェ、レングス、フラインが時々遊びに来るようになったのだ。
ロシェは相変わらず師匠の事を良くは思っていないみたいだが、それでも前のように顔を合わせた途端に喧嘩を売るようなことはなくなっていた。
先日の事件で師匠が大掛かりな魔導器を難なく扱う姿を間近で見たのが関係しているようだった。
また、タトラは若干嫌がっているみたいだが、スキあらば彼女の兄・タルーガの話を聞きだそうという魂胆もあるらしい。
まぁどんな理由にせよ、共に過ごす仲間が増えるのは悪いことではないと感じていた。
「お、今日も集まっているね」
言いながら教室に入ってきたのは我らがマーリオ師匠だ。
ご機嫌が顔からはみ出しているような笑顔でとても自然に生徒たちの輪に入る。
そして少し悪戯っぽい味付けをその笑顔に加えると、5人にある提案を持ちかけた。
「5人とも、今時間があるなら僕の作った魔導器の試作品で遊んでみないかい?大丈夫、とりわけ難しい操作もないからすぐに扱えるよ」
「おおっ!行きます行きます!!」
これを聞いて嬉々とするシャンテとは対称的に、純機工学科の面々はお互いに顔を見合わせる。
それを見て師匠ははははと声を上げて笑っていた。
「魔導器の扱いなんて純機工の機械と似たようなものだよ。まれに例外もあるけど今日の一般的な魔導器は万人向けの技術だから、魔力がなくても扱えるんだ。なんだか忘れてそうだから改めて言っておくけど、シャンテもタトラも特別魔力は持っていない。基盤は君たちと同じなんだよ」
「あ、そうか」
それを聞いたレングスが思い出したように言う。
「なら…行ってみようかな。フライン、ロシェ、お前らは?」
「俺も興味あるなぁ」
フラインものほほんと答える。
乗り気のようだ。
最後にロシェはというと、どうもまだ迷っているらしかった。
つい先日まで師匠を目の敵にしていたのだから、仕方ないといえば仕方ない。
それでも興味には勝てなかったらしく、ついにロシェも折れることになった。
「俺も…」
それを聞いてシャンテとタトラがほっとしたのも束の間、調子に乗った師匠が余計な事を言ったのだ。
「よーし決まりだね、みんな付いて来なさい!ついでにこれから3人にも色々教えることになりそうだから、僕のことは気兼ねなく師匠って呼んでね!」
「えっ?」
「あの、」
「やっぱやめる」
師匠のセリフで即行きびすを返したのは言うまでもなくロシェだった。
「あれ、どしたの?みんなノリ悪いねぇ」
「もー、師匠!!他クラスの子にまで変な無理強いしないでくださいよ!」
「ええっ!?変かなぁ…?だって、教える人が師匠で教わる人が弟子でしょう?」
「そういう問題じゃありませんよ!あ、ほらロシェ帰っちゃう!待って!!」
シャンテがあわててロシェを連れ戻す。
「とにかく、それはナシで普通に呼んで呼ばれてください」
「ちぇーっ、テンション下がるなぁ」
「(師匠はそれぐらいが丁度いいんですよ)…」
「今、何か言った?」
「いいえぇ別にぃ。さ、早く行きましょう時間が勿体無いですよ!」
シャンテが訝しがる師匠の背中をぐいぐい押していく。
それに続いてみんなも順に教室を後にする。
いざという時には格好良いのに、普段は何故こうも訳が分からず掴みどころがないのだろうと、わが師匠に思いをめぐらせシャンテは思わず溜め息をつく。
「どうかした?」
タトラが不思議そうに聞いてくる。
「ははは、いや別になんでもないよ」
そう返すとタトラは不思議そうな表情を浮かべたままで、少しだけ首をかしげていた。
6人が居なくなった教室は昼下がりののどかな静けさを取り戻し、反対に彼らが歩く廊下にはざわめきと笑い声が響いていた。
おしまい
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
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