摩訶不思技術学校変異譚まかふしぎじゅつがっこうへんいたん

舞台は異世界。ある日学校で起こった事件を解決するため、2人の女学生・シャンテとタトラが学校内を奔走する、ドタバタ学園ファンタジー。※完結済。

-承- 行動開始!


 大講堂を出るなり目の前に広がったのは、そこいらにはびこるワームの姿だった。
 廊下も、階段の踊り場も、窓の外に見えるグラウンドも、どこもかしこも深緑のうごめく物体だらけ。
 大小大きさに差はあれど、どちらを向いても深緑の物体が目に入らない向きはない、といった感じだ。
 確かにこれだけのワームが校内に湧いていたら、授業どころではないという事だろう。
 「どーする?」
 とりあえず私はタトラに意見を求めてみる。
 彼女はうーん、と唸った後、目の前の敵から倒していこうかと言った。
 特にこれといった意見のなかった私は素直に彼女の言葉に頷いた。
 「じゃ、まずは校舎の中から片付けていこうか。低学年の子たちの精神面の安全も確保したいし。」
 「そうだね。特に害がないって言っても、どこへ行ってもワームが湧いてる校舎なんて使いたくないしね…」
 「それにしたって何て言うかちょっと…湧きすぎだよね…」
 「うん…」
 私たちはそんな会話を交わしつつも、そこココに群がるワームをライフガンで撃ちまくっている。
 自分で言うのもなんだが、ちょっと怖い状況だ。
 いくら湧きすぎて気持ち悪いとはいえ、罪もない生物を大量に殺していくのは到底気分のいいことではない。
 それでも私は狙っていたワームが目の前の教室に入っていくと、そのワームを追って自分も教室に足を踏み入れていた。
 あまり聞きたくないキーッというワームの断末魔を聞いてから、タトラも教室に入ってきたのを確認した。
 この学校の教室は、どこも大体同じ造りになっている。
 ごく一般的な教室だ。
 廊下に面した壁には前後2箇所の出入り口があり、反対側の壁にはみっしり窓が並んでいる。
 教室の前方の壁に大きな黒板があり、その上方には四角いスピーカー。
 黒板の横、窓側には少しだけ棚が作られており、いつもそこには黒板消しとそのクリーナー、鉛筆削りが置かれている。
 教室の後ろ側は高さ1メートルほどの生徒のロッカーと掃除用具入れが置かれており、上方の壁は大きな掲示板だ。
 あとは教卓とそのクラスに所属する生徒の人数分だけ机が並んでいるという訳だが…
 言わずもがな、私たち魔技術学科の教室はいつでも殺風景だ。(なにせ担任を入れて3人なのだから)
 そして、各教室には前後の隅に2箇所ずつ、合計4箇所にコンセントが設置されていた。
 ふと教室の隅に目をやると、その周辺には特にワームが群がっていた。
 倒す方としては、標的が集まってくれている方が都合がいいので、チャンスを逃さないうちにと思って即座にワームを片付ける。
 数分後、部屋にいたワームをひとしきり片付けてから、私は思わずため息を吐いてしまった。
 「ねぇタトラ。これじゃ埒が明かないよ…。こうして退治してもまたどこからともなく湧いて来るし…」
 そう言って開いていた戸口に目をやると、待っていましたと言わんばかりにわらわらとワームが進入してきた。
 「確かに…。」
 それを見たタトラの顔が曇る。
 「…ちょっと、今更って気もするけど、作戦でも立ててみない?」
 「賛成っ!じゃ、とりあえずこの教室を拠点にしちゃおうよ!」
 「おっけい!」
 そう言うや否や、私は戸口に向かって駆け出す。
 勢いよく扉を閉めて、目の前のワームに銃弾を浴びせる。
 ワームはキーッと高い音を発すると体を丸め、そのまま動かなくなった。
 「ま、これでこの部屋はしばらく安全…かもしれないってことで。」
 「視界には入らないからね。でも周りにうじゃうじゃワームがいるって状況は変わらない… さくっと作戦立ててさくっと解決したいね」
 「そりゃそうだ」
 タトラの言葉に深く頷く。
 私たちは少ないながらも自分たちの持てる情報を集め、現状を確認してみることにした。

 まず、目的は校内にはびこるワームを全て駆除してしまうこと。
 もちろん私たち二人だけではなく、各学科の高学年の生徒がこの作業に当たっている。
 ある程度事態が収集したら、全校生徒総出でワームの死骸を片付けるらしい。
 私としては、これだけの量になるとワームを退治するよりそっちの方がトラウマになりそうな気がしているのだが、先生方が決めたのだから仕方がない。
 それに、低学年の生徒はまだ武器を手にとって扱うような授業を受けたことがないばかりか、中学年も一人で武器を扱うための"ライセンス"を取得していない。
 残念ながら、中学年のライセンス取得期間の真っ只中に、この事件は起こってしまっている。
 そのため、彼らにワーム退治を手伝ってもらいたくても、どの道無理な話なのだ。
 そこで武器を手に単独行動をとれる高学年だけが、今回駆り出されることになったのだ。
 いくら滅多に人に危害を与えないワームが対象でも、万が一のことを考えてということだろう。
 私もワーム討伐をしている一人として、この数十分の間に確かな手応えを感じている。
 しかし、それは討伐したワームの数だけに限定されてしまう。
 窓から教室の外をうかがう限りでは、どう見ても時間の経過とともにワームは増殖している。
 各所で頑張る先生・生徒の姿はちらほら見えるのだが、どうも順調とは思えない。
 そこらに湧いたワームをちまちま片付けるだけでは、この騒ぎは収まらないということだ。
 それでは次に、どうすればよいかを考えなければならない。
 ワームが次々に現れるということは、ワームはどこかで確実に湧いているということだ。
 しかし、私たちはこの教室にたどり着くまでにその現場を見ていない。
 ワームは"どこからともなく"やってくるのだ。
 と、いうことは…
 「ワームがどこから湧いてくるのか…その現場をつきとめるべきね。」
 タトラは私の言葉に頷いた。
 「とにかく、増えることを止めなくちゃ。そうすれば後は倒すだけだもの。」
 「じゃあ先ずは校内を歩き回ってそこを探しましょう! 今までに通過した場所は省いておくとして、残りのエリアは…」
 そこまで言って、私は思わず口ごもる。
 その意図を汲んでくれたタトラが私の代わりに続けてくれた。
 「残りのエリア、すごい広いよね… この本館の他の階とか、別館、研究棟、図書館、寮。それから言いたくないけどグラウンドもまだだしね…」
 それもそのはずで、私たちは本館最上階の大講堂から、まだそんなに離れた場所にいない。
 未調査の場所を1つずつ回っていたら、どれだけ時間があっても足りない気がした。
 「何か…ワームが湧くための条件とか、ヒントになりそうなことってないのかな… なんとかに絞り込まないと、さっきより効率悪くなりそうだよ…」
 「たしか、昨日の授業でワームの生体について何かやったよね?何かヒントになることないかな。」
 「ええっとたしか…」
 腕組みをして、私は昨日マーリオ師匠が実験の前に話していた事をふりかえってみる。
 たしかにワームに関する話をいくつか聞いていた。
 まず、ワームはとても大人しい性質で、滅多にヒトに危害を加えることはないということ。
 ワームの親は、何万個という大量の卵を産み落とす。
 そしてそのうちのほんの数匹だけが成虫になり、種を残していくのだと言う。
 それは一見とても無駄なように思えるのだが、マーリオ師匠に聞いてみたところ、彼らワームは食物連鎖における最下層の被食者という大切な役割を担っているのだとか。
 平たく言えば、たくさんの生物がワームの幼体を食べて育っているということらしい。
 ただし、ワームも自分たちが食べられるばかりではなく、運良く生きながらえたものたちは今まで自分たちの被食者だったものたちを食べるようになるという。
 それは、ワームが持っている"個体の生体エネルギーの量に比例して、その体積も変動する"という特徴のなせるわざなのだそうだ。
 つまり、運良く生き延びて食事にありつけているならば、今まで自分たちを食べていたものたちよりも大きなサイズになっているということだ。
 生物にとって、個体の大きさはそのまま個体の強さにつながる事が多い。
 ワームはその体積を増やすことで、自らの捕食の幅を広げることができるのだ。
 そして順調に捕食を続けたワームは、体内に蓄積したエネルギーが一定の値に達した時、繭を生成してさなぎになり、成虫に変態するらしい。
 ただし、そこへ至るには膨大なエネルギーが必要なのだとか。
 私たちが実験で使うようなワームは5センチほどのぷっくらした深緑色の物体なのだが、さなぎになれるほどエネルギーを蓄えたワームは、軽く10メートルを超えてしまうような巨大なものになっているらしい。
 それを聞いた時は、私もさすがにぞっとしたものだ。
 ほんの数匹とはいえ成虫になるためにそんなにも栄養がいるのなら、食べられた仲間の分(の栄養)はシッカリ取り返しているような気がした。
 さらに、彼らは食物摂取による生体エネルギー生成のほかに、独特の進化を遂げた触手を使って電気を直接エネルギーとして取り込むことが出来るらしい。
 幼生体のころの彼らはあまりにも弱小なため、ある程度のサイズになるまではそこいらに発生する静電気を取り込んで成長するのだ。
 また、その触手を使って少しだけ電気を放電することが出来るらしい。
 彼らの体内には"電気のう"と呼ばれる袋があり、摂取したエネルギーを静電気に変えてその袋に蓄積している。
 その静電気を使い、外敵から身を守りたいときに威嚇の意味を込めて放電するのだ。
 最後に余談として、最新の施設を導入できない農村の学校や中小企業なんかは、ワームの"個体の生体エネルギーの量に比例して、その体積も変動する"という性質を利用して電力を測ったりするとか言っていた。
 ちなみに師匠も何度かその方法を使ったことがあると言っていた。(どんな状況で使ったかまでは知らないが)
 これで昨日の授業でマーリオ師匠が話したことは一通り思い出せたと思う。
 そこでひとつ気になることに気がついた。
 「ねぇタトラ。ワームって電気を食べるんだよね?」
 「うん。そう言えば師匠が昨日そう言ってた」
 「今、この教室を見て思ったんだけど…」
 言いながらワームの死骸のカタマリを指差す。
 「コンセント。ワームはもしかしなくてもこれに群がってた…?」
 「…あ!」
 タトラは教室の4つの隅に次々に視線を走らせる。
 そして最後に私に目線を向けるとこくりとひとつ頷いた。
 「間違いない…んじゃないかな。」
 「やっぱり…!」
 「それじゃあコンセントのある所を当たっていけば…!」
 一瞬目を輝かせたタトラを制し、私は続ける。
 「待って。それだけじゃまだ全く絞り込めてないよ。」
 タトラはがっくりうなだれる。
 「そ、そうだよね。とりあえずグラウンドの可能性が消えたぐらいか…」
 「それから、昨日師匠はワームが成虫になるには膨大なエネルギーが必要だって言ってたよね。だからコンセントから取れるような電気だけで、羽化出来るとは思えないんだよね。」
 「それなら…研究棟はどうだろう…?」
 タトラの言葉を聞くなり、私は息を呑んだ。
 そして気づけば思わず身を乗り出して言っていた。
 「そこだ!!」
 この学校には研究棟と呼ばれる校舎があるのだが、そこは学生が実験などの授業で使うほか、文字通り先生方の研究施設としても使われる。
 また、先生方には各一部屋ずつ研究室が与えられているため、そこを私物化してしまっている先生も結構いる。
 われらがマーリオ師匠はもちろんその一人だ。
 そういう訳で、この施設は先生たちが専門的な研究をするために使われることも考慮されて出来ている。
 研究で大掛かりな機械を使う先生もいるということで、それらの機械の作動に必要な高電圧を作るために、また、その研究中に事故が起こり学校中の電力供給がストップしてしまうのを防ぐために、この校舎には学校内のほかの施設とは別の電力供給源が特別に設けられている。
 そう、この学校の研究棟の地下には小規模ではあるが、裏山とその水脈を利用した水力発電所が設けられているのだ。
 そこは電力会社から供給される学校全体の電力の管理室とは決定的に違うところがある。
 会社の機密やら何やらを守るための、強固なセキュリティがないということだ。
 外界からそこに至るまで、先生が学校に申請して借りられる鍵ひとつ分のドアしか隔てるものが存在しない。
 しかも生徒ですら先生の付き添いがあれば入っていいという、かなりテキトーなドア1枚だ。
 私も何度かマーリオ師匠に従って入ったことがあるが、古めかしいドアはなんだか頼りないものだったと思う。
 そのときの私はたしか、学生の勉強のために大掛かりな施設を開放してくれるのは嬉しいのだが、もうちょっと慎重に管理した方がいいのでは…と、思ったはずだ。
 もし、私の記憶しているドアのままならば、ワームでもそこに入り込めた可能性はとても高い。
 巨大化したワームがドアを押し破るか、あるいは小さなワームがドア下の隙間から入り込むことは十分可能だった。
 ワームが成虫になるエネルギーを得るためにそこを訪れるのか、または成虫が卵を産むためのエネルギーを得るためにそこを訪れるのかは定かではない。
 けれど、どちらにせよ、ワームがどこかで大量のエネルギーを手に入れたからこそ、この状況が起こっているはずだ。
 となれば、それが起こり得る可能性が一番高いその場所へ行くことは決して無駄ではないはずだ。
 「タトラ、研究棟の地下、行ってみよう…!」
 「でも、鍵はどうするの? こんな時になんだけど、あそこは一応生徒だけじゃ入れない場所…」
 「たぶん大丈夫だよ。これだけワームが湧いてるんなら、きっとドアももう壊れてるんだよ。」
 「でも、もし発電所が今回のことに関係なかったら、中も確認出来ないし…」
 「その時はこれがあるよ。」
 私はポケットに入っていたショット・ボムのカートリッジを取り出し、タトラに見せる。
 「え!まさかドアぶっ飛ばす気?」
 「まぁ、正直これを使うのは怖いし…いざとなったらの話だよ。それに、私はあのドアそろそろ換え時だと思ってるから。」
 「ドアについては否定しないけど…なんか心配だなぁ。」
 「ほら、ただ喋ってても事態は好転しないよ?せっかく次にどうするべきかが見えてきたんだから、あとは行動あるのみ!次のことは現場に着いてから考えよう?」
 「わ、わかったよ。」
 タトラは困ったように笑いながら頷いた。
 私も笑顔で相槌を打つと、カートリッジをもとのポケットにしまった。
 私たちが今いる本館から研究棟までは、10分ほどかかってしまう。
 ほんの気持ち程度、私たちは早足で教室をあとにした。





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