掌編小説

ちょっとしたお話を。

 

鈴の音




   しゃらあん―――。

   しゃらあん―――。

 遠くから聞こえてくる鈴の音に、女の子は涙を流した。
 大切だったいまとむかしが、この音に飲み込まれて消えていく。

   しゃらあん―――。

   しゃらあん。

   しゃらん。

 鈴の音は 女の子のすぐ傍で音を立てた。
 恐る恐る顔を上げると、一人の男がこちらを見下ろしていた。

 「泣いているのか」

 行者の格好をした男が問いかける。
 女の子は 小袖から出た腕で涙をふき取りながら、こくりと頷いた。
 とめどもなく涙は溢れ続け、女の子は顔を上げられずにいる。
 男は無愛想な表情を変えることはなかったが、その大きな手のひらを女の子の頭にのせると ぽんぽんと優しくたたいた。

 「気が済むまで泣くといい。その涙が最高のはなむけになるだろう」

 そう言った男の声は ひどく寂しく優しいものだった。
 女の子は 男の声に促されるように、さらに強く泣き始めた。

 いくらほどそうしていたのだろう。
 女の子は ぼうっと辺りを見回した。
 泣きつかれて寝てしまったのだろう、辺りの様子がすっかり変わっていた。
 夕焼け色に染まっていた民家の壁は真っ黒になり、往来には人影がまったくない。
 頬に当たる夜気と 静かな往来の様子が自分の胸の中と重なり合って、不意につんと突き刺さる。
 ふと、この景色とは裏腹に、自分が寒さを感じていないことに気が付いた。
 恐る恐る見上げると、先ほどの男が自分を抱きかかえてくれていた。

 「気は済んだか?」

 男の問いかけに 女の子はしばらく黙り込む。
 触れるとまだ熱っぽいまぶたに指をのせて すうっと息を吸い込む。
 男にすがるようにして 大声を上げて泣いたせいだろうか、のども少しいがいがする。
 けれど、その痛みとは反対に 心の中はどこかすっきりとしていた。

 長い沈黙の後、女の子は男を振り返り、こくりとひとつ頷いた。

 「そうか」

 そう言うと、男はごそごそと懐をあさり、小さなものを取り出して 女の子に手渡した。
 かろん、と乾いた音を立てて それは女の子の手の上にのった。

 「見失わないように、お守りだ。熊よけにもなる」

 女の子がそれについた紐をつまみあげると、ちりん、と透き通る音がした。
 しばらくそれをまじまじと見つめると、女の子は小さな声で ありがとう、と言った。
 それを聞いて、男は無愛想な顔の上に ほんの少しだけ笑みをのせた。



   しゃらあん―。

   ちりん―。

   しゃらあん―。

   ちりん―。

 二つの鈴の音が 互い違いに聞こえてくる。

   しゃらあん―。

   ちりん―。

   しゃらあん―。

   ちりりん―。

 二つになった鈴の音は、大切ないまとむかしを 明日へと向けて運んでいった。



     鈴の音 - 了



 

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