-ダンプ-

「DUMP! -ダンプ-」は、創作小説サイト「萬花堂」の作品です。
since 2013/8/20

※この作品には流血をともなう暴力表現が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。

第一話:第一区域
「デーモンクォーターが運命のダイスを手に入れることについて語ろう」:其之八


 

 どんどん先を歩いていくレイを、シュガは追う。
 行き先は特に決めていないようだ。しばらくぶらぶらと適当に歩いていたが、やがて目的地を決めたようだ。
 向かった先は、森林公園。エルフ達が勝手に築いた公園だ。興に乗ったエルフ達が第一区域全てを森林で埋め尽くそうとした計画を、シュガが交渉してなんとかこのあたり一画だけに押しとどめた。
 エルフの成せる業なのか、生態系を完全に無視した数多の樹木が訪れる人々を魅了し、人間妖魔問わず、今では人気のスポットとなっている。そのため、公園の入り口にはいくつかのレストランやカフェが立ち並び、土産店ではエルフ達が苗木や花を笑顔で売りさばいている。
 レイは迷わずアイスクリームの売店へと向かった。
「シュガもいる?」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
「そ」
 お金を払い、アイスクリームを受け取るレイ。
 相変わらずのマイペースだ。
「アイスの時期にはまだ早くないですか?」
「そんなことない」
「寒くないんですか?」
「うん」
 ひとつ頷き、アイスクリームをかじる。
 レイは食べながらもどんどん歩いていく。その後をシュガは追う。
 木漏れ日と柔らかい風が訪れる者を癒すのだが、今のシュガにはそれを感じ取れるほど心の余裕がない。
 やがて、ベンチに落ち着いた。
 二人並んで座る。
 暖かい日差しが二人を照らす。
「あの子のことでしょ?」
 ふいにレイが切り出した。
 先日、シュガがレイに相談を持ちかけた「混り物」のことだ。
「ええ」
 シュガは頷く。
「理性が外れて暴れた。あんなふうになるんだね」
「すいません。ご迷惑をおかけしまして」
「いや、迷惑はかかってない。うちの子がちょっかいかけたせいだし」
「そういえばまだお礼を言っていませんでしたね」
 シュガはレイに向き直る。
「シキを助けていただき、本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げる。
 レイもぺこりと頭を下げ、どういたしまして、と返した。それから話題を元に戻す。
「あの子、どうやってここに来たの?」
「チカが連れて来ました。まだあの子が幼い頃に。チカは貴女と同郷の鬼です。何度か会ったことはあると思いますが」
「あのちっちゃい鬼?額に角のある」
「ええ、そうです。こちらで孤児院を開いていまして、たびたび国に帰ってはシキのような子をここへ連れて来ていました」
「変わった鬼だね。あ、鬼だから人攫いしてるのか」
「優しい鬼なのですよ」
 くすりと笑い、話を続ける。
「以前も言ったと思いますが、シキはクオーターです。彼女の祖父が鬼でした。チカとも親交があったそうです」
 いつもピンと伸びているシュガの背中が、少しだけ丸くなる。
「あの子は、シキは、幼い頃は本当に生き物をよく殺す子でした。虫や鳥、犬、猫、目の前に動く生き物があれば殺してしまう。人を手にかけるのも時間の問題でした」
 いつもしっかりと前だけ見つめているシュガの視線が、地面に落ちている。
「あの子の兄弟、ハーフの親でさえも、ごく普通の人間として、ごく普通に暮らしています。なぜかあの子だけが、そういうふうに生まれてしまった。両親も扱いに困ったのでしょう。祖父が引き取り、人里離れた山奥で暮らしていたそうです。山奥ならば、人を殺してしまうこともない。人に、殺されてしまうこともない」
「シュガは、外の世界ではバイク乗るのに免許がいるって知ってた?」
 唐突の質問。
 シュガは一瞬戸惑い、しかし丁寧に答える。
「ええ、もちろん。私は外の世界との繋がりが深いですから」
「工事現場の人が必ずヘルメット被るって知ってた?」
「ええ。そういう規則がありますね」
「特殊相対性理論は?」
「深く理解があるわけではありませんが、知っていることは知っています」
「じゃあ、あの子は一体何歳?」
 それが本当に訊きたかったこと。
 シュガは首を横に振る。
「……わかりません」
「あの子、見た目以上に生きてるね。幼い頃にここに来た割に、外の世界に詳しすぎる」
 ここは外の世界と遮断されているわけではない。テレビ、新聞、インターネットと、外の世界の情報はいくらでも手に入る。しかし、見た目の割りに、外の世界に精通しすぎている。あれぐらいの年齢ならば、いや、ここに住んでいる者のほとんどは、この世界に染められてしまってルールといったものにはかなり疎い。外の世界の常識を何ひとつ知らない者も少なくない。
 だがシキには外の世界の規則、もとい常識というものが身についている。
「幼少期が長かったようです。十年か、二十年か」
 そういうことなのだろう。レイは納得する。
 理性が外れても、記憶はあるとシキは言っていた。たとえ人里離れた場所に住んでいたとしても、ここにいるよりかは外の世界の空気というものが身に付く。いつの間にか知識が蓄積されていく。何十年も住んでいたのなら尚更だ。
「それだけ長い間一緒に住んでいて、どうしてここに?」
「彼女の祖父も限界だったのでしょう。あの子の力は強大です。心が無いのですから、加減を知らない。彼女の祖父も、彼女を抑え続けるのは限界だったのでしょう」
 レイは仰ぎ見る。
 桜の木の枝が、頭上にまで伸びている。まだ花は咲いていない。
 レイが気づいたそれに、シュガは気づけない。視線は地面に落ちたままだ。
「祖父は、あの子を殺そうとしました」
 レイは上げていた顔を、元に戻す。
「それで、逆に殺された?」
「その通りです。本当はチカが二人ともここに移り住む手配をしていたのですが、一足遅かったようです。チカが訪れた時には、もうシキは祖父を殺した後でした」
「シキはその時のことを何て?」
「恥ずかしい話なのですが、私はそこまで深く彼女の内情を尋ねたことはありません」
「そう」
 シュガの心情がわからないわけではない。非常にデリケートな問題だ。特にシキの場合、人と妖魔の狭間に生まれた、不安定な存在だ。奥深くにまで踏み込んで、取り返しのつかない傷を与えてしまうかもしれない。そう考えると、誰でも躊躇する。
「彼女の一番初めの、『はっきりとした記憶』は、祖父が死んでいるところだそうです。チカが言うには、あの子は祖父の死により心を宿したのではないかと。身近な者の死に触れたことで心を持ち、人格が出来上がった。今の『シキ』という存在が形成された」
 それ以前は、人ですら、妖魔ですらなかった。ただ殺戮を繰り返す有機物でしかない。
 花の香りも風の心地よさも、物の価値、命の重さでさえ、心を持たない彼女には理解できなかった。己の手で大切な存在を摘み取った時、初めて己の行為を知る。そのものの価値と重さ、己の犯した罪を理解し、記憶が刻み込まれるようになった。
 悲しい事実だ。
「今のシキと昔のシキは、まるで別人だね」
 自制が利かなくなった状態が幼少期のシキならば、今のシキは目覚しい成長を遂げていることになる。
「シュガのおかげ?」
「いえ、私は何も。チカと、スイの影響でしょう」
「スイ?」
「シキと同じ時期にここへ来た子です。あの時、チカはシキとスイの二人を連れて来ました。スイは、そうですね、レイさんと似たような力を持っています」
「死を?」
「同じなのか私には判断がつきません。スイは、触れるだけでその対象を消してしまうことができます。ですがその代わり、身体が持たないのです。元々生まれつき心臓が悪かったので」
 レイは頷く。当然だ。人の身に有り余る力なのだ。神にも匹敵するほどの力を持っているのであれば、歪みが出て当然だ。。
「病気持ちで変な能力を持ってる。それで家族は厄介になって手放した」
「ええ」
 悲しげな表情で頷く。
「それでもスイは、いつでも明るく振る舞っていました。前を向いて、しっかりと突き進んでいける芯の強い子です。スイがシキに良い影響をもたらしてくれたと思います。スイはよく笑い、よく泣き、よく怒る子でした。それに感化されたのでしょう。スイだけではなく、多くの人の心にも触れたおかげか、シキもちゃんとした心を持ち、成長してくれました」
「なのに、どうして状況は悪化してるの?」
 シュガはしばらく沈黙する。言葉を探している。
 レイは促すことなく、ただじっと待った。
 やがて、シュガはぽつりぽつりと、話し始める。いつもはっきりと言葉にするシュガが、今回ばかりは歯切れが悪かった。
「チカは、亡くなりました。二年前に。スイも、あの時から今まで、ずっと眠ったまま、目を覚ましません。あの子を支えていたものが、一瞬にしてなくなりました」
 二年前。
 レイは記憶を辿る。
 ここ百年ほどに起こった、最も大きな事件。「成れの果て」と呼ばれる凶悪な妖魔が突如第一区域に現れ、多くの住民達を殺してまわった。
 甚大な被害が出たことにマヨが酷く落ち込んで、立ち直らせるのに苦労したのを覚えている。ちゃんと予知能力が発動していればあんなことにはならなかったのに、と。
 不幸にも、シュガもレイも、その時は外の世界へと出ていたのだ。先進国との重要な会議があった。知らせを受けて急いで帰った頃には、もう全てが終わっていた。二人を迎え入れたのは、無残に破壊された街並みだった。
 成れの果てはただ暴れまわるだけの、破壊するだけの強力な妖魔だ。領主になれるほどの力がなければ、止めることは難しい。スイの能力がなければ、被害は倍以上に拡大していただろう。
「私は、わからないのです」
 シュガの目に、影が差す。
「あの子は、昔に戻っていっています。それを止める術が、私にはわからない。このままではあの子は……」
 口をつぐむ。
 また、沈黙が訪れた。
 雲が日差しを隠す。風が吹き抜け、木々が囁く。
「シュガは、真面目すぎ。頭が固い、の方がいいかな」
「そうかもしれませんね」
 彼女は自嘲気味に笑う。
「チカとスイがいなくなっても、まだシュガがいる。あの子は全部失ったわけじゃない」
「しかし、私には……」
「シュガだって、ちゃんとあの子に良い影響を与えてる。あの子の中には、ちゃんとシュガもいる」
「そうだといいのですが……」
「シュガがそんなんだと、あの子が不安がる」
「そうですね。わかってはいるのですが……」
 レイはぽんぽんとシュガの肩を叩く。
「しっかりして。シュガが揺らいじゃダメ。下の子達が不安になっちゃう」
「レイさんは、強いですね」
「そんなことない」
 再び仰ぎ見る。
「私は、一人が寂しいから、あの子達を連れてきただけ。全部私のわがまま」
 今は付き従ってくれている。けれども、初めは無理やり従えたにすぎない。
「ですが、従者の方達はそんなふうには思ってませんよ。心から、レイさんのことを信頼しているのがわかります」
「うん、私もあの子達のこと信頼してる。わがままで連れてきちゃったからこそ、私はあの子達に悲しい思いは絶対にさせたくない。大事な家族。何があっても絶対に手放さない」
 レイはシュガを見る。シュガも、レイを見つめる。
「シュガ。目を背けても、何も解決しないよ。大切なものは手放しちゃいけない。無理やりにでも追いかけて、掴まえなきゃ」
 その言葉をじっくりかみ締める。
 そして、シュガは大きく頷いた。
「そう……ですね。覚悟を、決めなければ」
 どんな結末になろうとも目を背けない覚悟を。
 そしてそれを言葉にして相手に伝えなければ。
 シュガは立ち上がる。
 いつものように背筋は伸び、視線はしっかりと前を向いていた。







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