摩訶不思技術学校変異譚まかふしぎじゅつがっこうへんいたん

舞台は異世界。ある日学校で起こった事件を解決するため、2人の女学生・シャンテとタトラが学校内を奔走する、ドタバタ学園ファンタジー。※完結済。

-転- 核心切迫!


 研究棟に近づくにつれ、目にするワームの大きさが増していく。
 推測が確信に変わっていくような緊張を感じながら、私はどんどん足を進めていった。
 そしてついに研究棟が見えた!と思ったとき、そこで予想しなかった異変が起きた。
 「ぎゃあああっっっ!!やめろっ、あっちいけー!!!」
 切羽詰った男の子の声がする。
 「いっ…今の何…?」
 私は思わず足を止め、タトラを振り返る。
 後ろから小走りで付いて来ていたタトラは、少し息を上がらせて言う。
 「い…今の…って…?」
 「なんかほら、すごい叫び声が…」
 「んぎゃあああああっっっ!!!」
 「…って。」
 タトラは目をまん丸にして言った。
 「ほ、ほんとだ!なんか切羽詰った叫び声が!」
 「誰だろう?とにかく様子を見に行くべきだとは思うけど…」
 「けど?」
 私が言葉を詰まらせたのを不思議に思ったのか、タトラが訝しげに問いかける。
 「私たちより先にこの校舎に目を付けたヤツがいたのがちょっと悔しいかも…」
 「シャンテ…」
 タトラは苦笑いを浮かべた。
 「でも、そのおかげで私たちの代わりに事件に巻き込まれてくれたと思えば。ね?」
 タトラの言葉に今度は私が目を丸くする。
 「…うん、そうかも。」
 「でしょ?」
 「それじゃあその貧乏クジ引いちゃった可哀想なヒト、助けに行かなきゃね。」
 私たちはお互いに相槌を打つと、研究棟に飛び込んだ。
 事件の現場は扉をくぐったすぐ目と鼻の先に展開されていた。
 「ど、どういうこと?」
 そこでは滅多にヒトを襲わないはずのワームたちが、奇声を発しながらあちこちに向かって放電していたのだ。
 ひしめきあっているワームたちは、互いの表皮を傷付けあって混乱状態に陥っているようだった。
 傷付けられたワームが放電し、また別のワームを傷付ける。
 とても異様な光景だった。
 ワームの持つ電気には限りがあるので放っておけばいつかはこの騒ぎも収まるはずだが、先ほどの叫び声が気になる。
 もしかして誰かがまだこの中に…?
 そう思ってワームの群れにの方へ足を踏み出そうとしたとき、背後から腕を掴まれ誰かに呼び止められた。
 「おいっ。」
 「ひっ…!」
 あまりにもびっくりしたので叫び声も出なかった。
 そしてびっくりした力任せに思い切り腕を振り解いて振り返ると、男の子がひとり立っていた。
 不機嫌そうな表情をしているのは、たぶん私が思い切り腕を振り払ったからだろう。
 気まずくて私が何も言えないでいると、男のこの方が喋ってくれた。
 「分かってると思うけど、今あの道を通るのは無茶だぞ。」
 男の子は私と、横にいたタトラの顔を交互に見ながら言った。
 そして憮然とする彼に、私は当然の疑問を投げかけた。
 「きみは…?」
 「さっき叫び声を上げてたのって、もしかして…」
 タトラの質問に男の子はさらにむっとした表情を浮かべた。
 「おれじゃないぞ。あれはあいつだ。」
 そう言って男の子は彼の背後を指差した。
 彼の5メートルほど後ろにはさらに2人の男の子がいて、1人が廊下の隅に腰を下ろし、もう1人がかがんで腰を下ろした男の子の様子を伺っているようだった。
 どう見ても腰を下ろしている男の子は負傷している。
 「あの、彼は大丈夫なの…?」
 タトラが恐々といった風に目の前の男の子に聞く。
 「心配ない。ちょっとヤケドをしただけだ。」
 「ヤケド?」
 「ワームだよ。実験で使うようなサイズじゃないからな、ここにいるワーム。電気が当たって皮膚が焦げちまってるみたい。でもそんなに酷いものじゃないし、すぐ医務室に行けば大丈夫だろ」
 私とタトラは顔を見合わせた。
 それなら早く彼を医務室に連れて行ってあげるべきなのでは…?
 などと思っていると、かがんで様子を見ていた男の子がこちらにやってきた。
 私やタトラと目が合うと、少しだけ笑顔を返してくれた。
 今まで話していた男の子より、とても愛想がいい。
 男の子たちは私たちの目の前で話を始めた。
 「なぁ、フラインやっぱり無理だって。」
 2人は腰を下ろした男の子にちらりと視線をやる。
 あの男の子はフラインという名前らしい。
 「…アホが。だから早まるなって言ったんだ!しなくていい怪我までして、おれたちの足を引っ張るし…」
 男の子はひそめた声を荒げている。
 「まぁまぁ落ち着いて。そこで提案なんだけどさ…」
 愛想がいい方の男の子がちらりと視線をこちらに向けた。
 「お前だけ彼女たちと一緒に行って、この先のこと確かめてきてくんない?」
 「はぁ!?」
 私たちよりも男の子の方が先に驚いてしまったので、私たちは驚くタイミングを失ってしまった。
 「だからさ、フラインはもちろん早く医務室に行かなければならない。1人で帰れるようなら俺もお前と一緒に行こうと思ってたんだが、どうも無理みたい。よって、俺はヤツに付き添わなきゃならない。残るはお前ひとりがどうするかだったんだが、いくら相手がワームとは言えひとりで調査を続けてもらうのはちょっと心配だったんだ。けど…」
 愛想のいい男の子は少しオーバーな身振りを交えて言った。
 「丁度いいところに彼女たちが来てくれた!こんなところに来たって事は、大方彼女たちの目的も僕らと一緒だったはずだ。おれたちは今困ってるんだ。助けを求めない手はないと思うぜ?」
 「ううむ…」
 無愛想な方の男の子が偉そうに腕を組んで唸り声を上げる。
 そしてまじまじと私とタトラを見つめたあと、あからさまに嫌そうな表情をして言った。
 「でも、こいつら魔技術学科のやつらみたいだぞ。」
 その言い方が妙に癇に障った。
 私はとっさに言い返す。
 「そうですけど、だから何?私たち多分きみに会うのは初めてだし、そんな顔される覚えはないんですけど。」
 「ちょちょちょっと待って!」
 空気が険悪になりかけた時、愛想のいい男の子が私たちの間に割って入った。
 そして無愛想な男に向き合うと、彼をいさめた。
 「ロシェ、お前が彼女たちの学科に敵対心を燃やしてるのはよく知ってるけど、今その態度は感心できないぞ。」
 「敵対心…?」
 タトラが首をかしげる。
 「なんでまたそんな…もしかしてマーリオ師匠になんかされたんですか?」
 私の言葉を聞いて、愛想の悪い男の子・ロシェはふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。
 「…いや、それもひとつの理由だとは思うんだけど、原因はこいつにあるんだよ。」
 マーリオ師匠、ほんとになんかしてたのか。
 自分で聞いておいてなんだが、師匠が本当に他クラスの子に何かしていたという事実に私はとてつもなく情けなくなった。
 私やタトラも時々師匠の幼稚なイタズラの餌食になるのだが、まさかそれがクラスの外にも及んでいようとは…
 他クラスの生徒相手に何したんだおっさん。
 「まぁ、それはともかく。ロシェ、お前がまともな態度さえ取れば、彼女たちだって別に悪くはしないと思うぞ。ねぇ?」
 「え?あ、はぁ、まぁ。何も理由がないのに何かしようって方が無理かと。」
 私の言葉を聞いて、愛想のいい男の子がすかさず彼に話しかける。
 「ほら、ロシェ。彼女たちはまともだよ。話し合えばきっとうまく協力できるって。」
 不満そうではあるが、ロシェが少しだけ視線をこちらに戻した。
 「………」
 「それにさっきも言ったけど、ここにたどり着いたって事は、彼女たちはワーム大量発生の原因がここにあると気づいてるはずだ。そうだよね?」
 私は少し戸惑いながらも、こくりと深く頷いてその言葉を肯定した。
 ロシェが一瞬困ったような表情を浮かべる。
 「………」
 「目的が同じなら協力し合うべきだとおれは思うけど。それに助けが必要なのは彼女たちじゃない、おれたちの方なんだ。おれとしてもここまで来て結果を見ずに帰るのは悔しいんだ。な、ロシェ、頼むよ。」
 ロシェはすう、と静かに息を吐き出した。
 「…わかったよ…」
 そう言ってから、ロシェは気まずそうに私とタトラに確認する。
 「その…おれも、一緒に行っていいか?」
 私とタトラはお互いの顔を見合わせる。
 「私たちはかまわないけど…その、きみこそいいの?なんかすっごい腑に落ちないって感じだけど…」
 「おれは…別に。さっきは悪態ついて悪かったよ。ちょっと、あんたらの担任には個人的な恨みがあって、さ…」
 「…何かあったんだってことは想像出来たから、今はそのことは置いといてもいいかな…ねぇ?」
 タトラが私とロシェに同意を求める。
 私たちが相槌を打つのを確認すると、タトラもにっこりと頷いた。
 「じゃ、気を取り直して。えっと、あなたはロシェ…でいいんだよね?」
 「ああ。クラスは純機工学科だ。」
 「純機工学…」
 「じゃあ私たちも自己紹介しとこうか。私はシャンテ、この子はタトラ。もう分かってたみたいだけど、クラスは魔技術学科だよ。」
 ロシェはこくりと頷いた。
 その時愛想のいい男の子がロシェを横から突っついた。
 ロシェはああ、と気のない声を出してから彼らのことも紹介し始めた。
 「こいつはレングスであっちに座ってるのがフラインだ。よく一緒に動いてるクラスメート。」
 「よろしくね、シャンテ、タトラ。ロシェとフラインの分もおれが頭を下げとくよ。」
 その言葉にロシェがむっとした表情を浮かべる。
 「待て。フラインの分は分かるけど何でおれの分もなんだ?」
 「だってお前、愛想悪いし。でも悪いやつじゃないからよろしくしてやってくれな。」
 愛想のいい男の子、レングスはロシェが露骨に嫌な顔をするのを気にも留めないで、彼の背中をばっしばっし叩きながら言った。
 「…さて、問題が1つ解決したところでおれたちは先に本館に帰らせてもらうぜ。」
 レングスは少し真面目な表情に戻ると言った。
 「ロシェ、あとは頼んだ。面白いみやげ話期待してるよ。」
 「むぅ…」
 レングスは再び私たちに愛想良く笑顔を振りまいた後、座っていたフラインを立ち上がらせ、彼を支えながら研究棟から出て行った。
 彼らの背中を見送った後、私は改めてロシェに聞いた。
 「…あの、今更かもしれないんだけど、さっき何があったの…?見た感じフラインは大した事ないようには見えなかったんだけど…でも大人しいワームの性質上、何のきっかけもなくそんな事になるほど暴れ出すとは思えなくて…」
 「ああ…あれはあいつの自業自得なんだ。」
 ロシェは困ったような顔をした。
 「道が塞がってるからって、これでワームを撃ち殺そうとして返り討ちにあったんだ。」
 そう言ってロシェは小ぶりのハンドガンを取り出した。
 「おれたちに支給された武器はこれしかない。本館まわりに居たような小さいワームならこれで十分だったんだが、この辺りにいるやつらはサイズが桁違いだったから…」
 ロシェの視線の先でうごめくワームたちは、放電してエネルギーを消費したためか先ほどより小さくなっていた。
 それでもゆうに1メートルの大きさはある。
 確かにロシェの持っているハンドガンでは、ワームに致命傷を与えられるとは到底思えなかった。
 ロシェは小さくため息を吐いた。
 「フラインは数発打てば何匹かは倒せると思ってたんだろうな。でも、数発も弾が発射されないうちにワームが暴れだして次々にフラインに襲い掛かったんだ。あんなにでかくなってちゃ散弾銃でも使わない限り倒せないのは見て分かったはずなんだがな…ま、あいつも気が急いてたんだろ、多分。」
 ロシェはハンドガンをホルスターに仕舞った。
 「…あとは二人がここに来た時の状態を思い出してくれれば。あの中に埋もれてたフラインを慌てて引っ張り出したんだ。」
 なんとなく状況は想像できた。
 確かに聞いた限りではフラインの自業自得のように思われた。
 「まぁ傷の方も大丈夫だ。一つひとつの傷は大した事ないんだが、傷を負った箇所が多かったんで精神的にちょっと参ってるだけ。」
 「はぁ…」
 だけ、と言われても。
 結構大変そうに思えたのだが、これ以上ロシェに聞いてどうにかなる訳でもないので、それで納得したことにしておいた。
 「ところでもう1つ聞きたいことがあるんだけど、その、さっき言ってたマーリオ師匠に個人的な恨みがあるって…」
 「ああ…」
 突如、ロシェの眉間にシワが寄る。
 「あいつだけは許せねぇ…!おれの唯一にして最大に尊敬するタルーガ大先輩を、こともあろうに馬鹿にしたんだ…!!」
 「タ…」
 「ルーガ…?」
 その名前を聞いて、私とタトラは2人仲良く凍りついた。
 「知ってるだろ?この学校の純機工学科を卒業した後、現在弱冠25歳にして国を代表するまでに上り詰めた超天才純機工学者の!!おれ、あのヒトに憧れてこの学校に来たんだ…!月一回行われるタルーガ大先輩の特別講義目当てで!おれたちの年度に純機工学科を専攻したヤツの大半はそれが目当てなんだぞ!」
 「はぁ…」
 突然テンションのあがったロシェについて行けず、気のない返事を返してしまう。
 「あのヒトの理念はおれたち魔力を持たない者に、とてつもない希望を与えてくれた。魔導に頼らない、ヒトの技術力だけで組み上げた科学のすばらしさの証明…!おれ、あのヒトと同じ時代に生まれてこれたことにカンシャしてるぐらいなんだぞ。それなのに、あのおっさんはタルーガ大先輩のことを魔導の素晴らしさを否定したがる頭の固いバカだって…!」
 「う〜ん…」
 「おれはタルーガ大先輩の理念にすっごく共感してるから、もともと魔導を利用する魔技術にはそんなにいい感情を持ってなかったのは認めるよ。でも、別に嫌いって訳でもなかったんだ…。ただ、あのおっさんはおれの顔を見るたびに、頭ごなしにタルーガ大先輩をバカにするんだ!それが!ムショーに!すげぇ!悔しくて。」
 私はなんとなくロシェの気持ちを理解した。
 時々喋っているだけでも腹立たしいあの師匠に、自分の心酔しているヒトをバカにされたのなら、それは想像を絶する腹立たしさだったに違いない。
 しかし、師匠のロシェに対するその態度で、私はあることに気づいてしまった。
 師匠はどうもこのロシェを気に入っているようだ。
 師匠はロシェに本当のことを話さず、彼をからかって遊んでいる。
 その理由はきっとひとつ、"あのヒト"を庇っているのだろう。
 「ロシェ、その、きみの話の内容をいっぺんにぶち壊してすんごい申し訳ないんだけど…」
 ロシェとここで知り合ったのはきっと何かの縁だと思う。
 それに、仮にも自分の師匠がこんなに憎まれているのは気分のいいものではない。
 師匠には申し訳ないが、師匠がロシェに隠していたひとつの事実を彼に話してしまうことにした。
 「マーリオ師匠とタルーガ先輩はとっても仲良しだよ。」
 私の言葉を聞いたロシェの表情が固まった。
 「…は?」
 「タルーガ先輩がここの学生だったとき、暇さえあれば師匠のところを訪ねてきてたって、師匠自身がよく話してくれたよ。憎まれ口たたくのはお互いの愛情表現だって、きもいこと言ってたし。」
 「愛…!?で、でもそれは在学当時の話だろ…?タルーガ大先輩が卒業してからもう10年も経つんだぞ!今も仲がいいとは限らない…」
 「今でも連絡取りあったり、直接会ったりしてるみたいだよ。」
 「!なんであんたたちがそんなこと知ってるんだよ…?」
 ロシェは訝しげに2人を眺める。
 「そりゃ、先輩が来るたびに師匠が嬉しそうに話すからね、よく分からない新技術の話を。それに…」
 「そ…それに…?」
 私がタトラに視線を向けると彼女は一瞬困った顔をしたが、少し間をおいて意を決したように言った。
 「…タルーガは私のお兄ちゃんなんだ。」
 「な…」
 ロシェは一呼吸置いてから叫んだ。
 「なんだってエエエエエエエエエエ!????」
 「ちょ、うるさいよ声でかい!!」
 「そ…そんなに大げさに驚かなくても…」
 「ごめんちょっとおれ話に付いて行けてない。なに?タトラがタルーガ大先輩の妹…さん…なの…?」
 「天才にだって親は居るんだから、妹が居ても別におかしかないでしょ。」
 「そりゃ、そうだけど…タルーガ大先輩に妹が居ることも、その妹がこの学校に通ってるなんて話も聞いたことなかったから。」
 「絶対言うなって口止めしたからね。」
 「タルーガ先輩みたいな有名人が身内にいるってばれたら色々面倒くさいってことだよ。会いたいから呼んできてとか、サインくれとか。」
 「むう…でも、身内ならあのヒトの素晴らしさが誰より身近で感じられるんじゃないのか?なんであのヒトが目の敵にしてる魔技術学科なんかに…」
 「身内だからだよ。いくら10歳も年が離れてても、あたしとお兄ちゃんは比べられる。そしたらあたし、お兄ちゃんには何一つ勝てるものがないから…同じ学科にだけは行きたくなかったの。それにこの学科なら、お兄ちゃんびいきのヒトは絶対来ないだろうと思って。ただ、お兄ちゃんのせいでこんなに少ないクラスになっちゃったけど…」
 タトラは力なく苦笑した。
 私たちのクラスがこんなに少ない人数になった理由は、タトラの兄・タルーガの力によるものだとほぼ断定できる。
 先ほどロシェが言ったように、タルーガは現在この国の殆どのヒトが知っていると言っても過言ではないほど、有名な工学者のひとりになった。
 彼がここまで有名になった理由には、若くして秀でた能力のほかに、彼の公言する理念、"純機工学主義"が関係している。
 今でこそ魔導と機工は並び立つ技術として称されるようになったわけだが、未だ魔導の地位が機工をはるかに上回ることは、社会の暗黙のルールなのだ。
 その暗黙のルールを徹底的に打破しようと立ち上がったのが、若き天才タルーガだった。
 これは魔導力を持たない者にとって、革命的な試みだった。
 彼の試みが成功することは、魔導力を持たない者たちに無言で被せられてきた圧力を解き放つ意味があったのだ。
 彼はその日を現実のものにすべく、機工が魔導に勝ることの証明のために、日々研究に明け暮れ奔走している…というのがメディアで知ることの出来る彼の姿だった。
 そのイメージから察することが出来るように、公の場で彼は魔導に関する話にことごとく対抗の意をあらわしている。
 また、全校生徒が魔導力を持たないこの摩訶不思技術学校が彼の母校であることが彼の公的理念を後押しして、世間が思い描くタルーガの人物像は凝り固まってしまった。
 私たちの入学した年度には、そんな彼が自分の属していた純機工学科で特別講師を務めることが発表されて大騒ぎになったものだ。
 結果、彼の属していた純機工学科の受験者数は大幅に定員を上回り、彼の理念と衝突する位置にある魔技術学科は過去最低の受験者数になってしまった。
 学校としても純機工学科の受験者を定員数だけ取ったのでは、魔技術学科に大きな空き枠が出ている手前、経営面での不安要素が浮かび上がってしまう。
 そこで急遽この年度に限り、純機工学科の定員を通常の年の倍にし、2クラスに振り分けたのだ。
 もちろん、こんな事態が起こってしまったため次の年からタルーガの特別講義は廃止された。
 それでもタルーガの人気は留まる事を知らず、純機工学科は今も一番人気の学科だったりする。
 私も思わず苦笑したが、悪いことばかりではないとも思っているのでタトラを励ます意味も込めて言った。
 「でも、そのおかげで私たちのクラスは毎回授業内容はすっごく濃いし。授業中でもヒトのこと気にせず師匠にもタトラにも色んなこと聞きまくれるから、私はすっごい楽しいよ。」
 そう言うと、タトラも照れくさそうに笑いながら言った。
 「…実は、あたしもちょっとそう思ってたりするんだ。あたしは人付き合いってそんなに上手くないし、学校と魔技術学科には申し訳ないけど、この状況になったことをちょっとだけお兄ちゃんに感謝してるかもしれない。」
 「言えてる。」
 私とタトラが思わずほのぼのしていると、ロシェが気まずそうに言った。
 「…なんか、事情はちょっと分かったけど、今度はおれの方が混乱してきた。とりあえず今はこのことは忘れるよ。」
 そしてふぅ、と一呼吸おいてから話を続ける。
 「ワームも大人しくなってきたみたいだし、先にこの事件を終わらせよう。それから、その、落ち着いたらじっくり話を聞きに行くからな。さっきの。」
 ロシェに言われて私は辺りを見回した。
 たしかにもう放電しているワームはおらず、一回り小さくなったワームがもぞもぞと動いているだけだった。
 私はこくんとひとつ頷いた。
 気を取り直したらしいロシェが先陣を切って歩き出す。
 それにしたがって、私とタトラも歩き出した。
 階段を下りて地下階に到着すると、10メートルほどの通路が続く。
 薄暗い通路はじめっぽくて、まばらな蛍光灯の明かりさえ奪い取っているように見える。
 そして通路の突き当たりには、ついに私たちの目指してきた水力発電所の連絡口が。
 通路にうごめくワームを避けながら、私たちはドアに向かって歩いていった。





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