掌編小説

ちょっとしたお話を。

 

パルスウェイブ




 彼は望んだ、小さな幸せを。
 この世に生まれてから願い続けてきたことはただ一つ
 彼女を幸せにすること。
 彼は成長するに連れ、確かに彼女に幸せを運んだ。
 彼女もまたその幸せを受け取り、確実に心を満たしていった。

 それでも。

 彼女には元々あまり時間はなかった。
 でもそのことを彼は知らない。
 過ぎ行く時間の中で2人は幸せを限界まで膨らませ
 そしてそれは一気に断ち切られた。
 彼には何が起こったのか理解できなかった。
 だから彼は待ち続けた。
 でも彼女は瞳を開かない。



 何故?



 彼は記憶を辿る。
 いつか彼女は言った。
 彼の胸に手を当てて。

 ―この音が聞こえているから、私達は幸せでいられるのよ。

 彼は彼女の胸に手を当てる。
 触れた指先から音の代わりに冷たさが伝わる。
 彼は悟った。
 彼女が幸せでいないことを。
 だから音を失ってしまったことを。
 そして彼は考えた。
 彼女を幸せにする方法を。
 彼は求め始めた。
 彼女に音を贈る方法を。
 それが彼女を幸せにする方法だと信じて。

 しかし、彼女は朽ちていく。
 彼の方法は間に合わない。
 そして彼は気付いた。
 自分には時間がないことに。
 彼は焦った。
 しかし思いつく手段すべてが無駄だった。


 彼は泣いた。

 生まれて初めて泣いた。


 遂に彼女を幸せにすることが出来なくなった自分への憎しみと
 自分が幸せに出来なかったかわいそうな彼女への想いのために。

 彼はぼろぼろに朽ち果てた彼女の体を抱き上げた。
 崩れていく彼女の体を力強く抱いた。


 零れ落ちる彼女の体。


 それを繋ぎとめたくて抱きしめる腕の力は強くなる。


 もう彼女の体は元には戻らない。




   ―ドクン




 彼の耳に彼女の体を伝って音が聞こえた。




   ―ドクン、




 それは確かに彼女の体から伝わる、音。




   ―ドクン、




 彼は顔を上げ、彼女の顔を見る。





   ―ドクン。





 もう動かない彼女の顔は優しく微笑んでいた。









パルスウェイブ - 了



 

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