舞台は異世界。ある日学校で起こった事件を解決するため、2人の女学生・シャンテとタトラが学校内を奔走する、ドタバタ学園ファンタジー。※完結済。
突然訪れた緊迫感に、私はついて行くのがやっとだった。
いつもの場所、いつもの時間、いつもの面子。
なのに、それを取り巻く環境は異常そのものだった。
ここは私が通う学校、その名も「摩訶不思技術学校」。
多彩な魔導技術によって繁栄を得たこのご時世だからこそ、学生は義務教育で初歩的な魔導技術を勉強することになる。
そんな義務教育の中の中等教育校に当たるのが、この摩訶不思技術学校だった。
この学校の特徴はそう、すべての学生が魔力を持っていないこと。
魔力というのはそもそも天分の才能なので、必ずしも全てのヒトが魔力を備え持つ訳ではない。
昔でこそ、魔力を持たない者は役立たずとして蔑視されてきた時代があったものの、近代では機工技術の発展によってそういった差別は殆どなくなっている。
魔力を持たない者は、代わりに機械を操る技術を学ぶことで社会的な地位を手に入れることも出来るようになったのだ。
こうして魔力を持たないヒトにも平等な社会となった背景には、ひとりの革命家の大変な功績があったのだが…
今回の話とは関係ないので省かせていただくことにする。
ということで、この学校では魔力を持たないヒトたちが主に機工技術を学んでいるわけなのだが、ここ最近では魔導と機工を組み合わせる技術の実験が盛んに行われるようになってきた。
今回のことの始まりは、授業の一環であるそういった技術の実験だった。
昨日の授業で、魔法生物の力を抽出して機械の原動力にするという実験が行われた。
実験材料となった魔法生物は「ワーム」と呼ばれる類のもので、生命力が強くヒトに危害を加えないことから、学校などがよく使用するごく一般的な生き物だった。
このワームは生体エネルギーの量によって大きさが変わる。
蓄えたエネルギーが大きければ大きくなるし、少なくなれば小さくなる。
そして一定量までエネルギーを蓄えると、成虫へと変態する。
そこで実験に使われるようなワームは簡単に変態してしまわないように品種改良されているのだが、時々欠陥品が混じることも当然ある。
そして運悪く、その欠陥品が昨日の実験対象の中に紛れ込んでいたようなのだ。
昨日実験をひと段落させたあと、私たちは講師の指示のもと、ワームを実験室の一角に安置してきたはず…だったの…だが…
翌朝になってみると、夜も明けきらぬころに校内の非常ベルが鳴り響き、全生徒が有無を言わさず寮のベッドからたたき起こされた。
そして廊下に出るなり目に飛び込んできたのは、そこここにうごめく巨大な虫、虫、虫…
私は特に虫が嫌いなわけではない。
むしろどちらかと言うと好きなほうだと思う。
でも、そんな私でも思わず後ずさってしまうほど、そこにはワームが湧いていた。
同じく部屋の扉を開けてワームに出くわしてしまった同僚たちがキャーキャーと叫び声をあげるなかで、上級生らしき人たちがなんとかその場をなだめようと苦戦していた。
状況はわやくちゃのまま、とにかく私たちは学校の大講堂に集められた。
生徒のヒソヒソ話がやまぬ中、講堂内を講師たちが慌しく駆け回っている。
と、一人の若い講師が講堂内に入ってきて、一目散にステージ付近にいる教頭に何かを報告するのが見えた。
教頭はひとつ頷くと、すぐさまステージに上がりマイクのスイッチを入れた。
「みなさん、静粛に。」
教頭はいかにもマジメくさった雰囲気の厳しい女性だが、声もそのイメージにぴったりのものだ。
いままでざわめいていた講堂内が徐々に静かになり、10秒もしない内にヒトの声はぴたりと止んだ。
教頭は再びこくりと頷くと、淡々と語り始めた。
「皆さんにここにお集まり頂いた事情については、もうご存知だと思います。昨日魔技術学科にてワームを使った実験が行われたのですが、そのワームがなんらかの原因で異常繁殖してしまったようです。」
講堂内が一瞬ざわめく。
「原因については未だ調査中ですが、どうもこうしている間にもワームは増え続けているようだということが分かっています。そこで、高学年の生徒には急遽ワームの駆除にあたっていただくことにいたしました。」
今度は特に高学年の人垣にどよめきが起きた。
「駆除の方法については各クラスの担任に指揮をとっていただくことにします。また、中、低学年の方についても今後の避難について担任から指示を送るようにします。各自、担任の言葉をよく聞き従うように。」
そう言うと教頭はマイクのスイッチを切ってステージから降りてしまった。
代わりにあちこちから教諭の声が上がりだし、クラスごとに寄り集まってワーム討伐の戦法が練られ始めていた。
私は思わずため息をついた。
「クラスごとってことは…」
「私ら、二人だけだね…」
横にいた友人、タトラが引きつった苦笑いを浮かべて言った。
「ま、師匠もいることだしなんとかなるよ、シャンテ」
「あははは…」
そう言われて私も思わず苦笑いを浮かべてしまった。
私たちの学校はとても規模が小さい地方の学校で、1学年50人程度だ。
そして、その50人程度のヒトがそれぞれ選択学科ごとにクラスに割り振られることになる。
私とタトラの学年では魔技術学科が異様に不人気だったため、1クラスに2人という過去最少人数のクラスが生まれてしまったのだ。
苦笑いの後のむなしい沈黙に包まれていると、全身からうだつのあがらなそうなオーラを醸し出したおっさんがこちらに向かって勢いよく駆けてきた。
「ごっっっ…めん!ブキを用意してたら予想以上に時間かかっちゃって…」
この息切れを隠せない慌しさを全身にまとったおさんこそ、われらが担任マーリオ師匠(と呼べと言われている)だ。
予想通りの登場っぷりに、私とタトラは思わず哀愁を帯びた笑みを浮かべる。
「あっ、なによそのヒトを馬鹿にしたような笑いは!」
そう言って頬を膨らませるいい歳こいたおっさんを見て、私は思わず言ってしまう。
「馬鹿になんてしてませんよ師匠。だからそんなナリで可愛いこぶるのやめてください」
「まぁまぁシャンテ、師匠は別に可愛いこぶってるわけじゃないよ、これが地なんだよ」
そう言って私をなだめるタトラの言葉に、思わず心の中でなおタチが悪いわとつぶやいてしまった。
まぁそれはさておき、このマーリオ師匠はボサボサ頭に無精ひげ、ほつれまみれの服装にこの能天気さと、見目性格こそ独特すぎて近寄りがたい(というか近寄りたくない)雰囲気を醸し出しているものの、魔技術に関しての知識や技術はさすがに尊敬すべきところが数えきれないほどあるのだ。
自分を師匠と呼べ!と言うだけのことはあって、講義も実技もとても分かりやすくかつ丁寧に教えてくれる。
また、悔しいことにその全てがとても面白い。
それだけに、時々この見目性格がとても勿体無く思えることがあるほどだった。
さて、そのマーリオ師匠はタトラの言葉も私の言葉も気にした様子もなく、勝手にマイ・ワールドに突入していた。
手に持っていたやたらと大きな風呂敷包みをその場に広げ、包まれていた部品をかき集めながら何かを組み立て始めている。
何をしているか、大体予想はつくものの、私はあえて聞いてみる。
「師匠…なに、やってるんすか…?」
「ブキ。今からワーム退治するでしょ?そのためのブキ作ってんの。」
「…今からですか?」
「うん、そう。」
「あの、師匠…こうしてる間にもワームはどんどん増え続けてるみたいなんですけど…それにもう他のクラスみんな行っちゃいましたよ?」
タトラが周りを気にしてヒソヒソと言う。
「因みにどれぐらいで完成する予定なんですか?」
「う~ん、30分ぐらいかな?ま、その間ゆっくり心の準備でもしててよ~」
「アホか!!」
胡坐をかいて地べたで機械を組み立てるマーリオ師匠の頭をを思わずはたいてしまった。
「シャ、シャンテ落ち着いて!師匠、他の子はみんな駆除を始めてるのに私たちだけゆっくりしてるわけにはいきませんよ…」
「う~ん、そう?」
マーリオ師匠ははたかれた頭を少し気にしながら、やや困り顔で答える。
だが、むしろ困りたいのは私のほうだ。
「当たり前です」
「せめて私たちだけでも先にワームの駆除を始めさせてもらえませんか…?」
「うーん、わかった。じゃあこれを使うといいよ」
そう言ってマーリオ師匠は上着の内ポケットをごそごそと漁ると、2丁の銃を取り出した。
「あっ!これは…」
「ライフガン!」
「はい、ひとり1丁ずつだからね~」
マーリオ師匠はそう言って私とタトラの手に銃を持たせた。
これは一般にライフフォースガンと呼ばれているもので、生体が持つエネルギー(平たく言えば静電気なのだが)を特殊な技術で抽出したものを弾として使用するものだ。
ひとことにライフガンと言ってもその内容は様々で、ピストルのような弾を発射するもの、レーザーを発射するもの、他にはソードになるものや小さな爆発を起こせるものなど銃身の種類によってその性質は多種多様なのだ。
(それぞれ通称ライフガン、ライフレーザー、ライフソード、ライフボムなどと呼んでいる)
また、どのような生体のエネルギーを使用したかによって、これまた弾の性質が大きく変わってくるのだ。
今回私たちが渡されたのは、ライフガン。
一度授業で使ったことがあるはずだが、確かピストルのような弾を発射するタイプのものだったと思う。
銃身は20センチぐらいなのだが、そこに更に20センチほどの生体エネルギーをチャージしたカートリッジが刺さっているため、やや大きく感じる。
ただ、私はそれを受け取ってから違和感を感じる。
普段このライフガンに刺しているカートリッジは10センチ程度のものだったはずだ。
「師匠、このカートリッジ、いつもと違うみたいですけど…」
マーリオ師匠は器用にも手を動かしながらこちらを見上げた。
その表情は不穏な笑みを浮かべている。
「ふっふっふ…さすがはぼくの弟子…!そうとも、よくぞ気がついた!」
必要以上にオーバーなリアクションをとるマーリオ師匠に少しイラっとする。
「このライフガンとカートリッジは僕のお手製のものでね。カートリッジにちょっとした細工をしてあるから、それを取り替えるだけで好きな形状の弾を発射出来るんだよ。すごいだろう!」
話す態度はとてもムカつくのだが、言っていることは確かにスゴイ。
普通のライフガンは個々の性能が限定されている。
いつもながらこのオッサンは突拍子もなく己のスゴさをぶちまけて来るのだが、突拍子もないのでとても腹立たしい。
「いつも使っているのはバレットタイプ。見たことあると思うけど、一般的なピストルの弾を想像してくれればいいと思うよ。トリガーを引いた時の反動が少ないから、最も安全性が高くて扱いやすいものだよ。で、今刺さってるのがシェルタイプ。弾が目標物に着弾すると、破裂する。バレットタイプより、打つときの反動も殺傷能力もちょっと強いね。で、最も威力があるのがショット・ボム。構造はシェルタイプとほぼ同じなんだけど、弾に込める威力を十数倍にしてあるんだ。だから何と言っても破壊力が桁違い。ただ、弾を発射するまでにちょっと時間がかかるのと、打ち出した時の反動が他の二つとは比べ物にならないから、使う時は十二分に気をつけた方がいいね。小さな爆発が起こるから、着弾地点から半径8メートル以内には入らないほうがいいと思うよ。」
そう言いながら、マーリオ師匠は作業の手を止め、風呂敷の奥底から20センチほどのカートリッジを取り出した。
そしてそれを私の手にそっと握らせる。
「ま、これを使うような事態に陥らないことを祈ってるよ。」
「し…師匠!?」
正直そんな危険物を携帯したくないと思った私は、タトラの顔を見やる。
が、さっと目を逸らされた。
畜生。
「備えあれば憂いなしってね!大丈夫だよ、銃身に装着しない限り暴発なんて起こらないんだし。」
「うう…まぁ、そりゃそうなんでしょうけど…」
「トンでもない圧力でもかからない限りは、まぁ大丈夫だよ!じゃ、とりあえずヨロシク!」
はっはっは、とひとしきり笑うと、マーリオ師匠は自分の作業に戻っていった。
「…じゃ、外に行ってみようか、とりあえず…」
「うん、そうだね、とりあえず…」
ちょっとした気だるさを頭の上に乗せながら、私とタトラは大講堂をあとにして、あの日の小さな大冒険は幕を上げたのだ…とりあえず。
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