掌編小説

ちょっとしたお話を。

 

朽ちぬ花




 町のはずれに、花畑があった。
 誰かが造ったわけでもなく、自然に出来上がったものだった。さまざまな花が大地を埋め尽くし、人々の心を癒していた。
 彼女はそこが大好きだった。
 彼はあまり好きではなかった。彼には花の美しさがよくわからなかった。
 しかし、思い入れの深い場所ではあった。
 彼女が大好きだったから。
 風に揺れる花の中、咲き誇る彼女の笑顔。それは彼も美しいと思えた。
 色とりどりに咲き乱れる花の中で、それが一番美しい。できればそのまま永遠に咲き続けてほしかった。
 彼は町はずれへ急ぐ。
 一面の花。
 花の甘い香りが鼻腔をつく。
 乱れた息を整える。
 一人佇む彼女に、彼はゆっくりと近づく。
 戦争は、激化の一途を辿るばかりだった。兵力は志願兵だけでは足りず、徴兵へと変わっていった。
 それは例外にもれることなく、彼にもその招集はかかった。
 何から話そうか。彼女を悲しませないように、出来るだけ明るい声で――。
 けれども、一番初めに出た言葉は、ごめん、だった。
 彼女はゆっくり振り返る。困った顔で、悲しそうな笑顔で。
「どうして謝るの?」
 彼はまた、ごめん、としか言えなかった。
 彼女はまた困った顔で微笑んだ。
「でも、必ず帰ってくるから」
 この花畑を、焼け野原に変えるわけにはいかない。
「勝って、必ず帰ってくる」
 彼女が大好きなこの場所を、この町を。
「必ず守るから」
 悲しげな彼女の笑顔が、希望に満ちた笑顔に変わる。
 同じ「変わる」なら、こちらの方が良い。
 彼はポケットからそれを取り出し、彼女の首にかけた。
 花の形をしたネックレス。
 永遠に朽ちることの無い花。彼女の笑顔と共に、咲き続けられるように。
 彼女は一瞬驚き、それから満面の笑みを浮かべる。
 この花のためなら、鬼にもなろう。誰にも手折らせるわけにはいかない。
「必ず、帰ってきてね」
 色とりどりに咲き乱れる花の中、最も美しい一輪の花に彼は誓う。
「大丈夫。腕には自信があるんだ」
 これを最期にするつもりはなかった。たとえ這ってでも、彼女の元へと帰ってくるつもりだった。
「約束だよ?」
「ああ。約束する」
 そして月日は流れる。
 花は、守られた。
 彼が英雄のような働きをしたのか、それは誰にもわからない。ただ少なくとも、彼がこの町を守る力となったことは言えるだろう。
 大地を彩るたくさんの花。何事もなかったかのように咲き誇る花。
 その中で、一輪の花はただひたすらに祈りをささげていた。
 まだ帰らぬ彼の無事を。



 朽ちぬ花 - 了



 

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